第五話 遭遇
五日目の夕刻。
変わりなく、ただただ走り続ける一日が続いていた。そして今日もそうやって終わる。
みんながそう思っていた。
最初、その音が何かわからなかった。
キンキンと高い不可解な金属音が外から響いてきて、まずリコットが「何? 何か変な音がする」と言った。
「変な音って何さ。もう少し休ませてくれよ」
キィンが装甲にもたれながら、両手をひらひらさせた。
流石にみんな憔悴していて見張りもままならない。それぞれが狭い運転席の周りでぐったりとしていた。
タタタタタッとまるで鳥がドラミングをしているような軽い音。それに一瞬遅れて、何かの金属音がウォール・バンガーの表面を叩いていた。しかし誰もそれに注意を向けない。いや、向けられなかった。ルシルも運転しながら瞑りそうになる目をようやくこじ開けていたくらいだ。
その時、小さな覗き窓から何かが飛び込んできた。それが装甲の内側で火花を上げて何度か跳ねた。
その正体に最初に気付いたのはキィンだった。そしてようやく、音が何かを理解した。
「銃撃だ!」
大声で叫ぶ。それで全員がガバッと跳ね起きて、それぞれの覗き窓から外を見る。
「いる! こっちは……二人くらい」
「こっちからも二、三人見える!」
「後ろにもいますわ!」
リコットは、ひっ、と喉を詰まらせ、ルシルの足元で固まった。
「どうしよう、囲まれてる!」
「覗き窓を閉めろ! 弾が飛び込んできたら跳弾してヤバい!」
「アンダー・コマンドですわ! どうして?」
各々が叫び声をあげる。パニックになりそうな雰囲気を察して、ルシルはみんなを諫めた。
「大丈夫、時速四十キロは出てるから振り切れる。もっとスピードを上げるわ! 落ち着いて!」
その時、大きな爆発音と共に機体が大きく揺れた。掴まるところのない運転席周りで、何人かが派手に転倒した。
「何?」
「ロケット弾だ!」
そんな……と、リコットの顔が青ざめる。
速度を上げて振り切る! 大丈夫!
ハンドルを握るルシルの掌にじっとりと汗が滲む。ペダルを踏む足が緊張で震えた。その時、またしてもドンという大きな衝撃と共にウォール・バンガーが傾いた。
「速度を落とせ! こいつの重さとスピードじゃあ、直撃しなくても煽られたら簡単に倒れる! そしたらお終いだぞ!」
キィンが叫んで、足をペダルから少し浮かせた。しかしそうなるともう振り切るのは困難だ。
ルシルは決断した。そうするしかなかった。
「みんな、銃をとって! 相手は十人もいない、ここで戦うわ! キィン、ロケット弾のこと、わかる?」
「奴らが使ってるのなら、多分携行の、要するに肩に担いで撃つやつだ。イルダールで使われているのは対人用に特化してて、爆発力があって面には強い。でも連射出来ないし、命中率も悪い。相手を探せ! こっちから撃ちまくって制圧すればイケる!」
カメラを左右に振って、周囲を確認する。モニターの画像では遠景はぼやけてしまっているが、それでも右斜め前に何か筒状のものを担いだアンダー・コマンドの姿を見付けた。
「あそこにいる、突っ込むわ!」
ハンドルを切り、それを真正面に見据えてペダルを踏む。その時、筒の先端から炎が吹き出した。それがウォール・バンガーの顔の横を掠め、背後で爆発する。
「このっ!」
腕を振り上げ、なぎ払うように兵士に向けて振った。それをギリギリで避ける。しかし相手も驚いたのだろう。その場で無様に転んだ。
ダダッ、と運転席の近くで発砲音がして、キィンのアサルト・ライフルから小さな筒がカラカラと床に落ちた。その先端は覗き窓の向こうに出している。倒れた兵士の周りで土煙と真っ赤な飛沫が飛んだ。
「キィン!」
「殺せる時に殺しとかなきゃ、また撃ってくるだろ!」
そう言われて何も返せない。戦争をしている、ということに、ルシルは戦慄した。
アンダー・コマンドと鉢合わせたらこうなるのはわかってたはずなのに……。
手の震えが止まらない。胸がきゅうきゅうと萎縮するようで、たまらなく怖い。
「みんなも撃て!
