第49話 告白現場

 双子達の授賞式の翌日、僕達はいつものように護衛対象を城の前で待っていた。少ししてから城から出て来た桃色髪の美少女、この国の女王デボラ・アルトロワの一人娘であるクロエ・アルトロワはファラ達の顔を見て目を丸くする。


「おはよう。……なんだか随分げっそりしているね」

「ふふふ……」

「へへへ……」


 クロエの挨拶に二人は力のない笑みで答えるのが精一杯の様子だった。明らかにまともではない双子を見て、クロエはすぐに僕へと顔を向けてくる。


「……昨日の夜、色々とはしゃいでしまってね。元気が有り余ってる様子だったから、家の手伝いをしてもらったんだ」

「い、家の手伝いをしただけでこんなになる?」

「一晩中頑張ってくれたからね。おかげで中庭が見違えるようになったよ」


 前から雑草が伸び放題で気にはなっていたんだ。やっぱり定期的に草むしりはしていかないといけないな。


「……レイ兄様って時々容赦ないよね」


 頬をひくつかせながらクロエが僕を見る。そんな鬼でも見るような目で見られるのは心外だな。

 真面目な話、第零騎士団存続の危機だったんだからね。店の大将が気前のいい人だったのと、ジルベールが「先に手を出したのはうちのバカみたいだから後はまかせてお前たちは帰りな」って言ってくれたおかげだ。なんか、第二騎士団の連中もいたみたいだし、面倒なことになりそうだったよ、本当。彼には感謝してもしきれない。


「じゃあ僕は遠くで見張っておくね。……あぁ、ファラ、ファル?」


 僕が名前を呼ぶと、二人は大げさなくらいに肩をビクッと震わせる。


「帰ったら屋敷の掃除が残っているからよろしくね」

「「…………はい」」


 うんうん、素直なのはいいことだ。僕は満足そうにうなずき、生きる屍のような双子と、微妙な表情をしているクロエを残してこの場を去った。


 今日も何事もなく登校。まぁ、ファルとファラが付いているからその辺は心配してない。彼女達をどうにかするには、この前みたいに奴隷商でも引っ張って来ないとかなり難しいはずだ。僕だってあの二人を一度に相手にしたら勝てる自信が全くない。


 顔パスで校門を通るのはすでにお決まりの流れ。ほとんどが寮住まいだから仕方ないけど、相変わらず誰もいないね。セキュリティ的にそれでいいのかと言いたくなるけど。

 そのまま校舎へと続く道を歩いていると、少し離れた木陰に誰かがいるのを目端に捉えた。こんな場所に人がいるなんて、まさか不審者か? ……一応確認しておこう。

 僕は気配を消しつつ、規則正しく配置された小さな植木に身を隠し、様子を窺う。そこにいたのは男子生徒と女子生徒の二人だけだっ。男の方は見たことがないけど、女の方は恐らく僕の知っている人だろう。あの藍色の髪に凛とした佇まい。こちらに背を向けているので顔は見えないが、その身体から醸し出す空気から誰なのか容易に想像することができた。


「……ということだ。何不自由のない暮らしをさせてやるから俺の召使いになれ」


 随分と偉そうな物言いをする人だな。知らなくてもあの男が貴族の血筋であることは分かる。そして、話の内容も。


「とても魅力的なお話ね」


 グレイスは右手で髪をかき上げながら言った。魅力的って感じる人の声音じゃないよね。夏が近づいているっていうのに、ちょっと背筋が寒くなったくらいだよ。


「そ、そうか! 召使いになるか!?」


 いやいや、ならないでしょう。どうポジティブに考えても。


「そうねぇ……私もあの子達にあやかってみようかしら?」


 グレイスはそう呟くと、一気に魔力を高めた。それを見た男子生徒がギョッとした表情を浮かべる。


「私に勝てたら好きなようにしてくれて構わないわ。召使いでもメイドでも、あなたの言うことを何でも聞いてあげる」


 多分、すごい笑顔で言ってるんだろうなぁ。可哀想に……あの男子生徒、完全に血の気が引いちゃってるよ。


「どう? 悪くない条件でしょ?」

「ひぃっ!! ……そ、そうだな! だが、今日は少し体調が悪い! また日を改めて挑戦することにしよう!!」

「あら、そう? 少し残念ね」

「で、では、失礼させてもらう!」


 男子生徒は逃げるように……いや、あれは逃げてるって言った方がいいね。全力疾走で校舎の方に戻って行ったし。まぁ、Bランク冒険者で、しかもレベルⅤの魔力をまともに受ければ、学生だとあぁなるのは必然だよ。


