第七話 究極の力

「ファルガンを降りろって……どういうことですか!」


 突然の宣告に戸惑うソウタ。これまで共に戦ってきた機体であるファルガンを手放せなどと言われては当然だろう。

  そんな彼に対し、御法川はその真意を告げる。


「結論から言うと、もう君のファルガンは限界だそうだ。短期間でのファルブラックを含めた強敵との戦い続きに加えて、先の凍結怪獣との戦闘で追い打ちをかけられた。これ以上あの機体を使い続けるのは難しいだろう」


 これまでソウタのファルガンは、ウィズンやビリビラー、メラドガンといった様々な怪獣と短期間で戦ってきた。

 それらは現代のロボット怪獣の中でも特に強力な類であり、加えてファルブラックとの戦闘。さらには今日のフリグラースとの戦いで甚大なダメージを受けてしまい、ついに機体が限界に達してしまったのだ。


「でもファルガンがなかったら……」

「ファルガンは量産機だ。その気になれば予備パーツは幾らでもあるし、乗り換えもできる」


  とはいえファルガンは量産機。日本国内だけでも20機あまりが配備されており、全世界で完全な状態にある機体は300を超えている。補充しようと思えば予備は幾らでもあるのだ。


「だけど僕は、君たちにとってもはやファルガンでは力不足だと考えている」


 しかし御法川の意図は、そことは別にあった。


「力不足……?」

「今回の件で確信したよ。これから君たちはさらに強力な怪獣や、ファルブラックとも戦う事になるだろう。そうなると、最も低コストの量産機であるファルガンのスペックでは足りないだろうとね」


 ソウタをファルガンから降ろす理由。それは、この先彼の前に更なる強敵が立ち塞がる事を見越しての事だった。

  実際作為的なものなのか偶然なのかはわからないが、彼らは怪獣の中でも有数の強敵たちと戦ってきている。それらはこれまでファルガン一機で対処出来た事自体が称賛すべきものであった。御法川はこの機会に、ソウタの機体を更新しようと考えているのだろう。


「それならファルソードですか?それともファルガノン……」

「詳しくは明日話そう。学校には連絡しておくから、明日は欠席して早めに来て欲しい」

「わかりました」


  ともあれ今はもう夜の七時を過ぎている。話の続きは明日として、今日この場は解散となった。






 そして帰りのタクシーの中。


「いやー、やってみたらできるもんだね!」

「あんまり調子乗るなよ?」

「わかってるわかってる!」


  Gキャリアーでの初陣の大成功でやや浮かれているフウカ。カズマはそんな彼女を窘めようとするが、あまり耳には入っていない様子だった。


「ソウタ、大丈夫?」

「あ、うん。大丈夫」


  そんな中でもフウカは、どこか思い悩んだ様子のソウタに気付くと声をかけ、ソウタは笑って大丈夫だと返す。


「御法川に何言われたんだ?」

「ファルガンを降りろってさ」

「はぁ? なにそれおかしくない!?」


  だがカズマの問いに今日起こった事を話すと、フウカは即座に抗議の声を上げた。


「早い話、ファルガンじゃ性能不足だってさ。多分新しい機体を用意してくれてるんだと思うけど……」

「そのファルガンもぶっ壊しちまったからな」

「そんなら大丈夫だから気にしない気にしない!」


  しかしその裏の事情を知ると彼女は、大丈夫だとソウタを励まそうとする。


(新しい機体に乗ればクオン、君を救い出せるんだろうか……)


