第45話 朧月

そうして、俺のペイジとしてジークヴァルトと仕事を共にする日々が始まった。



朝早くに起床し、メリーとペリグリンそしてニナと共に別館の修復を行う。昼にはジークヴァルトと共にカルカロフ家へ出向き、ペイジとしてジゼルとフィオナに付き合う。夕方には帰宅し、再び別館の修復。



こんな毎日が続く。



そんな中、ちょっとした悩みが生まれた。




「あら、ルカ‼︎今日もたくさんの素敵なお洋服を用意してきたわ‼︎さぁ、着替えて‼︎」




カルカロフ家に到着した途端に、こんな調子だ。


フィオナは俺の見た目が相当気に入っているらしく、まるで着せ替え人形のように数え切れないほどの洋服を着させてくる。


それも……




「え、あ、ちょっ……これ、ドレスなんですけれど……‼︎」



「絶対に似合うわ‼︎ルカはお人形さんのようなお顔だもの、スーツよりかわいいドレスの方が似合うわよ‼︎ね、お姉様?」



「えぇ、そうね」




な、ん、で、ド、レ、ス、な、ん、だ、よ‼︎

おかしいだろ‼︎


よく考えてみろ。

40代手前のアラフォーの冴えない男が、リボンやらフリルやらの付いたドレスを着させられる屈辱を_______‼︎


百歩、いや、千歩譲ってフリルやらリボンの付いた海兵服ならば着てもいい。

この見た目だし?

この見目麗しい俺ならば、似合う。


だが!だがしかし‼︎


なぜに女物のドレスを着せる必要があるんだ‼︎

俺はれっきとした男だ!



周りをメイド達に囲まれて逃げることもできず、哀れにもフリフリドレスを着させられる俺の目は確かに死んでいる。

それを半笑いで見つめるジークヴァルト、お前だけは絶対に許さねぇぞ。


試着室には所狭しと箱が積み立てられており、そこから次に着させられるであろうドレスが見え隠れしている。

これも……着る、のか?

これまた花とレースだらけのミニハットや、ひらひらとしたどデカイリボン。

装飾品もご丁寧に用意されている。


コルセットをこれでもかとキツく締め上げられ、内臓が口から飛び出そうになる。




「ゔぅっ……グッ……せ、先生……助けて下さいよ‼︎」



「ペイジなのだから、それぐらい耐えなさい。女装の一つや二つしてやってもタダだろう。それに……ふふ、似合っているじゃないか」




この野郎、絶対殺す‼︎

明白な殺意を胸に、されるがままになる。




「これはどうかしら?」



「あら、こちらが似合うんじゃない?」



「肌が真っ白だから、この色の方が似合うわよ」




メイド達は楽しげに俺にネックレスをかけたり、髪飾りをつけたりしていたが、その目は爛々と輝いている。怖ぇ。


ジークヴァルトによると、俺がこの屋敷に来て以来 俺の容姿に魅了されたメイド達が同好会なるものを結成したらしい。そのメンバーがこいつらなのかは知らないが、必要以上にペタペタと触ってくる。嫌では、ない。



やっとメイド達から解放され、ゼェゼェと息をしながら試着室を飛び出た。




「まぁっ‼︎なんて素敵なの、ルカ‼︎光り輝く宝石のようだわ‼︎ほら、鏡の前に立って、ルカ!とっても美しいわよ!」




俺を見るなり、パッと花が咲くように笑顔になったフィオナは 俺を大きな鏡の前に立たせた。


鏡の向こう側に立っているのは、水色のフリフリドレスを着て 羽と花とリボンのついた帽子を被った 美少女。


ワー、カワイイナー。




「ねぇ、見て見て お姉様‼︎素敵でしょう?」




フィオナが満面の笑みを浮かべてそう言えば、ジゼルはこちらを見てフフフッと笑った。




「えぇ、とても。ルカはお顔が美しいから、女の子にも男の子にもなれるわね」




ジゼルは楽しげで、クスクスと笑い続ける。



これだ。

このために、抵抗もせずに女装をしているわけだ。俺だって、正直 本気で抵抗して女装を断ることはできるのだが、それをしないのはこれを目的としているからだ。


俺がここに着た当初は、ジゼルは笑うことはなく何時も憂鬱な表情ばかりしていたが 俺が女装をする時だけは何故か嬉しげにニコニコと笑うのだ。


ジークヴァルトはここに目をつけて、俺に女装をしてジゼルを喜ばせるように言ってくる。

俺は、仕方なくそれに従っているわけだ。


確かに最初よりかは、ジゼルも俺に心を開くようになってきた。




「ジゼル様、あの、変じゃありませんか?」



「えぇ、とても素敵よ、ルカ。貴方って、人を幸せにする魅力があるのね。貴方を見ていると何故だか心が和らいで、少し元気になるわ」



「本当ですか?ありがとうございます……それと、今日もよろしくお願いします」



「えぇ、今日も頑張りましょうね」




ジゼルが心を開いた証拠に、最近 彼女からヴァイオリンを習うのが習慣になった。


彼女はヴァイオリンがかなり上手い。独学で勉強したらしいが、何やら難しそうな曲もサッと弾いてしまう。


俺は特にヴァイオリンに興味はなかったが、彼女と近づくきっかけにでもなればと習いだしたのだが これがなかなかに面白い。

俺は元々、音楽といえばアニソンで クラシックやジャズなんて小洒落たモノに縁がなかったが ジゼルの弾くクラシックは何故か心惹かれるものがあった。


よく考えてみてほしい。

心惹かれる音楽を奏でる、見目麗しい美少年。

これほどまでに完璧で最強な魅力を持った存在がいるだろうか、いやいない‼︎

それに貴族に取り入ろうと思うのならば、音楽の一つや二つ齧っておいたほうが得だ。


そんな、若干の下心がありつつ習っているわけだが、ジゼルとの距離もこれで少しづつ縮まってきたように思う。




「ルカ、もっと腕の力を抜いて、柔らかく……そう、その調子よ。焦らないで、テンポは一定で弾き続けて……」




フィオナがジークヴァルトに個人授業で経済学を教えられている時、二人きりでヴァイオリンの練習をする。


ジゼルは妹がいることもあってか、面倒見が良く 教えるのも上手い。それに、何よりも……こんな美人が手取り足取り教えてくれるのがいい‼︎


俺の手に自分の手を重ねて、優しくリードしてくれる。あー、いい匂い。




「ルカは上達が早いわね、流石だわ。ふふふ、なんだか その格好で話していると本当の女の子と話しているみたい……あら?そのドレス、もしかしてフィオナのドレスかしら?」




練習の休憩中、ジゼルは俺のドレスに目をつけた。メイド達が幼いフィオナが実際に来ていたものだと言うと、彼女はニコリと笑った。




「懐かしい……あの頃は、毎日が楽しくて輝いていて、全てが美しく見えていたのに、どうしてこうも悲しいことだけが見えるようになるのかしら……。ねぇ、ルカ。貴方は、新たなものを知る喜びをどうか忘れないでね」




少し寂しげな笑みを見せた彼女は、スルスルと俺の髪を撫でる。その指先は冷たい。


どうして、そんな顔になるんだ?


彼女の表情の変わりように疑問を抱いていると、背後からジークヴァルトから声がかかった。俺はその声に応えて、彼女の部屋を後にした。

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