第69話 ダンジョン
翌日、クラスに行くと突如として現れたダンジョンの話題で持ちきりであった。素知らぬ顔して自分の席へと移動すると、早速ジェラールとニックが話しかけてくる。
「レイ氏、知っているかい?」
「ダンジョンの事?」
「その通り! ……知っている割には反応が薄いね」
「レイはいつもこんなもんだろ」
ニックが苦笑いを浮かべた。僕は肩を竦めてそれに応える。それとなくクラス内に聞き耳をたててみたけど、みんなその話しかしてないね。僕はグレイスとエステルと三人で話をしているクロエの方へちらっと視線をやった。ダンジョンができた手前何が起こるかわからないから今日は休んだ方がいいって言ったんだけど、デボラ女王に一蹴されたんだよね。「そのためにお主が共に通っているのであろう?」って言われちゃってさぁ、何も言い返せなかったよ。
「まぁ、冒険者でもないレイがピンと来てないのもしょうがねぇけどな! 俺からしてみればわくわくが止まらないぜ!!」
「ダンジョンから生まれる魔物は希少な素材を落とすものね」
「おうよ! そんな宝の宝庫がすぐ近くにできちまったんだ! ジッとなんかしていられねぇよな!」
ニックが凶暴な笑みを浮かべながら、自分の手の平に拳を叩きつけた。髪の色に負けず劣らず彼は燃えているようだ。でも、その気持ちもわからないでもない。
ダンジョン、それは瘴気の濃度が一定以上に達した時に引き起こされる地殻変動。一種の自然災害と言い換えてもいい。
魔物の素である瘴気が溜まりすぎた結果、魔物を生み出すのに適した環境へと周囲の地形を捻じ曲げてしまうことがあり、その結果ダンジョンが生み出されるらしい。僕も詳しいことはよくわかっていない。
このダンジョンで生まれる魔物は他の魔物とは明確に異なる。変異種と呼ばれるもので、簡単に言ってしまえばサリバン・ウィンザーが行っていた魔物の改造実験を自然が行うようなものだ。おそらく瘴気濃度の高さが魔物の生態を狂わしているんだと思う。そうなると、他では手に入らない素材ばかりになるので、ジェラールの言った「ダンジョンで出てくる魔物は希少素材を落とす」ってことにつながるわけさ。
「ニック氏はダンジョンに入ったことがあるのかい?」
「いやぁ……それがねーんだよな。この辺りにないってのもあるけど、いかんせん高くてよぉ」
「高い?」
ダンジョンが高いっていうのは一体どういうことなのだろうか? 眉を顰める僕に、ニックが頷きで返した。
「去年の夏季休暇の時にダンジョン目当てでちょっと遠出したんだよな。んで、あるにはあったんだけど入場料がバカ高くてさ。結局、入れずじまいで帰ってきちまった」
「自分の持っている土地にダンジョンができたら億万長者になれるって言われているくらいダンジョンはもうかるからね。高額の入場料を支払ってもそれ以上の見返りがある可能性が高いから、冒険者達はこぞってダンジョンに集まるんだよ」
はぁ……ダンジョンがそんな貴重なもんだなんてしらなかったな。魔物が出てくる迷惑な洞穴ぐらいの認識しかなかったよ。
「学院はどうするんだろうね?」
「おそらく適当な値段をつけて誰かに売るんじゃないかな? ダンジョン運営に携わっていたら学校なんて経営していられないから。そうなってくると、その買い手に僕の父も名乗りを上げてくるだろうね」
「なら、ダンジョンの所有者はマルク商会で決まりだな! たのむっ! ダンジョンに入る許可が下りたら友情価格で入れさせてくれよ!」
「残念ながらそれはできないのだよ、ニック君。商売というのは平等でなければいけないからね。お客さんが知らない人でも貴族でも平民でも友達でも、同じ価格、同じ品質で提供するのがマルク商店なのだから」
涼し気な笑顔でジェラールが告げる。うん、だからこそマルク商店は信用が置けるってもんだね。貴族相手に特別価格でモノも媚も売っている店に見習わせてやりたいよ。
「中に入るには城の許可が必要なんでしょ? どれくらいかかるかな?」
「さぁ、どうだろう。昨日できたばかりではあるけど、この場所は城と目の鼻の先だからね。調査をする騎士団も今日の放課後には来るだろうし、一二週間くらいではないのかな?」
騎士団は今日来るのか。僕の事を知っている人が来るかわからないけど、会わないにこしたことはなさそうだね。僕も恐らくクロエもダンジョンなんて興味ないだろうし、さっさと帰ってしまおう。……ファル辺りは目を輝かせて野次馬に行きそうだけど。
「ダンジョンを買い受けた場合、そのままってわけにはいかないよね。できた場所は野外鍛錬場だから今まで生徒達が使っていた場所なわけだし、ダンジョンに来た冒険者と生徒が鉢合わせしないよう別の出入り口を作らないといけない。しかも、鍛錬場の代わりになる土地を用意しなきゃいけないけど、それはここから近い場所でなければいけない。そうなると……」
ジェラールは完全に僕たち二人を置いてけぼりにして自分の世界へと入ってしまった。流石は商人界で麒麟児と呼ばれている男。金の臭いを嗅ぎ取ってからの集中力はすさまじいものがあるね。
そうこうしているうちに担任の教師がやってきて、ひとまず話はそこで終わった。学院にダンジョンができたから注意するように、などと注意にもならない注意を適当にした後、いつも通り授業が始まったよ。それだと生徒達は納得しないと思うけどな。その証拠にみんなチラチラと窓の方に視線を走らせている。
まぁ、気になるのは仕方がないか。ただでさえ物珍しいっていうのに、それが自分達の通っている学校の校庭に出来たんだからね。僕を含めたダンジョンなんてどうでもいい少数の人達以外は浮ついた様子のまま午前の授業は過ぎていった。
だが、厄介ごとはその午前の授業が終了した時に起こる。
いつになったら授業が終わるのかと待ちわびていたクラスメート達が終業の鐘の音を聞いた瞬間、一様にソワソワし始めた。多分、昼休みの間にダンジョンを見に行くのだろう。生徒達が入らないように教師達が見張っているだろうけど遠目からは見ることができる。とは言っても、ダンジョンなんて外から見たら何の面白みもない洞窟にしか見えないと思うけど。
そんなクラスの雰囲気を察しながらも、困ったように笑いながら教師の男が教室から出ていこうとする。そして、扉を開けた瞬間、もはや見慣れた銀色縦ロールを左右に携えた美少女が教室の前で仁王立ちしていた。ダンジョンのことで頭がいっぱいだったクラスメート達も、呆気にとられた顔でその少女を見つめている。
やれやれ……ビスマルクのご令嬢はよほど'
僕が苦笑しながら後ろに目をやると、グレイスが眉をしかめて彼女を見ていた。この早さで僕達の教室まで来ているってことは授業が終わる直前に教室を抜けだしたんだろうな。まぁ、昼休みになるたびにここへ来ているというのに一向に目当ての人物に会えなければこういう行動にも出るよね。その根性に感服だよ。
どちらにせよ、僕には関係ないことだけどね。面倒なことに巻き込まれる前にここから退散するのが吉だろうな。
教師が困惑しながら出ていくと、ソフィアは我が物顔で教室の中を闊歩していく。そして、目的の人物の前に立つと、腕を組みつつ厳しい顔で睨みつけた……僕を。
「少しお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
全員が驚きの顔でこちらに注目する。その中で最も驚いているのは紛れもなく僕自身だった。
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