第三話 戦争の真実

 男はティリダと名乗った。三十八歳、フリーのカメラマンと言えば聞こえはいいが、地球で食い詰め、懇意の出版社の口利きで開拓途上のイルダールを取材に訪れ、そこで戦争に巻き込まれたとのことだった。持っていた機械は中古のデジタル・カメラ、黄色い札は報道関係者の身分証である。もちろん全て“自称”ではあるが。

「安い仕事さ。二百枚とっても売れるのは五枚もない。しかも一枚たったの二十ドルだぜ? ユニバーサル・ドルじゃなくイルダール・ドルでだ。こっちに来てから腹一杯食ったことねえよ。テラリスの攻勢が始まったせいで戦場カメラマンに鞍替えさ」

 大きなタープ・テントの中、長いテーブルが並び大勢で賑わっているその片隅にルシルたちは座っていた。昼ちょうどに始まった炊き出しは一時間以上経った今でもまだ人を多く集めていた。ルシルたちは長い行列に並び、無駄な待ち時間を過ごす羽目になった。

 出された食事はイルダール産の改良小麦であるイルドミールの固焼きパン、そして大豆に似たセンテン豆に、缶詰の塩漬け肉とチンゲン菜の一種であるイルド菜、にんじん、根菜などを入れたコンソメ味の煮物、温かい食事というだけでもありがたい。

 固焼きパンはイルダールの食事には欠かせない。人の顔ほどもある大きなクッションのような丸いパンで表面がザラザラで固く、半分に割って柔らかい中身をほじって食べ、表面の固い部分は裂いてスープなどでふやかすのだ。安価で腹持ちが良い、特に低所得者層向けの主食である。

 アミナはなかなかパンを割ることが出来ずに潰してしまい、苦笑いをしていた。一方、キィンは裂いた表面をスプーン代わりにして器用に煮物を口に運んでいた。

 ティリダは忌ま忌ましそうに煮物をかき混ぜ、味の染みたパンにかじりついた。

「こんなもんでもタダで食えるだけマシってもんか」

 みんなの食事が半分くらいまで減ったのを見計らって、ティリダがようやく本題を口にした。

「君たちはどう思うんだ? この戦争のこと」

 ルシルはその質問の真意がわからず、他の女の子たちを見回して少し考えた。わからないことばかりだが、これが共通の認識だろうというところを拾っていく。

「同胞団はテラリスからイルダールが独立することを目的に活動していて、テラリスはそれを拒んでいた。境界線付近ではイザコザが絶えなかったし。だからテラリスは同胞団を潰すために戦争を始めた……だと思うんだけど……」

 ルシルがいうと、リコットもアミナもそれに頷いた。ただキィンは視線を逸らして何も言わなかった。

「それは一方的には正しい。しかし真実というわけじゃない。というよりも実際のところ戦争に真実なんてものはない。地球じゃあ、この戦争はイルダールの入植者同士の痴話喧嘩くらいにしか報道されていない。“イルダール内戦”ってやつだ」

 それを聞いて、ばかなことを、と呟いたのはキィンだった。彼女は口の回りについた煮物の汁を親指で拭うと、鋭い視線をティリダに向けた。

「内戦じゃない! これはテラリスからの独立戦争だ! テラリスがイルダールの資源を安く買い叩いているのはみんなも知ってるだろ? このままじゃいつまで経ってもイルダールはテラリスの植民地だ。だから同胞団は戦っているんじゃないか!」

「でもそれならアンダー・コマンドなんて生まれないはずだ。奴らの大半は同胞団から追い払われた連中だからな。イルダールのためだなんてお題目を掲げるなら、アンダー・コマンドにこそ救いの手を差し伸べてやるべきなんじゃないか?」

「アンダー・コマンド……彼らは何なの? あたしたちの街を壊して人をたくさん……同じイルダールの人間なのに」

 ルシルが言うと、キィンは、奴らはイルダールの面汚しだ! と絞り出すように吐き捨てた。ティリダはため息をついた後、少し沈黙してから口を開いた。

「救われない連中さ。同胞団はイルダールためとか言いながら、初期入植者同士で固まっちまってる。それ以外の連中からは活動資金を巻き上げて使い捨てさ。“採掘法”って知っているか?」

「イルダールで鉱物掘りをするための法律でしょ?」

 ルシルが言うと、ああ、とティリダは頷いた。

「正確には……“採掘権者適用法”だったか? ある程度金を持っているやつは、テラリスから一定地域の採掘権を期限付きで買う。そこを自分で掘ったり人を雇ったりして鉱物資源を掘り出すわけだ。暗黙のルールとして、当たれば給料の他に大きな配当を得ることが出来る。特に大きな鉱脈にぶち当たったりすればまさに一攫千金だ。だからみんな必死さ。でも失敗すれば……借金ばかりが嵩んで破産する。そこを当てにして雇われた連中だってそうだ。最初は同胞団がそういう連中を保護してやるんだがな。大抵は劣悪な環境での仕事に従事させられ、次第に追いやられていって、最後は逃げ出す羽目になる。同胞団だってわかってやってるんだ。安く使い捨てられて替わりは幾らでもいる。体を壊したり家族を失ったり、酷いときには奴隷のように売られたり売女ばいた……おっと風俗の仕事をさせられる女もいる。同胞団の上の連中は損をしないし手を汚すことなく肥え太るって寸法さ」

