3.偽れぬ思い

第44話 プロローグ

 母親を知らない。

 物心つく前に死んでしまったから。自分が一歳になるかならないかの頃だ。ぬくもりさえ覚えていない。

 兄を知らない。

 母親と一緒に死んでしまったらしい。それ以上は語らない。街にいる人も、屋敷にいる使用人も……そして、実の父親すらも。

 昔の父親を知らない。

 代々伝わる優秀な魔法士としての血筋。その中でも随一の使い手だった父は国からも一目置かれる存在……だった。


 今の父親は知っている。

 抜け殻。その一言に尽きる。一日を通して無表情のままロッキングチェアに揺られているだけ。ただひたすら虚ろな瞳で虚空を見つめている。

 正直な話、記憶にない母親や兄のことなんてどうでもいい。ただ、父親だけはなんとかしてあげたい。


 自分のことはわかる。

 神に選ばれたレベルⅤの魔法師。御三家と持て囃されているが、その実衰退の一途を辿る我が家を立て直す救世主。父親譲りの才能が有ればそれも十分可能なはず。


 私は誰の力も借りず、誰の助けも求めずに家を再興するのだ。


 そうすればきっと……お父様も昔に戻ってくれるはず。

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