第18話 第零騎士団の面々

 なんの遠慮もなしに応接室の扉を開けたのは双子の片割れであるファル。その後ろからもう片方のファラがお行儀よく静かに入ってくる。


「あれー? おじさん来てたのー? お久しぶり!」

「ご無沙汰しています」

「よっ! ファルは相変わらず元気いっぱいだな! ファラはお上品が過ぎるぞ? 知らない仲じゃないんだし、もっと気さくな態度で話しかけて来いよ!」

「親しき仲にも礼儀あり、です」


 さらりと告げると、ファラは当然のように僕の左隣に腰かけた。ファルも笑いながら僕の右隣に座る。


「それにしても二人とも綺麗になったなぁ……まだまだ胸は発展途上だけどな」

「あー! おじさんやらしいんだー!」

「おじ様、セクハラです」


 ファルがわざとらしく胸を隠しながら人懐っこい笑みを浮かべるのに対し、ファラはクイッとメガネを上げながら氷のような視線をアレクシスに向けていた。どうして双子でこうも違うのか。まぁ、二人の仲は良好だから問題ないんだけどね。


「フリードさんもこんにちは! いつもおじさんに振り回されて大変でしょ?」

「心中お察しします」

「いやいや、こうやって可愛らしい方達とお話しできる機会もあるので、なんとかやっていけていますよ」


 それまであまり表情を変えていなかったフリードが僅かに頬を緩める。なんとも気障ったらしいセリフではあるが、彼が言うと自然だから不思議だ。これをアレクシスが言おうもんなら総スカンを食らうところであろう。

 いつの間にやら近くに立っていたノーチェが双子の前に紅茶を、僕の前にはお茶を置く。ファルはそれを早速手に取ると、フーフーと何度も息を吹きかけて冷まし始めた。それを見てノーチェが優しくほほ笑む。


「ちゃんとファル様が飲める温度に調節しておりますよ」

「さすがノー爺! ありがとう!」


 嬉しそうにお礼を言うファルを見ながら僕たちに頭を下げると、ノーチェは応接室から出て行った。猫舌の彼女への配慮も完ぺきな紳士は基本的にお客さんと話すことはない。話しかけられれば答えるが、それ以外は本当の執事のようにお茶を出したり、召し物を預かったりするだけで、部屋に居座ろうとはしない。


「ここに来るたびにあの男をブロワ家の執事として雇いたいって思うぜ。割と本気でな」

「あの人に執事だけをやらせておくのはもったいないですよ」

「だろうな……いつか手合わせ願いたいものだ」


 人を束ねる立場になっても武人は武人。強者を見て血が騒ぐのを抑えられないのだろう。アレクシスは酒で唇を濡らしながら、ノーチェが出て行ったドアのほうを肉食獣のような目で見つめていた。