  カズマとフウカは、ソウタがファルガンの事で思い悩んでいると思っているがそうではない。

  ファルガンではない、新しいヒロイックロボ。その力があれば本当にクオンを救えるかという事だった。


「あ、そうだ!」

「どうした?」


  そんな事はつゆ知らず、フウカはある事を思いつく。


「ソウタって今日妹と回転寿司行くって言ってたよね!」

「え、まあ……」

「それ、みんなで行こうよ!」






 そして時間は夜の九時前。


「えっと……よろしくお願いします」


  店員に案内され、回転寿司店のテーブル席に座る三人。またそこにはもう一人、マドカの姿もあった。


「ちょっと待て。お前の妹マジで可愛くね?」

「マドカちゃん超可愛い! うちの妹にしていい?」


 周りが歳上ばかりで緊張している様子のマドカ。その可愛らしい姿に、カズマとフウカは思わず釘付けになる。


「あはは……」


 マドカは幼さを残しながらもどこか大人びた雰囲気があり、その容姿は素朴でありながら美少女と言っても差し支えない程である。

  自分の妹の可愛らしさが絶賛されているという状況に、ソウタはただ苦笑いしかできなかった。


「兄がいつもお世話になってます」

「俺たち二人ともお前の兄貴に命を救われてここにいるわけだから気にすんな。年上とか気にしないで友達と思ってくれ」

「そそ! てわけでお姉ちゃんともお友達になろー!」

「ありがとうございますっ!」


 こうした形で顔を合わせたからには、カズマもフウカもマドカとは友達の妹ではなく、対等な友達という関係を望んでいた。

  それもあって彼らがスムーズにマドカと打ち解けていく中、ソウタは寿司の注文をする為のタッチパネルに手を伸ばす。


「みんな、何か頼んで欲しいのあるかな」


 そして最初にそれぞれどのような寿司を頼むかを尋ねた。


「俺えんがわで」

「うちはビントロ!」

「私はかにみそ軍艦にしようかな」


  そんな彼に各々が頼んだネタは、どれも一風変わったものばかり。敢えてマグロやサーモンなどのメジャーなものではなく、スーパーの寿司では食べられないような物を選んでいた。

特にマドカは小学生らしくない選択である。


「じゃあ俺はこれで」


  ちなみにソウタが頼んだのは赤貝。


 こうして四人は、他愛ない雑談を交わしながら回転寿司での夕食を楽しむのだった。






「ふぅ、たくさん食べたぁー!」


 そして夜10時頃。家に着いた途端にマドカは満足気にソファに倒れ込んだ。


「お兄ちゃんの友達、いい人たちだったね」


 初めて顔を合わせた、兄の友人であり戦友の二人。始めは緊張していたものの、話してみるとマドカの予想以上に親しく接してもらい上手く打ち解ける事が出来ていた。

  それと同時にマドカは、兄が付き合っていても安心出来る友人たちである事を確認し安心していた。


「あの二人がいたから俺はこれまで怪獣と戦ってこれたんだよ」

「そうなんだ」


  実際マドカは知らないが、これまでもソウタは何度もフウカの機転、カズマの知識や行動力に救われている。その戦いの経験の数々は、充分二人を信じる理由に値するものに違いないだろう。


