第56話 慈悲と屋敷と旅立ちと
ロゼットがこの屋敷に来て、三日間。
俺は彼女と共に生活をし、出来る限りそばにいて 屋敷のことや仲間たちのことを語った。
彼女は、俺の話を聞きながら 少しづつではあるが 此処での生活に馴染み出した。気さくで明るい彼女は、すっかりメリー達や村の人々とも仲良くなり 俺の世話役として働ける程には環境に適応して来た。
一緒にいた甲斐があった、というものだ。
それから、彼女からも 俺がいなかった間の話を聞いた。息子を失った両親の落胆ぶりと、マリアンヌの体調の翳りについては 何度も繰り返し聞かされた。
ロゼットなりに、両親がいかに俺を恋しく思っていたのかを伝えたいのだろう。
坊っちゃんのことを、旦那様も奥様も大変心配しておりました。
この言葉を、この三日間で何百回聞いたことだろうか。耳にタコができてしまうほどには聞かされた気がする。
______________
さて、三日過ぎた頃には 別館の立て直しの方も順調に進んでいた。
「どうです⁈見違えるように綺麗になったっすよ‼︎」
ペリグリンはそう言って、新しく作られた別館の扉を開ける。重厚な音と共に開かれた向こう側には、崩壊する前の名残を残した しかし清潔で整えられたエントランスが迎える。カルカロフ家のように豪華ではないものの、落ち着いていて非常にシンプルかつクラシカルな雰囲気。
あんなボロボロで埃をかぶっていた別館が、此処まで蘇るとは。
「これは……凄いな……」
「ルカ、あのね、三階にはね、私たちとルカのお部屋もあるんだよ」
「僕の?」
メリーに手を取られ、連れられたのは 最上階の奥にある一際大きな部屋。
室内は、屋敷の内装と同じく 木の質感と温もりを感じられるシンプルなデザイン。本館のディテールにこだわった家具などはないものの、どこか気品を感じさせるような重厚感を醸し出している。その正体は、戦闘から傷一つなく生き残り天井にまばゆい光を放っているシャンデリアだろう。
「これ、本当に僕の部屋なの?」
「もちろんっすよ!ルカ坊っちゃんは俺たちのリーダーなんすから、それにふさわしい部屋を用意したっす!」
「ルカ、気に入った……?」
自信満々に笑うペリグリンと、少しこちらの表情を伺うメリー。
その二人に、俺はなんと言うべきか。
正直、予想を優に超えたクオリティーでどう言えばいいのか全くわからない。
いつもなら、心にもない感謝の言葉を五、六個思いつくはずなのに。
「ありがとう……その、なんというか、凄すぎて驚いてるよ。ありがとう、本当にありがとう……どう言って君達を労っていいものかわからないけれど……」
口から出た言葉は不恰好で。
俺は言葉を放棄し、二人を思いっきり抱きしめた。
「ありがとう‼︎ここが、僕らの家だよ‼︎」
「そうっすね!」
「うん!」
ギュッと抱きしめ返す、二人の腕。
そんな俺たちを、ロゼットはニナと共に端で見つめていた。
「ニナさんも屋敷の修復に携わっていたと、坊っちゃんから聞いております。ありがとうございました」
「ジークヴァルト様からのご命令に従ったまでのこと……お礼を言われることは何もしておりません」
言葉を交わすメイド達。
どうやらロゼットは、ニナともいい関係を築いているようだ。
安心した。
ペリグリンにより、嫌々ながら引きずられるようにしてやって来たジークヴァルトも口には出さないが 別館を気に入ったらしい。
長居はごめんだが、立ち寄るには悪くない。
との辛辣な評価をいただいた。
______________
こうして、新たなる世話役と屋敷を手に入れた俺は 次にマリアンヌの見舞いに行こうと考えていた。
ペイジとしての仕事はもう少し休めそうだし、マリアンヌの体調も心配だ。息子のいない寂しさに心を病み 心労に倒れた彼女を哀れに思う気持ちが、日々大きくなっていた。
善人のような慈悲を持ち合わせているわけではないが、母親が倒れたという報告に動じないほど悪人にはなりきれない。
「ロゼット、お母様の見舞いに行きたいと考えているのだけれど……どうだろう?」
ふと、彼女に話を振ると ハッとした様子で俺を見つめた後 少し瞳を揺らす。
「それは非常に良い案とは思いますが……その、私はあのお屋敷に足を踏み入れることはできません。それが、シルヴィア様との交換条件ですので……」
「何を言うんだい?君は僕のメイドなのだから、当然同行するに決まっているじゃないか。これで文句を言われるのなら、僕がシルヴィアお祖母様に弁解するよ」
