第102話 山賊に戻った理由

 煙草の灰がポロッと落ちたことで我に返る。オリビアの墓を見たり、昔馴染むかしなじみに会ったりしたから色々と思い出しちまったみたいだ。過去にさかのぼるとか嫌いなんだけどな。


「……随分と難しい顔をしていたが、思い出にでもひたっていたのか?」


 ハリマオがみすぼらしい木の十字架を見つめながら話しかけてきた。俺はたっぷりと煙を吸い込み、ゆっくりと肺から追い出す。


「なーに。山賊なんてまたやり始めたどっかのアホに、大事なことを思い出させてやろうと思って、頭の中で必死に復習していたのさ」

「そいつはありがたいねぇ。……で? ヴォルフ先生は俺にどんなことをご教授してくださるおつもりで?」


 おどけた口調で言うハリマオを見て、俺は小さくため息を吐いた。


「『今の家業から奇麗さっぱり足を洗い、もう二度と山賊には戻らない』。それが見逃してもらうためにかしら……レイと交わした約束だよな?」


 俺が硬質な声で言うと、ハリマオは呆れたようにかぶりを振る。


「……大層な口ぶりだったから、どんなすげぇことを教えてくれると思いきやそれかよ。そんなもん、あん時から片時も忘れたことねぇよ」

「それを覚えててなお、お前が山賊に戻った理由はなんだ? 兄弟」


 吸殻を口から吐き出しつつ、真剣な表情でハリマオに目をやった。返答次第じゃ、俺はこいつをこの場で仕留めなきゃならなくなる。でなけりゃ、温情を与えてくれたレイに顔向けできねぇ。


「……そんな怖い顔すんな、兄弟」


 どうやら俺の思いはハリマオにも伝わったようだ。一年くらいしか一緒に山賊をやってねぇが、こいつとの付き合いは濃い。お互い、冗談か真剣マジかくらいの線引きはできるってわけだ。

 ハリマオは緩慢な動きで煙草に火をつけ、煙を楽しむ。俺は黙ってそれを見つめながら奴の言葉を待った。


「俺が山賊を再開した理由は一つだけ。あるものを手に入れるためだ」

「……あるもの?」

「『賢者の石』だ」


 全く聞き覚えのない名前に眉をひそめる。石? 宝石か何かか? そんなわけのわからないモノのために、こいつはレイとの約束を反故にしたのか?


「……その反応、やっぱりお前は知らないみたいだな」


 穏やかでない俺の心中を察してか、ハリマオが困ったように笑った。どうでもいい石の事なんか知ろうが知るまいが関係ない。理由はわかった。やっぱ俺がけじめつけなくちゃいけないみたいだ。あいつの手をわずらわせるわけにはいかねぇよな。この場で俺がこいつを──。


「──その石はな、別名『命の石』とも呼ばれる代物シロモノなんだ。使えば、死んだ奴を生き返らせることができる」

「…………は?」


 今まさに拳を振り上げようとしていた俺の身体がピタリと止まる。死んだ奴を……なんだって?


「その石でよぉ……俺は親友の大事な女を生き返らせてやりたくてよ。プレイボーイを気取ってるくせに、大事な女の手すら握れない純情なバカに発破をかけてやりてぇのさ」


 ハリマオが少しだけ遠い目をしながら煙を吐き出した。俺の頭はいまだ正常に機能していない。


「らしくねぇとは思ってるけどよ。片意地はってるそいつがほっとけない優しい男なんだよ、俺は。……おっと、秘密にしといてくれよ? そんな事を俺が考えてるなんて知られたら恥ずかしいからな」


 にやりと悪戯坊主のようにハリマオが笑う。


「ただまぁ……お前が俺を許せないって思う気持ちもわかる。あの男の厚意を踏みにじっちまってるわけだからな。義理を欠いたら、人間おしまいだ」


 そう言うと、ハリマオは俺に背を向け、歩き始めた。その背中を、俺は呆然と見つめることしかできない。


「お前に殺されるなら本望だよ。だが、俺は止まらない。そういう男だってことはわかってんだろ? 親友ダチのために汚れた道を突き進む。……やるなら今だぞ、兄弟?」


 離れていくハリマオを見つめる俺は、何かに縛られたかのように動くことができない。どんよりと曇った空が耐えきれず雨粒を落とし俺の髪を濡らす。雨足はどんどんと強くなり、まるで俺を責めるが如く、容赦なく身体に雨が降り注いだ。だが、俺は兄弟が去っていった方を見たまま、身体が濡れるのも構わずその場に立ち続ける。


