第43話 俺の戦い方

「ってなことがあって……それで、フィオナ様が仰る婚約者の赦鶯という男ですが、先生は勿論ご存知ですよね?」




帰りの馬車の中で、俺は早速ジークヴァルトにフィオナの婚約者について話をふる。



あれから、フィオナはジークヴァルトの授業に参加する気を失ってしまったのか 薔薇園で俺と2人で喋り続けた。

勿論、彼女のお付きのメイド達が側に控えていたが彼女を強制的に授業に参加させようとはしない。彼女もそれが分かっているから、メイド達を追っ払うことはなかった。



結果は、フィオナは彼の授業に欠席したようなものだ。ジークヴァルトはそれに腹を立てているのか、俺とは目を合わせることなく窓の外を眺めているだけだ。


え、俺が悪いんですか?という言葉を飲み込んで 必要以上に笑顔を取り繕った。


彼は俺をちらりと見ると、また興味なさげに窓へと視線を移す。窓の縁には、一匹の蜘蛛が巣も作らずに鎮座していた。




「あぁ、知っているよ。彼は確か、ルシアンの仕事関係者だったかな。フィオナとは文通をしているのだろう?例の”運命の彼”というヤツの正体だよ」



「そうなんですけど、彼女の話では彼は洞穴地方の人間だと聞いたものですから。まさか、老虎のメンバーだったらと思いまして」




俺の言葉に、ジークヴァルトは考えすぎだと首を振った。




「いや、彼は老虎のメンバーではないよ。あくまで、トワルが把握しているメンバー内では彼の名前は無かった。安心していいよ」




なんだ、そうなのか。

ってことは、本当にルシアンの仕事仲間か。




「なんだ、そうだったんですね。先生からいただいた資料には彼の名前は一切記録されていませんでしたから、もしかしたら何かあるのかと思いました。でしたら、あの資料に付け加えておきましょうか。フィオナ様の婚約者ということで」



「いや、その必要はない」




俺が資料に婚約者の情報を書き込もうとすると 、ジークヴァルトはサッと止める。

いや、別に書いてもいいだろ。

というか、なんで書いてないんだよ。

分かっているなら、書くべきだろ?


……何か、あるのか?




「ルカ、君はフィオナから赦鶯の話を聞いていたのだろう?彼女は彼と結婚する気でいるし、彼を婚約者と思い込んでいるが、彼と彼女の間には今現在何の関係も結ばれていないんだ。ルシアンは二人の関係が男女の関係に発展していることを把握しているが、公に婚約者として認識しているわけでもない。婚約者などという肩書きは、あくまでフィオナ彼女自身の中での関係に他ならない」




え、じゃあなんだ。

フィオナは赦鶯を婚約者と思い込んでいるけど、実際はそうではないってわけか?

いや、でも2人に愛情があることは間違っていないわけで。それに、ルシアンも認識しているのなら婚約まで秒読み段階ってことだろ?




「ルシアン様はどうして公認されないのでしょうか?お仕事仲間であるのなら、婚約者として不服ということもないでしょうに……それとも何かご不満な点があるのでしょうか」




俺の疑問を聞いたジークヴァルトは、ふふんと馬鹿にしたように笑うと 俺の頭を優しく撫でてくる。


オェッ。

こいつに頭を撫でられるって変な感じ。




「まだまだ子供には分からないだろうね。恋だ愛だとお熱なのはいいが、そのような抽象的なモノに囚われて 本当に大切な部分を見落としているということは往往にしてあるものだよ。彼女のような世間知らずで夢見がちの子供は、いつか現実を嫌でも見なければならない時が来る。経済学なんてものよりも難解で答えのない問題にぶつかった時、彼女は果たして逃げ出さずにいられるだろうか。それとも、薔薇園を探して彷徨うか……」




お前、今日のこと根に持ってるだろ。

その証拠に、口角が少し上がっている。

この捻くれ者め。



二、三度俺の頭を撫でた後に、ジークヴァルトは改まって 俺に話す。




「いいかい、ルカ。君は幸せなことに、この私が認める程の美貌を持っているんだ。それを十分に理解して利用しなさい。宝の持ち腐れ、だなんて馬鹿げたことをしてはいけないよ。その見た目を最も効率よく利用するにはどうすればいいのか、わかるかな?」




急に何を言い出すかと思えば、俺に対するアドバイスらしい。なんだよ、たまには先生らしいこともするんだな。

口だけかと思ったぞ。


俺が、分からないと頭を振ると 彼はずいっと距離を詰める。




「恋愛だよ。女性をうまく誘導して口説き落とすんだ。君は、フィオナの様子を見て思わなかったかな。顔を知らない”運命の彼”に夢中で他のことなんてまるで頭にない。恋愛というものは形は無いが、人を狂わすには十分なほどの力を持っている。とにかく、相手を骨抜きにするんだ。ルカ、君の美貌ならば出来るよ。誰にもできない唯一無二のやり方だ。それに君、人に気に入られるのも得意だろう?うってつけのやり方じゃないかな」




