第99話 狼との会話

 レイは目の前に現れた男を注意深く観察する。真夜中だというのに太陽の如く輝く金色の髪。女性を骨抜きにするような甘いマスク。贅肉ぜいにくなど一切ついていない引き締まった身体。そして、なにより驚かされたのが、相対していて一部の隙も見当たらないという事だった。


「……あんたが'金狼きんろう'のヴォルフで間違いない?」


 他の山賊達を警戒しつつ、話しかける。この男がやって来てから、周りの山賊達が明らかに自分から距離を取ったのだが、それでも警戒を解く理由にはならない。


「人に名前を尋ねる時はまず自分からってママに教わらなかったか?」


 ヴォルフがしっかりとレイを見据えながら言った。その言葉に仮面の奥にあるレイの眉がピクリと反応する。


「残念ながら、父親も母親も顔すら覚えていなくてね。そういうありふれた親子の会話は物語の中でしか知らないんだ」

「…………」

「まぁでも、僕のはこう言ってたかな? 『知らない奴に名前を聞かれたら、剣で教えてやれ』ってね」


 ヴォルフがニヤリと笑みを浮かべる。レイも僅かに口角を上げた。


「はっ、いいママじゃねぇか。惚れちまいそうだぜ?」

「それは勘弁願いたいね。あんたを父親とは呼びたくない」


 レイが吐き捨てるように言うと、ヴォルフの笑みがますます深まる。


「なるほどな……声の感じからして十五、六ってところか。若いくせに色々と修羅場くぐって来てるってわけね」

「……さぁ、それはどうかな?」

「よせよせ。これでも年齢を当てるのは得意な方だ。……まぁ、お前が女だったら、年齢だけじゃなくスリーサイズもばっちり当ててやれるんだけどな」

「羨ましくない特技だね」


 レイの呆れたような声を聞いたヴォルフは口元に手を当て、くくっと楽し気に笑った。そして、ゆっくり息を吐き出すと、真面目な表情を浮かべ、レイの目を真っ直ぐに見つめる。


「さて……お察しの通り、俺がヴォルフだ。お前さんの正体はもう聞いても無駄だってことはわかったんだが、せめてここに来た目的ぐらいは話してくれるよな?」

「そうだね……それもあんた次第かな?」

「……どういうことだ?」


 一瞬にしてヴォルフの目が鋭くなった。一方、レイは変わらずゆったりと構えている。


「孤高の狼が人に懐くのか、確かめてこいって言われているんでね。'お手'をして噛みつくようなら、きっちり始末しなきゃならないんだ。しつけできない獣はこの国にはいらないってことかな? ……その場合はお仲間も悪さをしないように首輪を付けるつもりさ」

「……そういうことか」


 ヴォルフはポケットから煙草を取り出し、口に咥えて火をつける。人目を忍ぶような黒い鎧に顔を隠す仮面。後ろには強大な権力が控えているような口ぶりに国に仕える身の上。そして、実年齢にそぐわない肝の座り方と威圧感。全てを加味すれば自ずと答えは出てきた。

 アルトロワ王国にがいるなんて噂は聞いたこともなかった。だが、間違いないだろう。王国が有する騎士団であれば、真正面から名乗りを上げて自分達を討伐すればいい。一般人を襲わないとはいえこちらは山賊、討ち取られて喜ぶ者はいれど、恨むような者はいない。


「……お前ら、倒れてる仲間達を連れて先にアジトへ戻ってろ」

「えっ?」


 紫煙しえんと共に告げられた言葉に山賊達は動揺を隠せずにいた。だが、ヴォルフは煙草を味わっているだけで、それ以上説明をしようとはしない。


「ど、どういうことだよ! アニキィ!!」

「さっさと全員でたたんじまいやしょう!!」

「こんな年端もいかねぇガキにやられる俺達じゃねぇぜ!!」


 騒ぎ立てる仲間達をどこ吹く風で見ながら、ヴォルフはゆっくりと煙を吐き出した。


「……お前らがいると、俺が全力出せねぇだろ? 巻き添えくって死にたくなかったらさっさと消えろ」


 ヴォルフが軽い口調で告げると、山賊達は一斉に黙りこくる。重苦しい沈黙に包まれる中、一人の山賊が静かに口を開いた。


「それほどの相手なんですかい?」

「……俺が消えろって言った以上、その問いに答える必要はねぇよなクマ?」

「そうですね……俺も肌で感じましたし」


 いつの間にか意識を取り戻していたクマが神妙な顔で頷く。頬からこめかみにかけて斬られた傷口から流れる血を手で押さえながら、地面に転がっていたバトルアックスを拾い上げた。そして、静かに睨み合う二人に背を向ける。


「てめぇら、行くぞ」

「で、でもよぉ……!!」

「あんなガキに舐められっぱなしじゃ俺達のメンツが……」

「兄貴の足を引っ張りてぇのか!!」


 渋る仲間達にクマが一喝した。ビクッと身体を震わせた山賊達はヴォルフを見て、レイを見て、トボトボと去っていくクマを見て、一人、また一人とその後について行く。その様子をレイは黙って眺めていた。


「……止めないのか? 首輪、付けに来たんだろ?」


 そんなレイを見ながらヴォルフは煙草をトントンと指で弾いて灰を落とす。レイは離れていった山賊達から視線を外すと、ヴォルフの方に向き直った。


「止めないよ。後であんたに聞けばいい」

「俺が仲間を売るとでも?」


 ヴォルフの目がスッと細まる。声音に静かな怒りを感じたレイは小さく息を吐きながら肩をすくめた。


「村を一人で滅ぼすほどに血も涙もない男だって聞いていたけど、仲間には甘いなんて意外だね」


 瞬間、ヴォルフの身体から殺気がほとばしる。その凄まじさは、咄嗟にレイが後ろに飛び退くほどであった。


「……もしかして気に障ることでも言っちゃったかな?」

「いや? あんたのおかげでちょっと昔を思い出してな……最高にいい気分になってただけさ」

「そっか。それなら安心したよ」


 会話の内容とは裏腹にこの場を緊張感が満たしていく。ヴォルフは短くなった煙草を一気に吸いこみ、大きく息を吐き出しながら吸殻を踵で潰した。


「それにしても驚きだな。俺のが知られているとは……流石はお国に仕える裏組織ってわけか?」

「国に仕える裏組織っていうのがなんなのかさっぱりわからないね。あんたのについても少ししか知らないし」

「あれだけ匂わせといてそれはねぇだろ? じゃあ、あれか? 国に尻尾を振る番犬とでも言ってやろうか?」


 それまでほとんど無表情を貫いていたレイだったが、その言葉を聞いて僅かに顔を顰める。カラスの仮面をつけているためヴォルフにはその表情の機微はわからなかったが、なんとなく纏っていた雰囲気が変わったことは感じとることができた。


「……もしかして気に障る事でも言っちまったか?」

「別に? ただ、例えが愉快すぎて思わず笑ってしまいそうになっただけだよ」

「そうか。それなら安心したぜ」


 そう言いながらレイはゆっくりと干将かんしょう莫邪ばくやを構える。それに合わせるように、ヴォルフはジリッと地面を踏みしめた。


「さて、と。これ以上楽しい会話を続ける理由はないよね? そんなに親しい間柄でもないし」

「そうだな。俺も帰って飲みなおさねぇと。どっかの誰かさんに酒盛りを邪魔されちまったからな」

「ならさっさと終わらせないとね」

「……お互いにな!」


 ほとんど同時に地面を蹴る。レイの双剣が、ヴォルフの拳が、眼前にいる倒すべき敵に向けて振り下ろされた。

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