「そういう人たちがアンダー・コマンドになるんですか?」

 リコットが聞く。

「ああ、テラリスでは治安を悪化させないために、仕事にあぶれた連中を引き取って職業訓練のようなことをさせる。テラリスはそもそも地球資本の企業連合だから治安維持のためには民間軍事会社に依頼するか自前で武装した組織を持つ必要がある。で、それを安く短期間で作るために生まれたのがアンダー・コマンドってわけだ。もっともテラリスの誤算は、アンダー・コマンドが想定以上に鬱屈したものを腹に溜め込んでいたってことだな。テラリスの当初の目標は同胞団の活動拠点の制圧と重機ビルド・ワーカーや車両の破壊、武器の押収だった。そうやって同胞団を徐々に丸裸にして首都を宣言しているリスタルに進攻し陥落させる。ところがアンダー・コマンドときたら、どんだけ不満が溜まっていたのか街を破壊し、住民を虐殺し、おかげで生き残った人間は難民となってこぞって南に逃げている。君たちだってそうだろ?」

 ルシルは俯いて何も答えなかった。ちらりと皆の顔を伺うと、やはり口を噤んでばかり。ただキィンは怒りの形相でぶるぶると両の拳を震わせていた。そして、違う……とぽつりと呟く。その声は繰り返され、次第に大きくなっていった。

「違う……違う、違う!」

 ドンとテーブルを叩いてキィンが立ち上がる。

「同胞団は何時だってイルダールのことを、イルダール人のことを最優先に考えている! あたいのことだってそうだ! あたいの父ちゃんや母ちゃんや兄ちゃんが……だからあたいだって……この戦争でイルダールはテラリスの支配から抜け出すんだ! 同胞団は負けない!」

 顔を真っ赤にし、今にも飛び掛からん勢いで言い放ったキィンの迫力に、ルシルたちは圧倒された。ただティリダだけはふうっとため息をついただけだった。

「残念ながら同胞団は負けるよ。圧倒的だ。敵にもならん。情報操作、軍事力、どれをとってもテラリスが数枚上手だ。同胞団なんて武装した烏合の衆だ。君だって薄々わかっているんだろ? テラリスは内戦終結のために尽力していることになっている。実際、ULGを招いたのだってテラリスだし、君が食っている炊き出しの材料だってテラリスの備蓄から出たものだぜ?」

 そう言われてキィンは自分の食事に目を落とした。もう七割くらい減ったそれに、くっと唇を噛み、知るか! と捨て台詞を吐いてくるりと背中を向けた。

「こんなうさん臭い奴の言うことなんか聞いてられるか!」

 そう言い残し、キィンはテントから出ていってしまった。

 しかしルシルはむしろ安堵のため息をついた。キィンの同胞団に対する信仰心にも似た心酔からは何か危険なものを感じていたからだ。それはリコットやアミナも同じようで、緊張がほぐれた落ち着いた雰囲気がそこにはあった。

「やれやれ、でもまあ、同胞団の命運はもう変えようがない。テラリスだってもう動いちまったからな。後はどうやって終結させるかだけだ。テラリスはさっさとリスタルを攻略して戦争を終わらせたいが……一番の難点ネックはやっぱり大量の難民だな。これがリスタルに流れ込んだら……」

 ルシルはようやく合点がいった。今までアンダー・コマンドに追い立てられるように南に向かっていた。同胞団の首都リスタルに行けば、アンダー・コマンドも手を出せないだろう。そんな程度しか考えていなかった。だがそこが戦場になるなら話は別だ。どうも同胞団は想像していた以上に脆いようだ。ならばティリダがリスタルに行くのは止めろと言ったのはわかる。

「それだけじゃないぜ。同胞団はわざと難民をリスタルに招いている節がある。徹底抗戦を主張すると同時に身の安全の保証を掲げて難民を呼び込んでいるようだ」

 どうして? とルシルが聞くと、ティリダは渋い顔をした。

「テラリスの進攻の時に人柱にするつもりなのかもな。つまり“人間の盾”だ」

「そんなことをすればもっとたくさん人が死んじゃう!」

 アミナが悲鳴にも似た声を上げる。

「それが同胞団の狙いだ。難民に死傷者が出れば出るほど、同胞団は声を大きくすることが出来る。戦後にはテラリスはそのツケを払わされる。イルダールの独立なんてことにはならないだろうが、同胞団の存続、幹部連中の身柄の保証、もしかしたらそれを機にテラリスにすり寄って利益を得たいのかもな」

「そんな……じゃあ、まるで難民たちが利用されているみたい……」

 リコットの顔が青ざめる。それは自分たちかも知れないのだ。この話が本当ならこのままリスタルに向かえば、数少ないビルド・ワーカー、ルシルたちがウォール・バンガーで戦場で矢面に立たされる可能性は少なくない。

「テラリスにとってはそれは一番避けたいところのはずだ。俺だってどっちの味方ってわけでもないが、罪のない人間がたくさん死ぬことだけはゴメンだ……」

 ティリダはそういって沈黙したあと、徐にこう切り出した。

「そこでだ。なあ、ちょっと俺に手を貸してくれないか? 戦争の流れを変えることなんて出来ないが……もしかしたら難民の何人か、或いはもっとたくさんの命を救えるかも知れない」

 そう言われたルシルは、その意味を探りあぐねて、リコットとアミナに視線を向けた。しかし二人ともぽかんとしていた。

「それって……どういうこと?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る