第14話 クラスメート

 いつもと同じ教室、いつもと同じ席に着いているというのに僕の気持ちはいつもとまるで違った。完全に油断していた。相手の位置を把握する魔道具が存在するなんて知らなかったし、それを人間相手に使う鬼畜がいるなんて思ってもみなかった。いや、予想しろという方が無茶な話だろう。

 僕達、第零騎士団は任務をこなす際に魔道具をほとんど用いない。灯りや水を出す魔道具など生活に即しているものならまだしも、冒険者が使う魔道具なんて門外漢だ。だけど、無知を理由に責任を転嫁するわけにはいかない。任務を失敗したのは知らなかったから、では済まされないからだ。今回の件は全面的に僕の失態だといえる。


 '氷の女王アイスクイーン'グレイスに自分の正体が見抜かれかけている、これは由々しき事態だ。


 校門で接触された際は「何を言っているのかわからない」と言って逃げるように教室に来たけど、どうすればいいんだろうか。これ以上関わらないように最大限の警戒をしたとしても彼女は同じクラスなのだ。出会わないようにするというのはまず不可能。教室で僕の正体を匂わす発言をすればすべてが終わりになる。

 かと言って、口止めをすれば僕が零の魔法師だと認めることになってしまう。直接話しかけてきたということは魔道具を使ったとはいえ、まだ確証には至っていないのだろう。そうなれば、それを自分から認める愚行はすべきではないのだが、結局のところそれは問題の先送りにしか過ぎず、根本的な解決には至っていない。まさに八方塞がりといったところか。


「なにやら朝から悩み事を抱えているようだね?」


 堂々巡りの思考に嫌気がさしていた僕の耳に清涼感溢れる軽やかな声が届く。そちらに目を向けると、色白の中性的な美少年が穏やかな微笑を湛えていた。僕はグレイスからこの少年へスッと頭を切り替える。


「おはよう、ジェラール。……自分の進路についてちょっと、ね」


 僕は苦笑いをしながら答えた。この水色の髪をした儚げな少年の名前はジェラール・マルク。大商家の一人息子で、その跡取りでもある。平民である僕に事あるごとに絡んでくるエステル・ノルトハイムに次いで僕によく話しかけてくる変わった男だ。

 だが、彼はエステルとは違う。根拠はないけど、彼の目を見ればわかる。あれは僕を見極めようとする目だ。僕を普通の平民ではないと推測し、その正体を、ひいてはこの学院に来た目的を暴こうとしているのだろう。それを知って僕を脅すというよりは、情報の重要性を叩き込まれた商人の性に近い気がする。どちらにせよ、油断できない相手には違いない。


「進路……そういえば、昨日ノルトハイムのご令嬢から色々と言われていたみたいだものね」


 ジェラールは納得したように頷くと、エステルの方へと視線を向ける。彼女は興奮した面持ちでこの国の王女であるクロエ・アルトロワと会話をしていた。断片的にしか言葉が聞こえてこないが、おそらく昨夜の事を話しているのだろう。今朝、僕から聞いて事情を知っているクロエはなんともいえない顔で笑っている。


「おやおや……なにやら幸せそうだね。昨日の夜、よっぽどいい事があったのかな?」


 そんな彼女を見て楽しげに笑うジェラール。まさか昨夜の騒動をある程度把握しているというのか? いや、それはありえないはずだ。あそこにははぐれ魔法師のバート・クレイマン、巻き込まれたグレイスとエステル、そして僕の四人しかいなかったはず。情報が漏れることはないはず。だが、念のため余計なことは言わないでおこう。


「……そのせいで彼はこうなってしまったようだけどね」


 ジェラールが僕の後ろの先に目を向ける。そこには机が恋人だと言わんばかりに突っ伏した少年がいた。その髪は活発な彼を表すようにツンツンと逆立っているのだが、今日はなんだかしょぼくれて見える。