「……あのぉー双子ちゃんたち? ちょっと待ってみたんだけど、俺には挨拶とかないの?」


 なんとなく場が落ち着いたところで、微妙な表情を浮かべながらヴォルフが尋ねる。すると、ファルもファラもどうでもよさそうな顔でそちらに向いた。


「ヴォルにい、いたんだ」

「気が付きませんでした」

「んなわけないっしょ!?」


 双子は性格が真逆といってもいいほど違うが、いくつか似通っているところがある。その一つがヴォルフの扱いが雑ってことだ。


「ヴォルにいは酒臭いんだよー。早くこの部屋から出て行って」

「そうですね。アルトロワ王国から出ていくことをお勧めします」

「まさかの国外追放!? そりゃないよーファラちゃーん」


 がっくりと肩を落とすヴォルフを完全に無視して、ファラは優雅に紅茶をすする。


「さて……お前さん達のじゃれ合いは見ていて飽きないが、流石にそろそろ戻らなにゃいかんな」


 アレクシスは立ち上がると、懐から白い封書を取り出し、僕に投げ渡した。それには王国の印が押されている。


「麗しの女王陛下からの任務依頼ラブレターだ。羨ましいぜ、まったく」

「なら、譲りましょうか?」

「バーカ。母親の愛情はもらえるうちに目一杯もらっとけ」


 卑怯な物言いだ。そういう風に言われたら僕は何も言えなくなってしまう。ニヤニヤと笑いながら歩いて行くアレクシスを、僕は仏頂面で睨むことしかできない。


「あ、そうそう」


 応接室の扉に手をかけ、そのまま出て行こうとした彼が突然振り返り、愉快そうな顔で僕達を、いや僕を見た。


「もうすぐ第六騎士団が遠征から帰って来るぞ」


 ドクンッ。


 心臓が跳ねる。


「第六騎士団って……」


 笑顔がトレードマークであるはずのファルが引きつった顔を僕に向けてきた。ファラも何とも言えない表情で僕の様子を窺っている。ヴォルフは……特に変わることなく、美味しそうに酒を飲んでいた。


「……それを僕に伝える意図がよくわかりませんが?」


 いつも通りの調子で答えたつもりなのに、えらく無機質な声が出てしまった。そんな僕を見て、アレクシスはニンマリと笑う。


「なーに、意図なんかねぇよ。ただ、少しばかり賑やかになりそうだなって。なぁ、フリード?」

「そうですね。それに関しては同意いたします」


 フリードがさも当然とばかりに頷いた。僕としては激しく納得がいかない。


「じゃあ、また暇見て顔出すわ。ヴォルフ! 美味い酒用意しておけよ!」

「それは旦那の役目っすよ。持参してくれなきゃ家に入れませんからー」

「けっ! サービス悪いぜ、まったく。……あんま無理すんじゃねぇぞ、ガキ共」

「失礼します」


 手をヒラヒラ振りながら出て行ったアレクシスの後を、きっちりお礼をしてからフリードが追っていく。

 まったく……台風みたいな人だな、ホント。この場所に来るときはいつもあんな感じだ。もう少し、総騎士団長としての自覚を……いや、それはそれで接しづらいから今のままでもいいか。