「で、お兄ちゃん。フウカさんの事は好きなの?」


  だがそれはそれとして、同い年の思春期の男女が仲良くしているとなればやはり勘ぐってしまうもの。


「勿論だよ。大事な仲間だし、友達だからさ」


 当然ソウタは、フウカの事が好きかと言われたら否定はしない。突然無茶に引き込んでしまったとはいえ、今では共に戦う仲間なのだから。


「そうじゃなくて、女の子として気になるかってこと!」

「……それは一人、別にいるんだ」


 しかしマドカが期待していたような恋愛感情はフウカに対しては抱いていない。


「フウカさん以外にいるの?」

「ごめん、今は詳しくは話せない」


  その相手とは、あのファルブラックのパイロット。どんな秘密を抱えているのかさえ知れない彼女の問題に、マドカを巻き込むわけにはいかなかった。


「でもいつか紹介するよ」


  だがそれは今の状況での話。テロや紛争といった闇の世界で生きてきたクオンをいつかは光の世界へと救い出し、マドカとも顔を合わせられる日が来る事をソウタは信じていた。


「お兄ちゃんが好きな人かぁ……」

「あ、明日学校休んでガーディアンに行くから帰る時間がいつになるかわからないよ」

「うん、わかったー。それじゃおやすみー」


  こうして今日もまた一日が終わる。

明日という日に、全てが変わる事など全く知らぬまま……。






 翌日、約束通り学校を休んでガーディアン支部を訪れたソウタは、出迎えに来た御法川と共に目的の場所へと向かって廊下を歩いていた。


「すまないね。わざわざ来てもらって」

「いえ。俺にもきっと、必要な事ですから」

「水無瀬クオンの為、かな?」

「……はい」


 ファルガンを失ったソウタは、今すぐにでも新しい力を必要としていた。自分の為ではなく、救いたい少女の為に。

  その為ならば学校を一日休む程度どうということはない。それよりも彼は、早く新しい機体がどのような物なのかを確かめたかった。


「来てくれ。こっちだ」


  御法川にそう言われて乗り込んだのは、普段から何気なく使っているエレベーター。

  ソウタが不思議に思っていると、御法川は行き先のボタンを不規則に押し始める。すると、エレベーターは地下に向かって動き始めた。


「どこに向かっているんですか?」

「地下13階だよ」


 地下13階。そうは言うものの、案内表示にそのような階はない。だがエレベーターは、表示を超えてさらに地下へと向かっている。

  実は先程御法川が不規則に行き先ボタンを押していたのは、隠された地下へと向かうパスワードを打ち込んでいたのだ。


「こんなところが……」

「ここにあるのは、極秘プロジェクトで開発されたものだ。絶対にまだ口外しないと約束できるかな」


  そして辿り着いた地下13階にあったのは、厳重にロックされた大きな扉。その先に隠されているのは、未だ世間には知られていない存在である。


「……はい」

「では、開けるぞ」


 扉が開き、光が漏れ出す。

 一瞬ソウタは目を覆い、その後瞳を開けるとそこにはまだ見たことのない一機のヒロイックロボが佇んでいた。


「こ、これは……?」

「HR-EX01ファルブレイヴ。勇者の名を冠する、究極のヒロイックロボだ」


  それこそがガーディアンが密かに開発していた究極のヒロイックロボ、ファルブレイヴである。


「ファル……ブレイヴ……」


  ミリタリー調のファルガンとは似ても似つかない、ヒロイックな白い機体。頭には黄金のブレードアンテナが三本伸び、その背中には四枚の羽根を背負っている。

 その姿は、まさに勇者と呼ぶに相応しい英雄的なものだった。


「御法川さん。お二人をお連れしました」

「うわっ、なんだこれ!」

「つっよそー」


 ファルブレイヴの姿にソウタが圧倒されていると、遅れて研究員に案内されたカズマとフウカもやってきた。


「どうして二人も……」

「連携するんだから、知っておく必要はあるだろう?」


 彼らがここに呼ばれた理由は、Gキャリアーで共同戦線を張る故に事前に知らせておく為。そう、つまり……。


「それってまさか……」

「この機体のパイロットは結城くん。君だ」


 この極秘開発された最強のヒロイックロボ、ファルブレイヴはこれからソウタの機体となるのだ。


「どうして俺なんかが……? もっと強い人は沢山いるのに……」

「この機体は、これからの戦いの主人公となる人間をパイロットとする事を想定して開発されているんだ。そしてガーディアンにおいて適性が一番高いのは君だ」


 この機体のコンセプトは、物語の主人公となるに相応しい機体。つまり過去に魔王を討ったヒーローに代わる、新世代のスーパーヒーローとしてこの機体は開発された。

 そして御法川がパイロットに求めていたのは技術ではなく、主人公としての素質。

 これまでのソウタたちの活躍をその目で確かめた御法川は確信していたのだ。このファルブレイヴのパイロットに相応しいのはソウタなのだと。


「それに……お姫様を助けるのは勇者と相場が決まっているだろう? やはりこの機体は、君にこそ相応しかった」


 その上、今の彼の目的は一人の少女を救う事。まさに勇者の名を冠するに相応しい目的とも言える。


「俺が……この機体を……」


 だがソウタにはまだ実感がない。成り行きでファルガンに乗り戦い始めたとはいえ、このような短期間で機密レベルの最新型に乗るなどと想像もしていなかったからだ。


「乗ってみるかい?」


  そんな彼に、御法川はとりあえずの試乗を提案する。


「いいんですか?」

「シミュレーターだけどね。二人はいつも通りアシストをしてやってくれ」

「はーい」

「わかりました!」


 条件はいつも通りカズマとフウカのバックアップ付き。二人はその為にコンピュータの前に陣取ると、慣れた手つきでオペレーションシステムを起動させた。


『シミュレーションモードを起動します』

「な、なんだこれ……」


 一方でソウタはコクピットに乗り込んで起動させた矢先、思わず驚愕してしまう。


「デュアルバッテリー、斥力式飛行装置リパルションリフター……!? 内蔵式ラスタービームにラスターセイバーも標準装備……」


 直列配置された二基の動力源スーパーイオンバッテリーに、斥力を発生させて空を飛ぶ飛行装置。さらには外付けで装備するまでもなく複数のラスター装備を内蔵までしているのだ。