「……秘密の騎士様に監視されるような悪いことをした覚えはないのだけれど?」


 あっ、ばれちゃってるねこれ。驚いた。今度から彼女が相手の時は本気で気配を絶たないといけないみたいだ。グレイスは振り返り、あっさりと植木から姿を現した僕を見る。


「こんな時間にこのあたりで人影を見ることなんてないからね。念のためってやつさ」

「姫様を守る仕事は大変って事かしら」

「警戒しすぎることはないって話さ」


 僕は軽く肩を竦めると、踵を返し校舎の方へと歩き始めた。その隣にグレイスがつく。


「……一緒に教室まで行くの?」

「同じクラスなんだからそうなるわね。なにか不満でも?」

「'氷の女王アイスクイーン'と登校だなんて、目立ちたくない僕にしてみれば避けたいイベントなんだけど」

「大丈夫よ。最近のあなたは十分目立っているから」


 グレイスが可憐な笑顔をこちらに向けてきた。いい性格してるよ、本当。僕はため息を吐きつつ、半ば諦めムードで校舎へと向かっていく。


「あぁいうのって結構あるの?」

「そうね。入学した当初は毎日だったわね。正確には毎時かしら?」

「毎時?」

「授業が終わるたびにってことよ」


 まじか、それは大変だな。授業終了を今か今かと待ちわびながら廊下で待機している男達を想像すると少しげんなりする。っていうか、三年も同じクラスだというのに知らなかったよ。……まぁ、一、二年の頃はクロエにしか目がいってなかったから、他の人の動向なんていちいち追ってなかったんだけどね。


「でも、最近はそんなに多くはないわ。丁寧にお断りしてきたのが効いたようね」

「よく言うよ」


 僕は呆れたように彼女の顔に目をやった。グレイスに告白した男は立っていられなくなることで有名だ。肉体的にではなく、精神的に。


「私だって甘い声で愛の言葉でも囁かれたら、断り方にも気を遣うわ。でも、大体の人があんな感じで言ってくるのよ?」

「まぁ、確かにあれは鬱陶しいね」

「そもそも嫌いなのよ、男が。……特に高圧的な物言いをする人がね」


 きっぱりと言い放ったグレイスの顔はどこか憂いを帯びていた。なんとなくその表情が気になったが、それ以上に気になることがある。


の前でそれを言うんだ」

「そう言われるとそうね。でも、あなたやあなたの仲間であるヴォルフって人は不思議とそこまででもないわ。多分、実力があるのにそれを鼻にかけないからかしら?」

「そりゃ、どうも」


 僕は適当に返事をしながら校舎の中へと入っていった。流石にここまでくると他の生徒の姿がチラホラ見受けられるな。そして、すごい視線を感じる。


「やっぱり注目されているじゃないか」

「その綺麗な灰色の髪が珍しいんじゃないかしら?」

「どう考えても君のせいでしょ」


 僕は隣を歩く彼女にジト目を向けた。確かに灰色の髪なんてこの学校には僕ぐらいしかいないけど、絶対にそれが理由じゃない。なぜなら隣にいるグレイスを見てから僕を見て、もう一度彼女に目をやっているからだ。


「あぁ、そういえばあなたに言うことがあったわ」

「なに?」

「今日はエステルに他の用事があるから冒険者ギルドには行かないのよ」

「へーそうなんだ」


 僕にとって至極どうでもいい情報だ。当然、返事も気のないものになる。


「だから、あなた達のところにお邪魔させていただくわ」

「…………は?」


 一瞬固まる思考回路。これが戦場だったら間違いなく僕は死んでいただろう。意表をつくには最高の戦術だった。


「……君も冗談言ったりするんだね」

「この手の冗談はあまり好きじゃないわ」


 グレイスはさらっと言ってのけると、教室の扉に手をかける。僕は相当動揺していたみたいだ。自分達の教室へたどり着いたことにも気づかないなんて。

 がらりと開けた扉の奥から襲い掛かってくるのは無数の視線だった。ここにいる全ての人達が僕達二人を見て驚いている。さっきまでならため息が出そうな状況だが、今はそれどころではない。


「じゃあ、放課後よろしくね」


 惚れ惚れするような笑みと共にウインクを投げかけると、グレイスはスタスタと教室へと入っていく。僕は彼女のうなじで揺れている美しい藍色の髪で作られたお団子を、ただ茫然と見つめることしかできなかった。

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