「い、いけません!坊っちゃん!そんな、シルヴィア様を怒らせてしまえば、今度は奥様が屋敷を追い出されてしまいます!」
焦るロゼットにため息をついた。
やれやれ、この様子じゃ 彼女は全くシルヴィアの屋敷に入れられてもらえず相手にもされなかったらしい。話には聞いていたが、なるほど そこまでの拒絶をされていたとは。
しかし、だからといってロゼットをここに残すのも心配だ。
すると、俺の心境を悟ってか、ロゼットは俺の手をそっと握った。
「坊っちゃん、どうか私のことはお気になさらないでくださいませ。この三日間、坊っちゃんが私を気遣って共にいらしてくださったおかげで 私は新たなる居場所に安堵を覚えております。そのお優しいお心遣いに感謝いたします。ですが、もう坊っちゃんに甘えてばかりではいられません」
ロゼットの瞳には、決心が見えた。
どうやら、彼女は少し見ないうちに逞しくなったようだ。
僕はコクリと頷いて、手を握る。
ロゼットは、にこりと花が咲くような笑みを浮かべた。
「このロゼット 未熟ながら、坊っちゃんのお帰りを心よりお待ちしております」
ジークヴァルト、俺は思い違いをしていたらしい。ロゼットは待てができないのではない。
彼女は、いくらでも どれだけ長い時間が経とうとも ただひたすらに待つことができるメイドだったのだ。
俺は自分の思い違いに恥じながらも、ジークヴァルトに見舞いの話をした。
「それは君の家の事だ、わたしが口を出すことではないよ。まぁ、ただシルヴィア夫人には君のことを預けられている身なのだから一応言っておくが……君一人で屋敷に向かったところで入れてくれるとは思えないね」
「え、なぜです?ロゼットを連れて行くわけでもないのに」
「君の能力の暴走を恐れて私に預けてきた人間が、そうやすやすと自身のテリトリーに君を入れると思うのかい?シルヴィア夫人は、君が子供だからと歓迎するような人間ではないよ。門前払いされるだろうね」
ジークヴァルトの冷たい意見は、確かに的を得ていた。危険な能力を持つ俺が単身乗り込んだとして、屋敷に入れてくれる可能性はゼロに近い。
ならば、どうしようか。
うーん、と唸っていれば ロゼットから話を聞きつけたメリーとペリグリンが駆けつけてきた。
「俺、ルカと一緒に行くっす!」
「わ、私も!」
「……君達、ノックの一つでもしたらどうなんだい。いきなり人の書斎に入って来るだなんて、非常識な」
ネチネチと文句垂れるジークヴァルトを無視し、見舞いの同行を願う二人。しかし、この二人が付いて来ることで何が変わるわけでもない。いい意味でも、悪い意味でも。
「ってか、ジークヴァルト様が付いてきてくれればいいじゃないんすか?ほら、そのルカ坊っちゃんのお祖母様の勧めで預けられてるならジークヴァルト様がルカ坊っちゃんを連れて見舞いにきたって言うのが、一番自然なように思うんすけど……」
「断る。私がそんなに暇だと思われているだなんて、心外だよ。私は正直言って、あのシルヴィア夫人が苦手なんだ。可能な限り、会いたくないね」
「いいじゃないっすかー!ルカ坊っちゃんの力になってあげましょうよ、ジークヴァルト様。ルカ坊っちゃんの母親を思う気持ちを無下にはできないじゃないっすかぁ!」
「他家のいざこざに首を突っ込んで頭を悩ませてやるほど、私は優しくはないのだよ。ペリグリン」
「ケチー」
「ペリグリン、この私がケチだなんて……全く言いがかりも甚だしい。私はケチではなく、賢いのだよ」
迷惑そうに目を細め、ペリグリンを睨みつけるジークヴァルト。俺は、まだジークヴァルトを説得しようと試みる彼を止めた。
ジークヴァルトに慈悲深さを求めるだなんて、そんなの時間の無駄だと言うことはよくわかっていた。
しかし そうなると本格的に困ったぞ、と悩んでいれば ジークヴァルトがボソリと呟いた。
「全く、こんなことで騒ぎ立てないでくれるかな……仕方ない。一人 保護者を付き添わせてあげるから、それで勘弁しなさい」
だから、早く 私の書斎から出て行け。
言いはしないが、そんな言葉がこの発言のすぐ後ろに隠されているように思えた。
保護者……保護者かぁ。ジークヴァルトが用意するだなんて言うのだから、まぁきっと期待はしないほうがいいだろう。
そんな一種の諦めを感じる俺をよそに、メリーとペリグリンは俺の母親の見舞いに行けると信じ切っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます