魔王と王家と錬金術
戸外で立ち話をする必要もないと、一同はワイズマン家の応接室に通された。大きな大理石のテーブルには紅茶が湯気を立てている。オリヴィアがどうぞと言ってもガストンが口をつけぬのは、前回、酷い目にあったからだった。
「安心してください。毒など入っておりませんわ」
オリヴィアがそう言って自ら紅茶を飲み、ほかのものも喉をうるおしはじめる。その段になってやっとガストンは香りをかいで確認し、小さくうむと頷いてから紅茶のカップを傾けた。
ガストンたちが座るのは赤い天鵞絨張りの白い椅子。壁には金色の額縁に縁どられた肖像画や町の景色の絵が掛けられている。
「聞きたいこともございましょう。どうぞ、なんでも」
オリヴィアが言う。
すぐには誰も発言しない。ここで的外れの質問でもしようものなら雇い主に見くびられると思っているのだ。
こういうとき、口火を切るのはやはりガストンだ。この男に遠慮などはない。
「あんた、王国から睨まれるようなことを何かしてるか? って、ああ、してるわなあ…」
問おうとして途中で気づき、ガストンは質問をやめた。
「ええ。思い当たるふしはありすぎますわ。まず、当家とこの町が持つ富。もし、国庫を超える財産を持つ者がいたら、その者が謀反を起こす可能性は? 為政者は気がきではないでしょう。その上、いまの王は私のかつての
「やっぱり…」
ガストンの口からつい要らぬ一言が出た。
「しかしながら、このオリヴィア・ワイズマン、実らぬ恋に焦がれる娘ではございません。心にあるのは知的な探究心。科学を通してこの世の
恍惚とした表情で続ける依頼人をガストンは冷ややかな視線で眺めていた。その態度はガストンに限ったものではなく、ソフィアばかりかエルフのララノアも同じだった。無表情な
魔法万能の世の中で、科学はよく言って夢物語、悪く言えば、狂人の妄想ぐらいに思われていた。恋や嫉妬に狂うのはまだ分かる。科学に心奪われるとは度し難いと。
「あの、お尋ねするのですが、なぜ、首のない魔王が王家の味方をしているとお思いなんですか? 王様と魔王は敵同士ですよね」
ソフィアが尋ねる。
その質問に、オリヴィアは質問で返した。
「逆に訊きたい。それが答えです。ワイズマン家が幾つかの魔法を組み合わせて実行する錬金術や暗号解読で古の門を使う方法を編み出すまで、魔法や『古の門』は王家が独占していました。そして、その前はそれらを使えるのは魔族だけでした。では、王族はどうやって魔法を身につけたのでしょうか? 分かりますか」
「魔族から魔法の秘密を聞き出した…」
ソフィアが不安定げに言う。
「 そう。それが答えですわ。色男のベネディクト国王もふわっとした雰囲気でかわいいアン王女も魔族の手先かもしれぬと。そうでなくても、此度は一時盟約を結んだ可能性がある。だって、あの封筒、王家の印が入っておりました。極刑をおそれぬ痴れ者でもないかぎり、わざわざあんなことはしないでしょう」
オリヴィアが言う。
と、このあたりで普段、椅子に座り慣れていないガストンは我慢ができなくなってきた。
「自称『悪役令嬢』さんよ、だいたいあんたの心配ごとは分かった。分かったが、実のところ、俺たちゃ自分たちにできることしかできねえんだ。王国を揺るがす陰謀だか知らねえが、さっそく警護を始めさせてもらっていいか。そのほうが、あんたたちの命のためだ。あと、あんたたちにとっちゃ、はした金かも知れねえが、もらった銭の分だけは働かせてもらわねえと冒険者ギルドから叱られちまわぁ」
ガストンが言ってる途中でララノアは香りをしかめ、肘でガストンの横腹を突いた。
「何言ってんの。あんた、自分が退屈してきただけでしょ…」
小声でララノアは言う。
「退屈っていうか、関係ねえ話なんだよ。真っ向戦って、あのデカブツ相手に勝ち目はない。逃げる算段をしといたほうがいい。そのためにゃあ、準備がな」
地声の大きなガストンのせいで、内緒話にはならなかった。
「そうですね。備えましょう」
オリヴィアは言い、それぞれが警護や抗戦や逃走の準備をはじめる。
そして、その夜、新月の闇に乗じてまたしても首なし魔王が錬金術都市を襲った。
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