第七章 ミキシング・ジェンダー

第一話 選択の余波

 次々と差し出されるトレーに料理を盛っていくのは、意外と楽しい作業だった。難民キャンプで手伝っていた時とは雰囲気はまるで違う。活気があり、賑やかだ。

 自然とアミナの気持ちも高揚してきて、どうぞ、という声にも力が入る。テラリスには女性は少ない。こうして若い娘が給仕することは珍しいのだ。

 移動中の部隊では食事や休憩は臨時のタープ・テントを張り、その辺りの空いた場所で取る。仲間たちで集まって談笑したり、本を読んだり、上半身を裸にして横になったり、時間の過ごし方は様々だ。上官が通っても形ばかりの敬礼で済ませる。それがここのやり方だった。

 リラックスした兵士が、トレーに料理を貰いながらウインクしたり軽い世間話をしたりする。難民キャンプの暗いギスギスした感じしか知らないアミナにとっては意外なことだった。

「悪いな、女給のような真似をさせてしまって」

 そう言ってきたのは、アミナを拾った荒鷲隊の副隊長で、短い白髪が良く似合っている五十代くらいの男だった。彼はフラフラと前を歩いていたアミナに声をかけ、途中まで一緒に乗っていくことを進めたのだ。テラリスに対して恐怖心の強かったアミナは最初は拒否したが、結局、応じるしかなかった。それほどまで疲弊していたのだ。しかしここでしばらく一緒に過ごすと、すっかり回復し、こうして働きたくてウズウズしてきた。手伝いは自分から申し出たのである。

「いえ、わたしのほうこそ。それにこうやって働いていると楽しいですし」

「そう言ってもらえると助かるよ」

 彼は炒めた肉には首を振ってポテトと野菜の煮物、そして炒った卵と白パンをトレーに乗せて持って行った。

「手が空いたから変わるよ、君も昼食にしなさい」

 そう言われて、アミナは自分の食事を貰った。もちろん内容は兵士たちと同じだ。食べ盛りだろう? と、トレーに山ほど盛ってもらい、目立たないように装甲車の影に座る。材料は全て下拵したごしらえが済んだパックのものを使うが、味も食感も悪くない。難民キャンプで提供していた食事に比べれば、ほとんどが細切れなのも気にならない。

 食事が半分も済んだころ、ひとりの男が近づいてきた。そっと顔を上げて彼を見る。それは荒鷲隊の長であるユベール・ブロフだった。鋭い眼光は細い頬、高い鼻、そして頬にある切り傷は非常にきつい印象を受けるが、ここでは幾分和らいだ表情をしていた。

「食事はどうだ? いや、立たなくてもいい、私も休憩中だ」

 そう言って彼は軍帽を取った。後ろに流した鮮やかな金髪が風に揺れる。

「はい、とても美味しいし、凄く助かっています」

「それはこちらも同じだ。女性がひとりでもいると華やいだ気分になるし、兵士の士気も上がる。もちろん全員に不躾なことはしないよう厳命してあるから、安心しているといい」

 そう言って金髪を直すと、再び軍帽を被った。丁寧にその位置を整える。

「午後に最後の部隊が到着すれば、我々はリスタル攻略のために移動する。君はそこで降りて、そのままハルミドに向かうといい」

「は、はい、あの、気にかけてもらってありがとうございます。食事や支給まで」

 彼は笑みを浮かべた。しかしそれは言いようのない不可解なものだった。強いて言えば罠を仕掛けて獲物がかかるのを待っているかのような余裕である。

 そして彼はポケットから丸まった紙を取り出した。広げてそこにあった記事をみせる。アミナは背筋が凍った。足元から震えが巻き起こる。

 その紙は新聞紙だった。表面にアミナたち機攻少女隊フルメタル・ガールズの写真が乗ったものだ。同じものをアミナも持っているが、人前で見せたことは一度もない。

「こ、これは……」

「そう身構えることはない。私はむしろ感謝したい。難民がリスタルに流入すると大きく混乱するところだった。多くがハルミドに向かってくれて助かっている。君を拾ったとき、よもやと思ったが……一緒ではないということは、他の少女たちはどうした?」

 アミナは首を振って、戦争のことはよくわからない、彼女たちのことも知らない、と言った。実際、この新聞の写真にどんな思惑があったのかは知らないし、彼女たちと別れてからの状況は全くわからない。

 ユベール・ブロフは、それでいい、と新聞をポケットにしまって去っていった。



 それから三時間ほどして最後の部隊と合流した荒鷲隊は、リスタルに向けて出発した。

 ひとり降りたアミナは、彼らがくれた食料や日用品を入れた袋を背負って、教えられたハルミドへの道をゆっくりと歩きだす。

 陽が低くなって徐々に空気を重くし始めた空を見上げ、今日は余り歩けそうにないから、早く休むのに良い場所を見つけなければ、と考えながら。

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