  出力がファルガンの二倍を超えているなど、カタログスペックを見るだけでも異次元のレベルである。


「御法川さん、なんなんですかこれは!」

「試してみるといい」


 まるでゲームでチートを使ったかのようなスペック表示に、馬鹿にされていると思い憤るソウタ。

  そんな彼に仕向ける為、御法川はUSBをコンピュータに差し込み仮想敵の怪獣を送り込んだ。


『標的、カマギラータイプ。機数12』


  敵はソウタたちが初めて戦ったロボット怪獣カマギラー。だがその数はなんと121ダースだった。


「12体!? 無茶苦茶ですよこんなの!」

「いいから戦ってみるんだ。死にはしない」

「もうどうにでもなれ! ファルブレイヴ、テイクオフ!」


  一体でさえ手を焼くロボット怪獣が12体。絶望的な状況だが、所詮シミュレーターでしかない。ソウタは半ば自棄になりながらファルブレイヴを怪獣軍団の中へと突撃させた。


「ラスタァァァビィィィィムッ!!」


 一体一体相手にしてはキリがない。開幕早々ファルブレイヴは高出力のラスタービームを掌から放ち、薙ぎ払う。


『KAMAGIRAAAAA!?!?』

「三体は倒せたけど……こんなの……」


 爆散する三体の怪獣。残りは九体。

 だがラスタービームを使ったからには残り九体分のエネルギーなど残っていない。そう思っていたのだが……。


「エネルギーが……全然減ってない……!?」


 ラスタービームを撃ったにも拘わらず、残りエネルギーはなんと九割を上回っている。

 ファルガンならば既に残り三割を下回っているところだが、ファルブレイヴはこの程度の消費など物ともしていなかった。


「ソウタ! 後ろからくるぞ!」

「くっ……!」


  カズマの警告に反応し、咄嗟に操縦桿を引くソウタ。

 その瞬間、ファルブレイヴの背中の羽が輝き出し機体が空高く舞い上がった。


『KAMAGIRAAAAA!!』


 直後、地上のカマギラー軍団から一斉に怪光線が放たれるが、その光は全てバリアに阻まれて霧散した。

  これがファルブレイヴの特殊装備、リパルションリフター。機体の周囲にリパルションフィールドを展開し、敵の攻撃を斥力により防ぐと同時に機体と地面の間にも斥力を発生させて飛行すら可能とする非常に強力な装備である。


「ラスターセイバー!」

『KAMAGIRAAAA!?!?』


 そして光の剣を展開し急降下。カマギラーの一体を脳天から両断し爆散させた。

 ラスターセイバー。ファルソードのラスターソードをベースにして、ファルブラックのラスターブラッドセイバーを目標に開発された上位装備だ。


「おいおい、なんだこりゃ……」

「どんどん怪獣消えてってない?」


 そこから先は、あまりにも一方的だった。空を舞い、光線を弾き、光の剣で怪獣たちを切り裂いていく。


「エンダースラッシュ!」


 やがて最後の怪獣もラスターセイバーに両断され、爆散。


『目標を撃破しました。訓練を終了します』


 同時に、訓練の終了を告げるアナウンスが鳴りシミュレーションが終了した。


「12体の怪獣を、一分もしねぇで……」

「うっそでしょ……」


 表示されたクリアタイムは、57秒。カマギラー一体あたりで考えると五秒以下という驚異的な結果である。


「ファルブレイヴ……。この力があれば、クオンを……!」


 ヒロイックロボという枠を超越した、究極の戦闘ロボットと呼ぶに相応しい圧倒的な戦闘力。これがあれば、同じく強大な力を持つファルブラックとも渡り合いクオンを救う事も出来るという確信をソウタは得ていた。


「御法川だ。何があった」


 だがその時、御法川は電話を耳に当て不穏な表情を浮かべていた。


「何だと!?」

「どうしたんですか?」

「君たちも一緒に来てくれ」


 そしてファルブレイヴのお披露目を切り上げ、慌ててソウタたちを連れて上の階に上がろうとする。その理由とは……。


「敵の……犯行声明だ」






「お待ちしておりました」


 それから数分後。彼らが指令室に到着した時には既に他の職員たちも集結し、臨戦態勢に入っていた。


「繋いでくれ」


 そして御法川が席につくと同時に、指定されたチャンネルで通信回線を開く。


『よくぞ現れた、日本国ガーディアン総司令官、御法川ケンジ』


 直後、画面に現れたのは男だった。顔は影になっていてハッキリとは見えないが、クオンにも似た銀髪に美しくも筋骨隆々とした肉体を持ち、容姿端麗な人物である事が窺える。


「何者だ!」

『我々は黒曜旅団。魔王を復活させ、世界に恐怖と絶望による平穏を齎す者だ』


  男は宣言する。黒曜旅団と呼ぶ組織の蜂起を。そして、魔王復活の始まりを。


「魔王復活だと?」

「おいおい嘘だろ……」

「魔王ってあの魔王?」


 魔王復活という言葉に、辺りには動揺が広がる。

  魔王とは、過去にこの世の物理法則とは異なる体系の魔法科学という超科学を手に突如世界に宣戦布告をした侵略者。魔法科学により産まれた怪獣は、通常兵器を物ともせず世界を蹂躙した。

 怪獣や魔王はヒーローに倒されたものの、その影響は今でも残っている。その魔王が復活したとなれば、ヒロイックロボでは対抗出来ない可能性が極めて高いのだ。


『何十年もの昔、魔王が死んでから世界は変わったか?否!人類は堕落し、過ちをも繰り返し、来る日来る日を怠惰に過ごしているに過ぎない!』


 そして魔王が倒れてから数十年。人々は怪獣の再来を恐れヒロイックロボを建造したものの崩壊しかけた文明を建て直す事はなく、2010年代後半レベルまで後退した文明の中で今を生きている。