こいつ、まぎれもなくクズだな。



なんの悪びれた様子もなく、平然と駄目男のような台詞を紡ぐジークヴァルト。



だが、彼のいうことは非常に正しい。


俺のような超接近戦でないと、それも相手からダメージを受けないと使用できないような能力しか持っていない人間は、戦闘には正直 不向きだ。


そういう人間はいかにして戦うか。


答えは戦略だ。

”力”が頼れないのなら、”知”で戦うしかない。


それに、人を動かすのに必要な信頼や尊敬、好意を集めることは 今の俺にとっては得意分野。

これ以上向いている立ち位置はない。



俺は、ジークヴァルトの瞳をまっすぐに見つめて無邪気に笑う。




「あはは、心外だな。僕は人を利用するだなんてこと したくありませんよ、先生」




そんな俺を見たジークヴァルトは、にこりと優しく微笑んだ。




「君のそういうところが大嫌いだよ、ルカ」




馬車の窓から、ピシャリッと雷が鳴る。

先ほどまでの綺麗な青空が嘘のように、厚い雲に覆われて 大雨が降り出していた。




********




「あら、嫌だわ……雨かしらぁ?」




厚い雲を窓から見つめるアンジェリーナは、くねくねと緩やかに体を揺らしながら そっとエドワールの頬を人差し指の先でなぞる。

彼女は、彼の膝に手をついて 上半身をぴったりと胸板にくっつけていた。



皺の刻まれた頰は、老人にしてはハリがある。

しかし、血の通っている人間のものにしてはあまりに青白く冷たい。




「雷も鳴っているようだね……ははは、こらこら老いぼれを虐めてはいけないだろう?さぁ、席について お行儀よくしていなさい。まったく、君は昔からお茶目な子だね」



「んふふ、お茶目になるのはボスにだけよ」




トロンと瞳を溶かしたアンジェリーナは、誘惑するように彼の首に手を回す。



そんな2人を目の前に、ドクトルはため息をついた。




「いい歳したジジイが、一体何をしておるんだ……まったく、お前というヤツは」



「悪いね。さぁ、アンジェリーナ 続きは後からだよ。お席についていただけますかな、麗しいお嬢さん」



「あーん、そんな言い方されたら 座るしかなくなるじゃないの……」




ドクトルは、少し残念そうに椅子に座るアンジェリーナをギロッと睨みつけてから喋り出す。




「それで、例の話はどうなったんだ。確か、ジークと新入りに任すという話だったようだが。上手くいきそうなのか?」



「あぁ、上手く行くだろうね。特にルシアンの次女は、ルカ君を非常に気に入った様子だったからね。それに、彼なら上手く溶け込めるだろう……このまま平和にいけばの話だけれど、ね」




カサカサカサッとエドワールの掌を走り回る蜘蛛が、もぞもぞと彼の手首に潜ると そのまま皮下へと消えてゆく。


それを見つめながら、エドワールはクスッと笑った。




「それよりも、面白い話があるんだよ。それを聞かせてあげたくて、君を呼んだんだ」



「お前の言う その面白い話ってヤツが、本当に面白い話だった試しがないがな」



「今日は一体、どんなお話を聞かせてくれるのかしらぁ?楽しみだわ」




すでに呆れ顔のドクトルに対し、アンジェリーナはまるで絵本の読み聞かせを待つ子供のように目を輝かせる。




「この間、ロレンツァ君が来てね。彼女が言うには、グレゴリオから色々と情報が得られたそうで報告をしに来てくれたんだよ」



「あら、彼ってかわいそうねぇ……あの女に拷問されたなんて、死んだほうがマシだわ。どうせ、今頃はあの山の奥で草木の肥料にでもなっているのでしょうね」




お可哀想、とため息まじりに呟くアンジェリーナ。




「それで、その得られた情報とやらは何だ」



「まぁ、そう急いてはいけないよ。……彼女の報告によると、グレゴリオはどうやらドンノラのメンバーらしい。彼はそこに誇りを持っていたようだが、彼女曰く末端の構成員だろうとのことだ」



「ドンノラ……チッ、あいつら。とうとう 此処の土地を狙いに来やがったか‼︎」




ドンノラ。

その単語を聞いたドクトルは、あからさまに不機嫌になって舌打ちをする。


エドワールは笑顔のまま、顎を親指でさすった。




「……彼らの目的が土地ならばいいのだけれどね」





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