第53話 サーカスの少女

「最悪だ、あぁ……もう、最悪だ」



「先生が行きたいって言い出したんでしょう?それぐらい我慢してくださいよ」




サーカスの裏小屋は、いわゆる掘っ建て小屋のような粗末なモノで 色々な色褪せた演出道具が所狭しと置かれている。そこには、サーカスのキラキラとした輝かしさとは違い どこか物寂しい雰囲気を思わせる。


しかし、不思議だ。

あれだけの客が皆んな裏小屋に行ったというのに、人の声一つ聞こえない。




「ここにいるのは、舞台じゃ見せらんニャイ世にも不思議なモノばかり〜〜ぃ!ここで見たものはぜぇっっったいにナイショだよお?さぁ!さぁ!」




そう言ってチェルヴァは、裏小屋の天井からダランと垂れた幕をバッと捲る。舞い上がる埃に眉をひそめるジークヴァルトと俺とは違い、裏小屋の独特な雰囲気に魅了されたメリーとペリグリンは幕の向こうへと急ぐ。


幕の向こう側は、頼りない小さなランプの明かりがブラブラと天井から吊り下がっているだけの空間だった。数人の芸人が出番を終えて、その辺でぐったりと横になっていたり、こちらをニヤニヤと見ていたりする。


お世辞にも、不思議とはいえない。




「え、あの、これって………?」


「ル、ルカ……怖いよぉ……」




想像していたよりずっと退廃的な光景に、思わず後ずさりする二人。


いや、俺に聞かれても……。

というか、ここってアレだろ?

芸人の生活スペースなんじゃねぇーの?




「ちょっと、チェルヴァ。ここは立ち入り禁止よ。また間違えたんでしょ」




ふと俺らの目の前に堂々と仁王立ちで現れたのは、このサーカス団の芸人であろう少女。大きな猫目をキッとよりつり上げながら、チェルヴァを睨みつけている。




「あっれれ〜〜?やぁだ、間違いちったぁ!ごっめ〜〜んごめ〜〜ん!あたいったら方向音痴だからさぁ?ンキャ!はーんせーい!」




言われた当の本人は特に反省してなさそうな様子だ。それを見た少女はハァと溜息をついて、俺たちに目を向けた。




「もう良いわ。私がお客さんを連れて行く」




ついて来て、と一言ぶっきらぼうに吐くと そのまま先々と進んでいく。そんな彼女の後ろを追いかけながら、ペリグリンとメリーは少々興奮した様子だ。




「あの子、確か綱渡りしてた子っすよね!俺より年下っぽいのに、すごいっす!な、メリー!」



「うん!あの子スゴかったの!一本のロープの上でね、綺麗に踊ってたの!」




なるほど、彼女は綱渡りの芸人だったのか。彼女が一際目立つ女王のような煌びやかな衣装を着ているのも、納得だ。サーカスの華ってことか。しかし、それにしては愛想がない。




「へぇ、君 綱渡りの芸人さんだったんだね。凄いね、僕と同い年かな?」



「別に、凄くなんてないわ。サーカス団の団員なら、これぐらいできて当然よ。貴方がいくつか知らないけど……そうなんじゃない?」




やけにツンケンした態度の彼女は、振り返りもしない。まるで、必要以上のことは喋るなと言われているかのようだ。

俺はこの時点で彼女と喋る気は失せてしまっていたが、メリーはそうでないらしい。

目をキラキラとさせながら、彼女を見つめる。




「……何?じっと見られるの、気になるんだけど」



「え、あ、ご、ごめんなさい!つい、あの、綱渡りとってもとっても素敵で!私と年も変わらないのに、凄いなって思って!」




おぉ、あのメリーが初対面の子にここまで積極的に話すなんてなぁ。相当、綱渡りが印象に残っていたらしい。




「別に年なんて関係ないわ。……まぁ、でも、ありがと」




メリーのキラキラとした眼差しに負けたらしい彼女は、目線をそらしぶっきらぼうに返す。


デ、デレた〜〜!

なんだ、この小娘ツンデレ属性なのか?


そんなこんないらないことを考えながら少女の後をついて行くと、何やらワイワイと人だかりができている場所に着く。

どうやら、先ほどサーカスを見ていた客たちと合流できたらしい。




「さぁ、後はこの集団について行って。あそこのピエロが先導するはずだから」



「あ、ありがとう!あ、そうだ!あの、えっと、貴方の……お名前は?」




さっさと踵を返し帰ろうとする少女の背中に声をかけたメリーに、彼女は振り向くことなく答える。




「ララ」



「ま、またね!ララ!」




嬉しそうにララに手を振るメリー。


そんな彼女を横目に、俺は観客の注目の的となっている小道具を操るピエロを見ていた。


子供騙しのような芸だ。

やれ玉に乗ってみたり、ジャグリングをしてみたり。あれやこれやと見せては、にこにこと愛想よく笑う。




「こんなの、一体みていて何が楽しいのか理解できないね」



「そりゃ、先生とは違って彼らはああいったのを見慣れているわけじゃありませんから。物珍しいのですよ」




重力を自由自在に操る女や蜘蛛を分身とする男を知っている奴からすれば、そりゃ退屈だろうよ。


俺も少々飽きだして、小屋のあちこちを観察する。本当にボロボロで、今にも倒壊してしまいそうだ。こんなところで、一体サーカス団員達はどんな生活をしているんだか。




「さぁさぁ!風船を持っている子供達は前へ出ておいで!僕と一緒に玉乗りをしてみよう!」




いきなりそんなこと言い出したピエロが、風船を手に持つ子供達を中央へ集めて順々に玉乗りをさせる。


いや、出来るわけないだろ。

大体、風船を貰っている子供は皆 俺やメリーのような歳の子ばかりで、玉乗りなんてまだ出来そうもない。

無茶振りも甚だしい。




「メリー、呼ばれてるよ!ほら、いくっすよ!」



「や、やだよぉ……出来ないもん」



「出来ないでもやるっす!ほら、ピエロが支えてくれてるみたいっすから、怪我しないし!」




グイグイとメリーを連れ出そうとするペリグリンは彼女よりも乗り気らしく、ワクワクした表情をしている。




「ペリグリン、メリーは行きたくないみたいだし君だけでもいっておいでよ」



「い、いや、でも俺が貰ったわけじゃないっすから……この風船……」



「気づかれないさ、大丈夫だよ」



「大丈夫じゃないっすよ〜」




行きたいのは山々なんすけど、としょんぼりするペリグリン。

こいつ、本当に餓鬼だな。


俺がペリグリンに若干の呆れを感じていると、ジークヴァルトが俺に耳打ちをする。




「ルカ、どうやら君に来客のようだよ」



「え、ぼ、僕にですか?なぜそんないきなり」



「屋敷に来ているらしい、ニナからの通信が今来たよ」




ニナからの発信を受けたらしいジークヴァルトは目を細めた。




「ロゼット、とは一体何者かな?」

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