キィンの号令にシエラとクロアが顔を見合わせる。
「しょうがない、のか……」
「死にたくは……ありませんものね……」
そしてアサルト・ライフルを手に覗き窓に向かう。
「くそっ! 狙いにくいな!」
「だから撃たれにくいだろ? 動くものをみつけたら撃ちまくれ!」
三人がそれぞれの場所で、アンダー・コマンドに応戦する。リコットはルシルの足元で過呼吸かというほど乱れていたが、最後に大きく深呼吸して、自分もアサルト・ライフルを手にとった。
「リコット!」
「い、行きます! 絶対に、死ねないもの!」
そして彼女も覗き窓から銃口を突き出し外へと放った。ローエだけは怯えてしゃがみ込み、親指を吸うばかりだった。
ルシルは振り回すようにウォール・バンガーを旋回させ、腕を大きく振って威嚇した。それに当たりそうになった兵士がよろけ、そこにキィンの弾丸が体を穿つ。
「よし、また倒した!」
「こ、こっちもやりましたわ!」
いいぞ! とクロアに親指を立てるキィンは、酷く興奮し、そして生き生きと楽しんでいるように思えた。ルシルはそれを頼もしく思う反面、言い知れない不安も抱いた。
敵の数が減ったとはいえ、相手からの銃撃はより激しくなっていた。運転席の外では叩きつけるような激しい弾丸の跳ねる音が響いてきた。
「もういいわ! ロケット弾はもう無くなった! 逃げるわよ!」
ルシルがペダルを踏み込もうとした、その時、キィンが大声で制した。
「バカっ! こいつら斥候だ! ここで奴らを残したらテラリスの部隊が装甲車で追ってくるぞ! そしたらあたいらなんてみんな殺される! ここでやつらを全滅させろ!」
その顔には夢中になっているものを無理やり止めさせられたような、怒りや憤りが現れていた。
その時だった。
突然、胸の搭乗口の扉が開いた。強烈な風と熱、火薬の臭いが運転席にどっと流れ込んできた。薄暗い中が急に明るくなって、その光源に一瞬、視界を奪われる。
何? と思う間もなく、中に弾丸が撃ち込まれた。
「キャア!」
それがリコットの側で火花を上げて跳ね、彼女は悲鳴をあげた。さらに数発がルシルの近くを掠めて、髪の毛が数本、はらりと舞った。焦げた嫌な臭いが一瞬、鼻先を過ぎる。床や壁に跳ねた弾が周囲の荷物を荒らし、紙片や食器の破片を舞い上がらせた。
「ちっ! 乗り込まれたじゃないか! 誰か扉のロックを忘れてたな!」
キィンが一歩踏み出して、こいつ! と扉の向こうにライフルを撃つ。しかし直ぐに弾が尽き、マガジンを替えようとしたその隙をついて大きな影が飛び込んできた。それはキィンの上に覆い被さるようにして、その首を締め上げた。
赤茶色の迷彩の戦闘服をきたアンダー・コマンドの兵士だった。ヘルメットの下の血走った眼がキィンを睨み付ける。ローエは床を転がるように逃げ、他の三人が兵士にライフルを向けた。
兵士はキィンを盾にするように、首を締めたまま床から十センチ以上持ち上げた。
「キィン!」
シエラが叫ぶ。しかし動くことが出来なかった。揺れる中で下手に撃てばキィンに当たってしまう。
キィンがライフルを取り落とし、それがローエの足元に転がる。キィンは魚のように口を開けて、絞まっていく首から兵士の指を引き剥がそうともがいた。
「ロ、ローエ、銃を、と、れ……こいつ、を、撃って……」
息も絶え絶えにキィンが言う。ローエはビクンと体を震わせた。足元の銃を見て、ガタガタと震えだす。
「は、早く……もう、ダ、ダメ……」
キィンの声は裏返り、涎が泡となって口から漏れる。体が痙攣をし始めた。助けなければ! しかしルシルは運転を止めるわけには行かなかった。リコットとクロアも動けないでいた。
「キィン!」
ルシルは目一杯アクセルを踏み込んだ後、直ぐにブレーキを力一杯踏みしめた。それでウォール・バンガーは急停止し、その反動で中にいたものは前のめりとなって、キィンと兵士、、立っていたものはみんな床へと転がった。
げほっげほっと何度も咳き込みながら、ライフルに手を伸ばす。
「ロ、ローエ、頼む、銃を……」
しかしローエは、ひっ、と絶句して、ライフルを足で蹴ってしまった。
「バ、バカヤロ……」
兵士が先に立ち上がり、再びキィンに手を伸ばそうとする。その頭に銃弾が撃ち込まれた。鮮血を迸らせて、兵士は後ろに倒れ込んだ。キィンがその体を足で押し退ける。
撃ったのはシエラだった。顔が蒼白となり、自分がしたことが信じられないと目を見開いて口をパクパクさせた。そして口を押えて、うっとへたり込む。幸い、嘔吐はしなかった。
まだふらふらしているキィンは、それでもライフルを拾うと、直ぐさま外へと飛び出していった。
「バカっ! 危ない!」
ルシルが叫んでも、キィンは雄叫びを上げながら、搭乗口近くで撃ちまくった。
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