  10年代後半の街並みの中に、ヒロイックロボという巨大ロボットが存在しているという歪な光景が、それを証明している。


『故に我々は、魔王を復活させる! 絶望による支配で堕落した人類を矯正し、価値のある明日を迎える為に!』


  ヒーローの代替品ヒロイックロボに守られながら、古い文明や戦争といった過ぎ去った過去を繰り返すだけの人類を男は堕落したと断ずる。

  そして黒曜旅団の目的は、そのような世界を変える事だという。


「ふざけたことを!」


  当然御法川はそんな事は認めない。今を生きる人々の暮らしを守る事が、ガーディアンの使命なのだから。


『手始めに我々はガーディアン関東支部を消滅させ、意志の証明とする。その様子は、全世界にリアルタイムで中継される』


 そして、終末の時は訪れた。


『行け、究極怪獣ゼットラゴンよ! 人類よ、恐怖せよ! 今こそ、絶望の宴の幕開けだッ!!』

「上空に高エネルギー反応 !これは……超空間ゲート!?」

「バカな! その技術は今の人類にはない筈だ!」


 鳴り響く警報。同時に、支部付近の上空にモニターが異様な物を映し出す。それは、ワームホールのような巨大な穴だった。

 超空間ゲート。これもまた、過去に魔王が齎した魔法科学の産物の一つだ。


「敵怪獣、現れます!」


 そして現れた巨体。その風貌は凶悪でありながら洗練されたデザインを持つ、まさに機械仕掛けの邪竜と呼べるものだった。


『ZEGYAAAAAAA!!』


 究極ロボット怪獣ゼットラゴン。

 全高30m、重量999t。

 黒曜旅団の超科学の粋を集めて建造された史上最強、究極のロボット怪獣である。


「自動防衛システム起動! 八木のファルガノン及び、藤堂のファルソードを発進させろ!」

「了解! 両機、発進スタンバイ!」


 敵は危険だ。そう判断した御法川はすぐさま自動防衛システムの起動、そしてファルガノンとファルソードの発進を命じる。


「目標、第一防衛線を突破!」


 無尽蔵に防衛システムから放たれるミサイルに機関銃の雨あられ。だがゼットラゴンはそのような攻撃などものともせず防衛ラインを突破していく。


「超空間ゲートから出てきたんだ。ただの怪獣ではない筈だが……」


 だがここまでは通常の怪獣でも考えられる範囲内。超空間ゲートから現れる怪獣が普通な筈がないと、御法川が警戒した矢先だった。


「これは……目標に超高エネルギー反応を確認!」


 ゼットラゴンの頭部装甲が展開し、頭そのものがビーム砲に変形。凄まじい光を放ちながらチャージを始める。


「まずい! 全員、伏せろッ!」

『AAAAAAAAAAAーッ!!!!』


 そして、光が放たれた。


「光線、地下区画に到達!シェルター第一層、第二層突破!」


 地下シェルターの下にある指令室にまで衝撃が伝わる程の威力。その一撃、たった一撃で頑丈な多層シェルターのうち二層が突破された。


「まずい、これ以上撃たれては……!」


 この場所のシェルターの層は全部で四層。もしも次光線を撃たれてしまえば、その全てが破壊されゼットラゴンの侵入を許してしまう。それだけは何としても避けなければならない。


