第106話 ミョルニル

 さーて、どうしたもんかな。

 これは目の前で戦っている駄犬と駄狼を見ている僕の率直な感想だ。


 王都アルトロワを出発し、夜通し走り続けること三日。目的地であるカームの村に一番近いクリムトの町までたどり着くことができた僕達は、そこで運よく山賊の情報を手に入れた。そう言うと、ちゃんと情報収集してたみたいな感じがするけど、別にそういうわけじゃない。

 僕達がクリムトに着いたのは夜明けも近い時間帯だった。にも、関わらずあの町は大分賑わっていたね。噂通り治安が悪い町だよ、ここは。厄介な連中に絡まれないように隠れながら手ごろな宿を探したんだ。それまで野宿をしつつ、ずっと強行軍を強いてきたから流石の僕達もかなり疲れを感じてたからね。いざって時に動けないようじゃ、休暇までもらってここまで来た意味がないってことで、お昼近くまで休もうって事になったんだ。

 交代でさっとシャワーを浴び、ベッドで数時間ほど仮眠を取った僕達はそのままクリムトを出てカームの村に行くつもりだったんだ。騎士を引き連れ歩いていた、あのいけ好かない男を見るまではね。

 そこからは零騎士お得意の盗聴と尾行だ。山賊が暴れているのがマーリエという村だってことは分かったから先回りしたかったんだけど、この辺の土地勘がなくてね。渋々、犬の部隊をつけていったってわけさ。

 マーリエの村に着くと激しい口論が聞こえてきてね。それを耳にするや否や騎士達が村人を保護するために散開したんだ。あれは中々素早い行動だったね。流石はジルベールの下で鍛えられた騎士達だって感心しちゃったよ。まぁでも、一番早く動き出したのは僕の隣にいたファルだったけどね。

 そこからは誰にも見つからないよう気配を消しつつ、村の中を移動し、目当ての人物がいないか確認したんだ。幸い、厄介な駄犬とベアトリスが一緒に村人保護に回ったのが良かった。あの二人の目をかいくぐるのは正直骨が折れる。

 なんとか見つかることなく、隅々まで村を見て回った結果、ヴォルフの姿は見受けられなかった。僕は二人ほど見覚えのある顔を見かけたけどね。とりあえず、ファルが安心したようでホッとしたよ。


 と、思った矢先に現れたお面の男。僕は思わず頭を抱えた。


「……どうするボス?」


 腹に響くような声音でファルが尋ねてくる。そっちに顔を向けなくてもわかるくらい怒ってるね。僕は怒りよりも呆れが先行してるよ。まったく……何をしているんだ、あの男は。


「とにかくとっ捕まえて話を聞きたいところだね」

「……ってことは、話せる程度の余力は残しておいてあげないといけないのか」


 ファルが心底残念そうにつぶやく。どうやら彼女はしゃべる気力もなくなるほどに痛めつけたかったらしい。


「でも、一つ問題がある」

「シアンっちがいるってことだよね。しかも、ヴォルにいの正体に気がついてる」

「そういうこと」


 村人を避難させたあいつがすぐに投げた山賊達を殲滅せんめつしに行かなかったのは、ヴォルフを見て第零騎士団僕達が絡んでると思ったんだろう。基本的に僕に突っかかってくるあいつも、零騎士の仕事を邪魔することはない。それはあの駄犬が忠誠を誓っている女王の意にそぐわないからだ。まぁ、今回は自分達の任務を妨害されて気に入らなかったからヴォルフにじゃれついたみたいだけど。


「多分、ヴォルにいは今必死に逃げる道を探してると思うよ?」

「だろうね。駄犬に捕まったら面倒くさいことになるのは目に見えてるから。……それは、僕達にとってもあまりかんばしい状況じゃない」

「うん。あたしの手で締め上げなきゃ気がおさまらない」


 ファルがさらりと恐ろしい事を言ってのける。そういう意味で言ったわけじゃないんだけどね。僕はただ、ヴォルフが話してくれるであろう、くだらない言い訳を聞いてさっさと約束を破った報いを与えたいだけ……って、あんまり変わらないか。


「ということは、ヴォルフが逃げてくれた方が僕達にとって都合はいいんだけど……」

「シアンっち相手に逃げ出せるの?」

「……五分五分って所だね」


 あの駄犬が標的を逃したって話を聞いたことがない。だけど、相手はヴォルフ。彼が本気を出せばあの犬の嗅覚から逃れられるかもしれない。とは言っても、あくまで可能性の話だ。


「でも、うまく逃げたからといって、すぐに僕達が見つけられる確証もないんだよね」

「うぅ……ヴォルにいって絶対逃げ足速いよね」

「うん。多分だけど隠れるのも上手い」


 やれやれ……本当に厄介な男だよ。僕達があの中に割って入れば逃げるのは容易になるだろうけど、駄犬からの追及はまず免れない。すぐにヴォルフを追えないんじゃ、見つけるのは困難だ。何かいい方法はないだろうか。ヴォルフをこの場から逃がしつつ、彼の居場所を僕達だけが知る方法が……。


 思考を巡らせていると、不意に魔力の波動を感じて顔を上げる。見るとヴォルフが魔力を身体に滾らせていた。やっぱり駄犬相手に魔法抜きは厳しかったみたいだね。いや、ちょっと待てよ……?