 僕が疲れたように息を吐くと、隣に座っているファルが大きく伸びをした。


「おじさんは本当に変わらないなー。豪胆というか子供っぽいというか」

「それがおじさまですからね。でも、戦場に出たら鬼と化すって聞きますけど?」

「実際そうなんだろー? あんだけ酒を飲んでたくせに、一瞬たりとも隙なんか見せてくれなかったぞ」


 空いたグラスに酒を足しながら、あまり興味なさそうにヴォルフが答える。逆にファルは興味津々な目で彼を見つめた。


「へー! ヴォルにいがそう言うなら相当なんだろうねー! 本気でやったら負けちゃう?」

「バカ言いうなっての。俺が旦那に遅れをとるわけがないだろ」

「……と、言っていますが、ボスはどう思います?」


 ファラがこちらに顔を向けてくる。中々難しい質問をしてくるね。ヴォルフとアレクシス……うーん、真面目に答えるとなると……。


「お二人が全力でぶつかりあったら、互いに無事では済まないでしょう。ですが、七割方アレクシス様に分があるとお見受けいたしますが?」


 僕が答える前に、二人の見送りを終え部屋へと入ってきたノーチェが答えた。


「ノー爺が言うなら間違いないね! なーんだ、やっぱりヴォルにいは大したことないんじゃん!」

「うるせー。まだかしらの意見を聞いてないってーの。どうっすか? やっぱり俺でしょ?」


 ヴォルフが期待を込めた目で僕を見てきた。そんな目で見られても期待に応えられるような事は言えない。


「アレクシスさんの実力を全て知っているわけじゃないけど、僕もノーチェさんと同じ意見かな?」

「まじっすか……」


 ガクッと肩を落とすヴォルフ。本気でへこまれると僕も困るんだけど。


「そんなどうでもいいことは置いといて、女王様からの依頼ってなんですか?」

「どうでもいいことって酷くない……?」


 ヴォルフが悲しげな声を上げるが、ファラはそちらに顔すらむけない。本当にファラはヴォルフに厳しい。


「あー! それ私も気になるー! 前回はボスが一人でやっちゃったからねー! 今回はあたしがメインでいくよー!」


 ファルがぐっと拳に力を入れる。ファラは何も言わないけど、その顔から同じように気合が入っていることが見て取れた。そんな二人を横目で見ながら、僕は丁寧に封書を開く。


 ふむふむ……なるほど……今回も厄介そうな任務だね、こりゃ。


「ねーボス! どんな依頼内容!? 早く教えてよー!!」


 僕が依頼内容に目を通している間、何も言わずに耐えていたファルが我慢の限界を迎えたらしく、前のめりになりながら尋ねてくる。僕は丁寧に封書を折りたたむとファルに笑顔を向けた。


「……そういえば、アレクシスさんのゴタゴタで忘れていたんだけど、朝のアレはなんだったの?」

「え」


 ファルの顔が笑顔のまま凍りつく。そのまま僕が反対側へと顔を動かすと、ファラの目が猛スピードで左右に泳いでいた。


「え、えっと……あれは……」

「いつも言ってるよね? 目立つような事はしないようにって」

「だ、だって!! あれは向こうから絡んできたんだよ!?」


 必死に弁解するファルに賛同するようにファラが何度も首を縦に振る。


「絡んできた、ねぇ……そういうトラブルを回避するのも第零騎士団に必要な力なんじゃないかな?」

「うっ……それは……」


 ファルが言葉に詰まった。絡まれたからやる、なんて事していたら、僕はこの二年間で何人病院送りにしなきゃならなかった事か。


「というわけで、罰として二人共、今回の任務は不参加で」

「えー!」

「そんなぁ!!」


 二人が絶望にも似た表情を見せる。こう見るとやっぱり双子なんだな。そっくりだ。


 僕は至極爽やかな笑みを浮かべて、二人の顔を交互に見た。


「なにか不満があるのかな?」

「「い、いえ……ありません……」」


 完全に意気消沈した二人が顔を俯かせる。ヴォルフがわざとらしく残念そうな顔をしながらファルの肩をポンポンと叩いた。


「いやー、可哀想だけどかしらの決定なら仕方ないね。双子ちゃんはいい子でお留守番だな」

「むぅ〜〜〜ヴォルにい〜〜〜!!」


 ファルが恨みがましく見つめるが、ヴォルフはまるで効いてない様子。ファラも怖い顔で睨んでいるが、その眼鏡の奥は若干涙目だった。


「つーわけで、ここから先は大人同士のは・な・し・あ・い。お子ちゃまは部屋でおとなしくしてなさーい」


 シッシッ、とヴォルフが手を払う。


「覚えてろよ〜!!」

「……この借りは必ず返します」


 二人はヴォルフに捨て台詞を吐くと、未練がましそうに応接室を出て行った。

 しばらくニヤニヤと笑みを浮かべていたヴォルフは持っていたグラスの中身を一気に飲み干し、そのままグラスを机に置く。そして、纏っている空気をがらりと変えると、僕に真面目な顔を向けてきた。


「……それで? 適当な理由をつけてあの二人を遠ざけた女王からの無理難題ってのは一体どんなもんなんすか?」


 やっぱりバレていたようだ。この男は適当そうに見えて抜け目が一切ない。敵に回すと厄介なタイプだね。

 僕は封書をヴォルフの方に放り投げた。彼はそれを受け取り、中身を読むと、納得した顔でため息を吐く。


「なるほど……かしらがあの二人を任務から外すわけだ」


 身を乗り出し、封書を返してきたヴォルフに僕は無言で頷いた。そして、封書を懐にしまい膝の上に腕を乗せ、指を組みながらノーチェとヴォルフに目を向ける。


「……今回のターゲットは奴隷商だ」

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