「ここから先には行かせない!」

「ファルソード、援護するぞ!」


  最悪の状況下で、敵の侵攻を阻止する為にアリサのファルソードと八木のファルガノンが立ち向かう。

 この二機こそが、今の関東支部が用意できる最高の戦力である。


「俺も行かなきゃ……!」

「行くな結城くん!ブレイヴの機体は調整中だ!」


  彼らに続いてソウタも出撃しようとするが、新たな専用機であるファルブレイヴは最終調整が終わっておらず未完成の状態であり、とても出撃できるものではない。


「我が剣の錆となれッ!」

「こいつはおまけだ! ライフルカノン発射ッ!」


 ブロードソードを抜き、ファルソードが突撃する。そしてファルガノンが二丁のライフルカノンで援護し、二機がかりでゼットラゴンへと攻撃を仕掛けた。


「こいつ、無傷か!?」


  しかし、ライフルの砲弾は甲高い金属音を立てながら装甲に弾かれ、そこには傷一つついていない。


「ファルソードの剣を物ともしないとは……うぐっ!?」


  そしてファルソードの剣すらも弾き、尻尾のカウンター攻撃でゼットラゴンはファルソードを地面へと叩きつけた。


「藤堂ッ!」

『ZEGYAAAAAA!』


 さらに追撃。ゼットラゴンは太い腕で掴みかかり、ファルソードの左腕を引きちぎった後機体を投げ飛ばした。


「左腕が……!?」

「脱出しろ、藤堂ッ!!」


  左腕全損、その他も中破。ファルソードはもはや限界であり、庇うようにファルガノンが前に立つ。

  だがその瞬間、再びゼットラゴンの頭部のビーム砲が展開し二機を捉える。


『AAAAAAAAー!!!!』

「ぐあぁぁぁぁっ!!」

「ぐ……ぅ……!」


 そして放たれた光線が、ファルソードとファルガノンの二機を纏めて貫く。

 瞬間、強制的に脱出装置が作動しコクピットが遠くへと射出され、同時に二機は爆散。そのままゼットラゴンは振り下ろすように光線をシェルターへと照射し始めた。


「ファルガノン及びファルソード、撃墜! 脱出装置の作動を確認しました!」

「あの二人をこんな簡単に……!?」


 まもなくして、シェルターが全て破壊され最後の防衛線が突破されてしまう。

 パイロットの二人は恐らく無事とはいえ、ファルソードとファルガノンが為す術もなく倒される程の圧倒的な強さ。もはや現状の戦力で、ガーディアンがゼットラゴンに対抗する術はない。


「敵怪獣、基地内部へ降下中!」

「全職員を退避させろ! 機体はファルブレイヴを最優先に搬出!指令室も各員の退避を確認次第放棄する!」


 もはや勝敗は決した。御法川は遺憾ながらも支部の放棄を決め、脱出の指示を出す。


「うちらも逃げよう!」

「ソウタ! お前も……」


  そしてカズマたちもまた逃げようとするが……。


「おい、お前……どこ行ったんだよ……」


 今さっきまではいたはずのソウタの姿が、ここにはなかった。


「これは……敵怪獣、来ます!」

『ZEGYAAAAAA!!』


 次の瞬間、隔壁を突き破って指令室にゼットラゴンが現れた。


「嫌……こんなところで……」

「マジかよ……」


 世界に対する見せしめのつもりなのだろう。司令室へ向け、ビーム砲を展開するゼットラゴン。

 ある者は怯え竦み、ある者はこの場から逃げ出そうとする。


「ソウタぁぁぁぁぁぁ!!」


 そんな中、フウカは叫ぶ。今まで共に戦った、ヒーローの名を。


「させるかぁぁぁぁっ!!」


  次の瞬間、ゼットラゴンの頭上から何かが激突しその巨体を叩き伏せた。


「ファルガン!?」

「ソウタ……!」


 そしてカズマとフウカの視界に映ったもの。

 それは、一部のフレームが剥き出しの状態でありながら最後の力として最強の敵に立ち向かおうとするファルガンの姿だった。


「そこから……離れろぉぉぉぉ!!」


 ゼットラゴンと取っ組み合い、共に更に深い地下へと落ちて行くファルガン。

 そして空中でゼットラゴンの手を振りほどくと、すかさずバズーカを構え巨体へと向ける。


「ラスタァァァ!ビィィィィィム!!」


  瞬間、凄まじい威力の光線が放たれゼットラゴンを直撃し地の底へと叩き落とした。


「ダメだ、エネルギーが切れるぞ!」


 一見するとファルガンが押しているように見えるこの状況。だがここでファルガンはラスタービームを使ってしまった。残り少ないエネルギーでゼットラゴンと戦うのは絶望的だろう。

  そう思われたが……。


「あれは……予備のバッテリーを全てラスタービームに括り付けているのか……!?」


 いつもよりどこか歪な形状をしているラスタービームバズーカ。それをよく見ると、なんと予備のヒロイックロボ用のスーパーイオンバッテリーが幾つも括り付けた上に、ケーブル剥き出しで強引に接続されていたのだ。