「どうしたの、ニック?」


 いつもうるさいくらいに元気な人がこんな状態なら流石に声をかけないわけにはいかない。僕の声は聞こえたようだが、ニックは顔を上げずに小さく唸り声をあげた。


「……ほっといてくれ、レイ。俺はもうダメだ」

「えーっと……」


 ここまで構ってくれオーラ全開のやつにほっとけと言われても困る。僕がちらりと視線を向けると、ジェラールは肩を竦めながら首を左右に振った。


「愛しのエステル嬢があんなにも素敵な顔で男性の話をしているから絶望に打ちひしがれているのさ」

「うぉーい! はっきり言うんじゃねぇよ!!」


 机をバンッと叩きつけながらニックが勢いよく立ち上がる。流石は仲がいい二人、相手を元気にさせるのはお手の物だな。


「そっか。ニックはエステルさんが好きなんだね。それで、彼女が嬉々として他の男の話をしているから落ち込んでるってことか」

「お、おう……レイも意外とはっきり言うんだな。戸惑っちまったぞ」


 ニックが頬を引きつらせながら僕をみる。そんなに意外だろうか? 自分では結構ストレートな物言いをするタイプだと思ってるけど。


「ニック君、世の中諦めが肝心という言葉がある。エステル嬢は相手が悪すぎるのさ。友人として忠告しよう、さっさと切り替えるべきだ」

「っ!? う、うるせぇ!! エステルさんは平民の俺なんかにも優しく接してくれる聖女のような人なんだぞ!? 簡単に諦められるかっ!!」

「彼女が聖女であるかは置いておいて、君のように顔立ちが整っている男なら他にも引く手数多だろう? さっさと新しい恋に向かった方がいい」

「俺はお前と違って貴族の女子からは嫌われてんだよっ!! 新しい恋なんか見つかるわけねぇだろ!!」


 なるほど、二人の主張はどちらも正しいように思える。

 ニックは男の僕の目から見てもカッコいい。ふっと何かの拍子に消えてしまいそうな美少年であるジェラールに対し、俺についてこい、と言わんばかりに頼れるオーラが滲み出ている若干濃い感じのイケメン。しかも、平民である彼がこの学院にいられるのはその才能のおかげ。レベルⅢの魔法師である彼に好意を寄せる女性は数多くいるだろう。

 一方、ニックも言っていたが、彼は平民だ。そして、この学院に来ている女子生徒は半分が己の力を高めるために来ており、後の半分は自分に相応しい相手を求めて学校に通っている。その上、ここにいるのは自分を最上級の花と信じて疑わないプリンセスばかり。顔がいいのは最低条件で、必須条件は自分を満足させる地位。従って、レベルⅢというオキアミだけでは釣り餌として不十分なのだ。


 半ばヤケになった感じで吐き捨てたニックを見ながら、ジェラールはチッチッチと人差し指を左右に振った。


「自ら視野を狭めるのは感心しないな、ニック。自分の世界を決めつけた者に成長はない。そこで僕から素晴らしい提案があるのだが、聞くかい?」

「素晴らしい提案?」


 ニックが訝しげな表情を浮かべる。ニコニコと笑っているジェラールは正直胡散臭さの塊だった。


「今年の新入生はレベルが高いと聞く。上級貴族のアスカン家、シュトルベルク家、超ド級の美少女である出自不明の双子姉妹……そして、御三家と名高いビスマルク家のご令嬢も入学したらしい」


 ジェラールの話をきいた僕の身体がピクッと反応する。そんな僕に全く気づかない様子のニックは目を白黒とさせていた。


「随分豪華だなぁ……俺達の代と同じくらいなんじゃないか?」

「流石にそれはないんじゃないかな? 僕達の同級生にはビスマルク家と同じ御三家のブロワ家とシャロン家、それに天下の王女様がいらっしゃるからね」

「それと、『いつでもどこでもなんでも揃う』マルク商店の秘蔵っ子もな」

「僕なんてその太陽達に比べたら、ロウソクの火ぐらいの価値しかないよ」


 それまで終始爽やかな顔だったジェラールが僅かに表情を曇らせる。彼は過大評価を嫌う。そんなものは何の金にもならないから、らしい。


「というわけで、その未来の太陽を見に行こうっていうのが僕の提案なんだけど、どう?」

「新入生を、か?」

「あるスジから聞いた話によると、早速新入生の誰かが告白されるらしいよ」

「……いつも思うけど、お前の情報源は一体どこなんだよ」


 ニックが呆れたような顔を向ける。それに関しては僕も興味があるな。是非その情報源を教えていただきたい。そうすれば、あのぼったくり情報屋と縁を切れるかもしれないし。


「うーん……そう簡単には新しい恋なんて見つかるわけねぇと思うけど……なぁ、レイはどう思うよ?」

「え?」


 どう思うって言われても……興味がない、という他ない。新しく入ってくる生徒にクロエ王女を狙う刺客が紛れているならまだしも、そんなことは考えにくいので見に行く価値を見出すことができない。普段の僕ならば、適当な理由をつけて断っていただろう。


 普段の僕ならば、だ。


「面白そうだし、いいんじゃない?」


 僕が笑顔で答えると、ニックは少し意外そうな顔をした。


「へー……珍しいな。こういうのには興味ないと思ってた」


 興味がないのは間違いない。ただそれ以上に今はこの教室に居たくないんだよね。


 なぜなら、たった今教室に入ってきた藍色の髪をお団子にした美少女が僕のことを凝視しているからだ。

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