遅参者の大車輪

 魔王は目の鼻の先。そう思ったガストンだったが、ここは大戦墓苑。死体には事欠かない土地。地下から次々と甦った死者たちが手を伸ばす。

 向かってきた骸骨兵士スケルトンを聖槍で突いて消滅させ、手を伸ばしてきたゾンビたちを切り刻み、不意に現れた死霊リッチの魔法攻撃をかわして一突きで斃す。怒りに我を忘れていても熟達の極みに至った体術には微塵の無駄もない。

 だが、ものの5分で息が切れてきた。敵の数は圧倒的。止まっていれば『死』がガストンの肩を掴む。

 死霊が三体、ガストンの前に立ちふさがった。手にした杖の上空に赤い魔力を貯めた球が育っていく。それが育ちきり魔法が発動する寸前、破魔の矢がそれぞれの死霊の胸に突き刺さった。ララノアの支援である。

「老人が無理しないこと!」

 ララノアが若々しい声でガストンを窘める。

「同い年の婆さんが。うるせえんだよ。その言葉そっくり返すわ」

 ガストンが息もたえだえに言う。

 ニャーンという啼き声とともに、白い影が寄ってきた。ガストンを追ってきた白獅子だ。その後に続くチャリオットにガストンは倒れるように乗り込む。

「助かるぜ白いの」

 ガストンが言うと白獅子は頷くように首を大きく動かした。

「老人二人。敬老会にしたって引率がほしいところだ」

 相変わらずのガストンの軽口に反応する者があった。

「私もお供いたします」

 後ろから太い声がしてガストンは驚いた。気配がまったく感じられなかった。振り向くと大馬ペルシュロンに乗ったクラリスがいた。前のバイザーを跳ね上げてこそいたが、鎖帷子チェインメイルの上にさらに鎧を着込んだフル装備だ。

 長い手綱を持ち、同じサイズの馬を曳いている。後の馬の上の背中には戦斧せんぷが載っていた。ガストンが今までみたことがないくらい大きなものである。並みのタンクには持ち上げられもしないだろうと思える代物であった。もちろん、槍の老人であるガストンには無理だ。

 ガストンとララノアは近づいてくる生きる屍たちの動きを止めていく。オリハルコンと破魔の矢はこの戦いに適している。

「久しぶりに懐かしいいくさ道具を持ち出しました。『墓守の町』で一ニを争う大馬を用意したのですが、なかなか言うことを聞いてくれませんで、今やっと追いつきました」

 クラリスは恐縮し、遅参の詫びがわりか、近くにいたスケルトンをガントレット越しの拳で殴った。スケルトンはまるで爆発したように吹き飛んでいく。胸のなかに貯められていた黒い瘴気が四散し、ただの骸骨に戻ってしまった。ただの物理攻撃が死体相手に向いているわけはないが、圧倒的な力でぶん殴って倒せない敵は少ない――そう、この女の手にかかれば。

「『戦斧の乙女』って、これで魔族の残党と戦ってたのかよ…」

 ガストンは言いながら、想像してみていた。『乙女』という語感からはずいぶんかけ離れている。

「上司であるあんたがしっかりしてないから、ソフィアがひどい目にあってるんでしょ。この責任はとってもらいますからね!!」

 弓をつかんだララノアがクラリスを睨んでいる。すぐに射殺すと言わんばかりに。

「私の精一杯をさせていただきます…」

 目を伏せてクラリスは言う。目の前のエルフの殺意は理解していた。

 クラリスが用意した黒い大馬は二頭とも目を充血させ、口から苦しげに涎混じりの白い息を吐いている。背中や尻に汗の塩をつけており、いまにも潰れてしまいそうだ。乗せるものが重すぎるのだ。蹄が地面にめり込んでいた。

 クラリスは無言で馬から降り、後の馬から戦斧を片手で下ろした。そのまま振り回す。

 なんたる剛力か、戦斧はすぐに目に止まらぬほどの速さで廻りはじめ、近くにいたアンデッドたちを切り刻んだ。

「やあ、やあ、我こそは大戦鎚の女ことクラリス・ド・キュステリン。甦った死人どもよ、永遠の眠りに戻りたければ、我と遊べ。まっとうな死人に戻してやる!」

 山を動くかというほどの大音声だいおんじょう。女魔王も一瞬、ピクリと肩を動かしたほどであった。

 そして、音と動きに反応した死者たちが黒蟻の群れのようにどっとクラリスに押し寄せる。すると、大魔王とガストンの間に誰もいない一本の道ができた。

 クラリスの陽動が効いているうちにとガストンはチャリオットを飛ばす。白獅子がガオーッと場にふさわしい吠え声をあげた。

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