「やめるんだ結城くん! そんな使い方をしたら爆発するぞ!」


  それはまさに捨て身の特攻。バチバチと音を立てて爆発寸前のラスタービームを携え、ファルガンは今最後の戦いに臨む。


『ZEGYAAAAAAA!!』


 先に底に降り立ったのは、ゼットラゴンだった。

 ゼットラゴンは降り立つと同時に暴れ始め、地下13階の施設を完膚なきまでに破壊し始めた。


「地下13階、全壊! ファルブレイヴ、破壊されました!」


 やはり人が乗っていなければ脆いものである。地下13階設備と同時に、希望であるファルブレイヴもまた破壊されてしまった。


「ファルブレイヴが……人類の希望が……」


  究極のヒロイックロボ、ファルブレイヴの喪失という事態に打ちひしがれる御法川。


「おっさん! ロボ一つ壊されたくらいで何ヘコタレてんだよッ!!」

「カズマぁ!」


 そんな彼を、フウカの制止を振り切りカズマは首元を掴んで怒鳴りつける。


「あいつは……ソウタは! 今たった一人で、しかも旧式のファルガンで! 俺たちの最後の希望として戦ってくれてんだよ!!」


  先輩二人が倒され、ファルブレイヴも破壊された。絶望的としか言い様がない状況で尚ソウタは、限界を迎えたファルガンで戦っている。しかも、地下という脱出装置が使えない閉所で。