「ファル、ヴォルフが逃げるのを手伝うよ」

「え? でも、今出ていったらあたし達がシアンっちに捕まっちゃうよ?」

「覚悟の上さ。ただ、それでもヴォルフの居場所を知る秘策が僕にはある」


 僕は黒い手袋を外し、ファルに手の甲を見せた。そこにある'零'の刻印を見て、彼女はハッとした表情を浮かべる。


「……行くよ」


 手袋をはめなおしつつ駆け出すと、ヴォルフと駄犬の間に割って入った。そのままこちらに飛んで来る魔力弾に右手を合わせる。


「"削減リデュース"」


 目の前まで迫っていた魔力弾はあっさりと僕の身体に吸い込まれていった。計画通りヴォルフの魔力を取り込めた。これで一日くらいは彼の場所を把握することができる。

 突然飛び出してきた僕達を見て、周りの騎士達は呆気にとられた顔でこちらを見ていた。ヴォルフは……完全に固まっている。そして、当然のように駄犬は親の仇を見るような目で僕だけを睨んでる、と。通常営業だね。


「……悪いけど、この獲物は僕達のだから」


 誰にも譲るわけにはいかないよ。落とし前をつけるのは僕達の役目だ。


「だ、第零騎士団がなぜここに……!?」

「は、初めて見た……!!」


 驚愕の表情で僕達を見る第六騎士団の面々。どうやら僕達の事を見たことない人もいるらしい。第六騎士団こことは騎士団の中でも絡むことが多いのに珍しいね。奇異の目で見られてなんとも居心地が悪いけど、原因が僕達にあるんだから文句も言えない。


「……色々と聞きたいことはあるが、とりあえずその男が貴様らの獲物というのはどういう意味だ?」

「そのままの意味だよ」


 心底気に入らなさそうにこちらを見ている駄犬から視線を外し、隣にいるファルに目で合図を送った。彼女は小さく頷くと、背中に背負っていた不自然に柄の長い小槌こづちを手に取る。

 これこそ、ファルが第零騎士団に所属することになった際に女王から送られた魔導武器。その名もミョルニル。見ての通り……いや、見てわからないと思うが大槌だ。恐らく、何も知らない者がこれを見ても、掃除用具か何かと勘違いすると思う。実際、見た目はモップそっくりだからね。この武器は特定条件化でのみ真の姿を見せる。

 ファルはブンブンと華麗にミョルニルを回転させると、そのままヴォルフに向かって大きく跳躍した。


「……食らえぇぇぇ! トール・ハンマァァァァ!!」


 そのまま大きく振りかぶり、勢いよく叩き下ろす。その瞬間、拳二つ分くらいの大きさしかなかったハンマーヘッドが、人一人を優に潰せるほどに巨大化した。


 ズゴォォォォォン!!


 轟音と共に地面が砕け散る。爆発したかのように瓦礫がれきがはじけ飛び、離れて見ていた騎士達の所まで亀裂が走っていった。

 これがミョルニルの能力。振りぬく力が強ければ強いほど、叩く部分が大きくなる魔道具だ。ちなみに、あれを使いこなすにはかなりの膂力りょりょくが必要になる。以前、ファルに借りて全力で振ってみたところ、枕ぐらいの大きさにしかならなかった。要するに、あそこまで槌を巨大化させるファルは異常な怪力の持ち主、ということだ。


「な、何が起きたんだ!?」

「ま、魔法かなにかか!?」


 全く理解の追い付いていない騎士達を尻目に、地割れを避けるため軽く後ろへとジャンプした僕は立ち昇る土煙を見ながら思う。ファルは相当お冠だったみたいだ。今の手加減なしの一撃を見れば嫌でもそれが分かる。

 少しずつ土煙は晴れていき、ざわめき止まないオーディエンスの視界が段々と明瞭になっていく。そして、完全に視界が開けたその先には、ミョルニルを手に携え、ブスッとしながらたたずんでいるファルの姿だけがあった。


「ちっ……逃げられたか」


 ファルが武器を背に戻しながら悔しそうにつぶやく。中々の演技力だ。まさに真に迫っている。僕達の目的はこの場からヴォルフを逃がすことなんだから悔しがることなんてないはずだからね、これは演技に決まってる。……演技って事でいいんだよね?


「……どういうことか説明してくれるんだろうな?」


 何かを無理やり抑えつけているせいか、一切の抑揚がなくなってしまった声でシアンが尋ねてきた。僕はそっちに振り返り、小さく息を吐く。まったくもって気が進まないけど、ここは大人しく相手をするほかないよね。

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