 どれだけの時間ここにいただろうか。季節的に気温は高いのだが、それでもずぶ濡れの服は俺の体温を遠慮なく奪っていく。


「…………兄貴」


 ふと、俺の頭上だけ雨が降り止んだ。ゆっくり顔を向けると、俺の傘を持ったクマが神妙な顔でこちらを見ている。


「風邪ひいちまいますよ?」

「……そりゃいいな。このまま熱でも出して、何も考えずに温かいベッドでぐっすりおねんねしちまいたいぜ」


 俺が乾いた笑みを浮かべながら吐き捨てるように言うと、クマは困ったように眉を下げた。俺の心を埋めつくこの何とも言えないモヤモヤ感をクマにぶつけても仕方がないっていうのはわかってる。ただ、誰のためにこいつらが山賊をやり始めたのか知った今、俺の思考はぐちゃぐちゃになっちまった。


「お前は……ハリマオに声をかけられたのか?」


 俺が静かな口調で尋ねると、クマが無言で首を縦に振る。つまり、山賊を辞め、堅気の仕事についていたこいつを巻き込んだのは間接的ではあるが俺ってことになるわけだ。


「あいつは他の連中を誘わなかったのか?」


 当時、少なく見積もっても三十人以上は山賊として一緒につるんでいたはず。だが、さっき見た奴らの中に俺の知っている顔はクマ以外誰一人としていなかった。


「ハリマオの旦那は声をかけようとしていやしたが、俺が止めました。……泥をかぶるのは旦那と俺だけでいい」

「……そうか」


 俺はそう呟き、口を閉じる。やっぱりこいつは昔と何ら変わってねぇ。図体ばっかでかくて、そのくせ小心者で、仲間の身を誰よりも案ずる優しいバカだ。


「……すいやせん」


 その巨体を可能な限り縮こませながら、クマが頭を下げてきた。


「なんで謝ったんだ?」

「ヴォルフの兄貴は俺達のためにあの男と取引をしてくれたっていうのに、俺がその思いを踏みにじっちまいましたから……」


 敵の山賊に対して怒声を上げながら突進していく男が、か細い声で言ってくる。俺は子供のように小さくなったその肩を軽くこずいた。


「なーにしょぼくれてんだよ」

「いや……だってよぉ……!!」

「大体、取引も何もレイから持ちかけてきた話だぞ? それに俺は面白そうだからって理由で乗ったに過ぎない。だから、お前が気にすることなんて何一つないんだよ」

「兄貴……」


 クマは捨てられた子犬のような目を俺に向けてくる。こんな強面のやつがそんな目をしたところで苦笑いしかできねぇっつーの。


「むしろ、感謝してるくらいなんだ。ハリマオのバカな願いに他の奴らを巻き込まなくてよ。お前のおかげだ、サンキューなクマ」


 その願いっていうのが、あいつの独りよがりのものであればどれだけ楽だったことか。


「い、いえ……お礼なんて!! 俺はただ昔の仲間をあの男の標的にしたくなかっただけです!!」

「随分とレイを警戒しているんだな……まぁ、無理もねぇか」


 あいつは俺が山賊を辞めるよう提案した時、反対した奴ら全員に恐怖を植え付けてたからな。それこそ、俺ら山賊ですらできないようなおっかない方法で。


「本音を言っちまえば、お前にもこの話は降りてもらいたかったんだけどさ……無理なんだろ?」

「…………」


 俺の言葉にクマは何も答えない。その無言を肯定と捉えた俺は諦めたように笑い、クマに背を向け歩き出した。


「あ、兄貴っ!!」

「その傘やるよ。王都で購入した洒落乙なやつだ。女っ気がまるでないお前も少しはモテるかもしれねぇぞ? 俺は……少し雨に打たれたい気分なんだ」


 近寄らせないオーラを纏いながら、俺は森の方へと歩いていく。後ろでクマが戸惑っているのが気配だけで察することができた。


「今日はクリムトの宿に帰るぜ。別に仕事で来たわけじゃないからな、お前らをしょっぴく理由がねぇ」

「そう、ですか……」


 残念そうな、それとどこかホッとしたような声をクマがあげる。俺はその場で足を止めると、少しだけ首をクマの方に傾けた。


「騎士団とぶつかっちまったんだから、遅かれ早かれあいつらはお前らの所にやってくる。俺はお前らに手を出さないし、手を貸したりもしない。……それからの事は自分てめぇで考えろ」

「…………はい」


 クマの声を聞きながら、ポケットにある煙草を取り出す。でも、雨でしけっちまったせいか、全然火が付きやがらねぇ。俺はため息混じりで煙草を投げ捨てると、傘を片手に佇むクマを置いてその場を後にした。

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