「テメェはその意志を無駄にする気か! 組織改革とやらに利用するだけ利用しておいて、あいつの事はその程度にしか見てなかったのかよッ!!」


  しかし御法川がここで投げ出してしまえばその覚悟も無駄となってしまう。カズマにはそれが決して許せなかった。


「やはり君たちを選んで正解だったよ」


 御法川は思い出した。かつてソウタとカズマ、フウカの三人に見た真のヒーローの姿の片鱗を。

  そして奮い立たされた彼は、再び総司令官としての命令を告げる。


「総員、全設備及び装備を放棄し、自身の安全を最優先とし退避を急げ! 全人員の安全を確保次第、我々はこの支部から脱出する!」

「無事でいろよ、ソウタ……!」


 ガーディアン関東支部は、こうして最期を迎えた。

 脱出準備が進む中、カズマは胸の内で祈る。今も一人戦い続けるソウタの無事を……。






「もってくれファルガン! これが最後の仕事だ!」


 鳴り響く警報。

 溢れ出るような警告表示。

  それらがファルガンの限界を五月蝿く伝えるも、ソウタは一歩も下がらない。ゼットラゴンを討ち、皆の元へ帰る為にも。


「ライフルカノン!」

『ZEGYAAAA!』


  燃え盛る地下13階に降り立った瞬間、ラスタービームを置いてライフルカノンを構え引き金を引く。

 当然ダメージは通らないがそれでも撃ち続けながら、炸裂ナイフを手に突撃する。


「何が人類が堕落しているだ!」


  そして首の関節にナイフを突き立て爆破。傷口にライフルの銃口を突き入れ、何度も繰り返し引き金を引いた。


「一緒に戦ってくれるカズマとフウカも!ガーディアンの先輩たちも!いつも不安に耐えながら俺を待っていてくれるマドカも!」


 ズドン、ズドンと銃声が響く中ソウタは思い起こす。

 時に友達として、時に戦友として共に過ごしてきた二人を。

 正義のあり方の一つを教えてくれたガーディアンの先輩たちを。

 危険とわかっていながら自分の事を待っていてくれる妹のマドカを。


「自分を犠牲にこの世界を守ろうとしたクオンも!」


  そして、呪いをその身に宿し絶望の底にいながらも正義の味方であろうとしたクオンを。


「お前たちの言うように堕落なんかしちゃいないッ!!」


  ヒーローとして戦い始めてから、幾つもの出会いがあった。その中の誰一人として、黒曜旅団の言うように堕落した人間などいなかった。


『ZEGYAAAA!!』


 もがき苦しむように絶叫を上げながら、ゼットラゴンはファルガンを振り払う。


「うわぁぁぁぁっ!!」


  壁に叩きつけられたファルガンはその場に倒れ込み、コクピットは更に警告表示に囲まれた。


「死ぬのか、俺は……」


  頭から血を流し、ぼんやりとした意識の中視界にはビーム砲を展開しようとするゼットラゴンの姿が映る。

 その時、ソウタは一瞬死を覚悟する。


「いや、まだだ……!」


 だが倒れたファルガンの傍には、先程置いたラスタービームがあった。


「俺はまだ、何も救えちゃいない……!」


  まだ諦めるには早い。ラスタービームを手に、大切なものを守る為再びファルガンは立ち上がる。


「ラスター………」


 狙うは敵の頭。残った全てのエネルギーをラスタービームへと込める。そして……。


『AAAAAAAA!!!!』

「ビィィィィィィィィィムッ!!!!」


  燃え盛る炎の中、二つの光線が激突した。






 一方その頃、ガーディアンの職員たちはGキャリアーと並走する複数台のバスに別れて、ガーディアン支部を脱出し街へと向かっていた。


「ソウタ……大丈夫かな」

「あいつの事だからそう簡単にくたばりゃしねぇよ」


 Gキャリアーを運転しながら、カズマとフウカの二人はそんな会話を交わす。


「嘘……」

「何があった!」


  そんな中、パソコンで基地内の状況をモニターしていたオペレーターの一人が突然パソコンを落として呟き、御法川は状況を問う。そして伝えられた報せは……。


「ファルガンの信号、途絶しました……」







 黒曜旅団の宣言。そしてゼットラゴン襲来という惨劇から翌日。


「ガーディアン関東支部跡地から中継です。この通り、現場は惨憺さんさんたる状況となっており、現在調査隊が死傷者や現状の確認の為調査している最中となります」

「うわぁ、こりゃひどい……」

「無事だよな、ソウタ……」


  荒れ果てたガーディアン支部の跡地には、多くのマスコミや警察が集まり騒然としていた。

様子を見に来たカズマとフウカは、見慣れた光景が崩壊した生々しい姿に驚愕する。


「調査隊が何か発見したようです。行ってみましょう」


 そうしていると、基地で何かが見つかったらしくマスコミが一斉にそちらへと向かっていく。


「私たちも行ってみよ」

「ああ」


 マスコミの集団の後を追い、二人もその現場へと駆け足で向かう。


「これは……怪獣の残骸です!」


 そこにあったのは、破壊され機能を停止した究極ロボット怪獣ゼットラゴンの残骸。それがクレーンで引き上げられ、業者に回収されていた。


「そしてあちらは……生存者です!」

「なっ……!」


 そしてもう一方は、良い意味で衝撃的なものだった。


「全身が融解したファルガンのコクピットから、なんと少年が救出されました!状況から見るに、彼が今回の過去最悪の怪獣を撃破したのでしょうか!」


 原型は辛うじて保ちながらも、表面が熱でドロドロに溶けて壊れ果てたファルガン。そのコクピットがバーナーで切り開かれ、中から傷だらけのソウタが救助されていたのだ。


「生きてたのか、ソウタ……!」

「行こう! あいつの所に!」


 ソウタが生きていた。その事実に喜々としながら、二人は救助隊の元へと駆け出していくのだった。






 それから少しして、二人が救助隊の元へと辿り着くとその時には丁度応急処置が終わり、担架で救急車へと運ばれようとしているところだった。


「君たちは……」


 すぐさまソウタの元へ駆け寄ろうとすると、二人の道を塞ぐように救助隊員が立ちはだかる。


「こいつの友達です!ガーディアンでも一緒に戦っていて……」

「そうか、君たちが情報にあった二人か」


 だが二人の顔を見ると情報が伝わっていたようで、隊員はすぐに状況を理解しソウタの容態を説明してくれた。


「命に別状はないが、見ての通り重傷だ。目を覚ますまでにも時間がかかるだろう」

「でも、よかった……」

「ああ、そうだな」


  裂傷や火傷、骨折など負傷箇所は数多く決して無事とは言えない。目を覚ますにも時間が必要だというが、それでも生きていた事に安心してフウカは膝から崩れ落ち、カズマは抱き上げるようにその身体を支えた。

  そして次に隊員は、回収されたゼットラゴンを指差しながら告げる。


「あれを彼がやったのなら、本当に彼は英雄だよ。もしもあの怪獣が街に解き放たれていたら、被害は何千何万と増えていただろう」


  ゼットラゴンが街に到達した場合の予測被害は、これまでのロボット怪獣のそれを遥かに上回っていた。それこそ彼の言うように、何万人の犠牲が出てもおかしくなかっただろう。

  だからこそ彼は敬意を表していた。絶望的な状況にありながら、最後まで守るべきものを守り抜いたソウタの戦いに。


「だってさ、ソウタ。あの戦い、お前の勝ちだよ」


 何はともあれ、ゼットラゴンは破壊され、辛うじてだが生き残ることができた。ソウタの戦いは、カズマの言う通り勝利と言っても過言ではないだろう。









  同日。東京、秋葉原。


『ガーディアン関東支部での事件以降、現在の所旅団の動きは見られず……』


 ファルブラックの整備部品の代用品調達にこの街に来ていたクオンは、電気屋のテレビでガーディアン関東支部壊滅のニュースを目にしていた。


「お嬢ちゃん、うちでバイトしない? 給料は弾むよ?」

「時間、ないから……」


 そんな彼女の姿を見てメイド喫茶のスカウトが声を掛けてくるが、拒否してクオンはその場から立ち去る。


「そう、もう時間はない……」


  今の彼女にはもはや、そのような事に付き合っている余裕などない。


「黒曜旅団……あなたたちの好きにはさせない」


 ガーディアンが壊滅し、黒曜旅団が動き出した今、街を守る事が出来る存在はファルブラックただ一つなのだから。

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