女魔王イブリータの奸計

小物を狩る者

墓守はかもまち』にガストン爺さんの家はある。

町の名前にもなっている『墓守り』がこの町の産業のひとつ。王国軍から冒険者ギルドに継続的に出されているクエストで、魔王と戦い死んでいった者たちが埋葬されている『大戦墓苑』の警備のことを言う。初心者や引退間際の冒険者にぴったりと言われるこの仕事、要するに、およそ怠けててもバレない仕事だった。

 平穏に過ぎていく時間。間断なく警戒していても何も起きない。そして、何も起きない…。時間が来ると交代要員がやってきて、引継ぎをして終わり。居眠りしてても大丈夫。横になって寝てても、仲間とお喋りに熱中してしまっても、変わったことは起きない。

 ただし、絶対に何も起きないかといえばそうではなかった。王国軍がそれなりの金を払ってくれるのにはふさわしい理由がある。不定期にアンデッドが出現するのだ。地下に貯まっている障気がときおり噴出して、死体が動きだす。骸骨武者スケルトン、非感染性の動く屍肉リビングデッド、接触発動魔法を使う死霊リッチ…。死体系のモンスターばかりが出現する。本当にかけだしの冒険者なら、遭遇しただけで、ライフを削られ、死に至る。戦えばさらに確実だ。死体は魔石で動いているわけではないので、退治しても旨味がない。生きてた頃の財布でも持っていてくれれば別だが、ドロップしてくれるのはゴミばかりだ。

 実は、こんなイージーで危険な墓守りの仕事をガストンは一度たりともやったことがない。

「だって、おめえよお。見ちまったら具合がわるいだろ。昔仲間の幽霊とかさ」

 尋ねられるとガストンはそう言うのだ。

 墓守りクエストを受けずにどうやって暮らしているのか。ガストンが選んだのは小物狩りだ。

 パーティーの面々なら瞬殺する敵を時間をかけて単身でたおす。獲物となるのは黒怪犬ブラックシャックが多かった。この怪物は馬ほどの大きさで、燃えるように赤い目をしている。この怪物は走る人間を見かけると追ってくる性質があるため、ガストンは森のなかを走って、自らをおとりとした。ただ闇雲に走るのではない。予め作っておいた罠に誘い込むのだ。走りに走って、あと一息で喰いつけるというところまで来るとブラックシャックはジャンプする。その時、ガストンは蔓から作ったロープを掴むのである。放物線を描いてガストンの身体は岩山の上に移動する。と、そこでやっと犬の化物は自分が小枝と木の葉で隠した落とし穴の上にいることに気づくのだ。空を蹴りながら落ちたところには、先の尖った鉄の杭が仕掛けられている。哀れブラックシャックは絶命し、後には赤い魔法石を遺すのであった。おっと、ガストンの得物である槍がまったく登場してこないが、それはこの落とし穴で絶命しなかった時にとどめを刺す時や、護身用に使うくらいだった。

「ガストン、あんた最近、ちっとも槍を使ってないそうじゃないか。やっぱり引退か?」

 かつて同じパーティに属していた若い冒険者たちは、ガストン爺さんのことを不憫に思っていたが、そんなこと彼にはもう関係なかった。

「あの地面に突き立っているのも槍のお仲間さ。槍だらけだぜ、オレの人生」

 ガストンはそう返すのであった。

 ガストンは毎日食っていかなきゃならないのだし、冒険に出かけなきゃならないのだ。

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