第35話 張り巡らされた糸

どういうことだ?

適性試験?それも、俺とペリグリンとそれからメリーも対象とされていたのか?

つまり、だ。奴らは、俺たち三人をトワルに受け入れるつもりってことか?


いや、でも何故?



俺が何から聞こうかとしていると、突如 クリスチャンが俺の肩を抱く。




「ごめんな、ルカ。お手洗いはどこかな?俺はここが初めてだからさ、勝手がわからないんだよ。悪いが連れて行ってくれないか」



「え、あ、ちょ、ちょっと………⁈」




訳のわからないことを言い出したかと思えば、グイッと手を引かれてそのまま連れて行かれる。


その視界の端で、グレゴリオが喉を掴まれたままズルズルとロレンツァに引っ張られるのが見えた。あの姿では、自力ではもう歩けないだろう。目を剥き出しにして、ゔぅーっと唸りながらガクガクと痙攣していた。容赦なしだ。




しばらく引っ張られていると、階段に差し掛かった辺りで彼が俺の手を離した。




「………どういうつもりですか、クリスチャンさん。先生が言おうとしていたこと、そんなに隠したいことなんですか?」



「逆だよ、逆。ルカには聞いて欲しいが、ドクトルさんには聞いて欲しくないんだよ。あの人、すぐに怒鳴り散らすからさ。苦手なんだよね、俺。だからここまで避難して来たのさ。まぁ、そういう事だからそんな顔しないでくれよ……ははっ、聞きたいことは答えてやるさ」




そう言うと、クリスチャンは静かに階段を登り 部屋へと入った。そこは損傷の少ない部屋で、椅子がいくつか転がっている。それを二つ対面に並べ、腰掛けた。


こいつ、屋敷の勝手がわからないなどと言っておきながら完璧に熟知してんじゃねーかよ。




「さて、ルカがまず最初に聞きたいことは……そうだな、まずは今回の事の運びから話そうか」




クリスチャンは、俺にてを語る。

その話は、実に単純で だからこそ俺がいかに馬鹿で エドワール達がどれだけ上手(うわて)だったかを物語っていた。




「君がジークの元にやって来た時、既にトワルの候補生として君とペリグリンの名前が挙がっていた。ペリグリンは元々ドクトルさんが保護していた子供でね。候補生として君たち二人が挙がった理由は、簡単に言えば将来トワルの役に立つであろう能力を身につけているから。ただそれだけ。つまり、候補生本人にトワルのメンバーとしての素質があるかどうかは分からなかった。だからこそ、適性試験が必要だった。勿論、これは今のトワルのメンバー全員が受けているんだ。俺もジークもね。そしてその手順も同じさ。まず、集会に参加させ、紋章を授ける。君も足にあるだろ?それには特殊な性質があってね、その紋章が入って一ヶ月間は、紋章を刻んだ人間の情報を得ることができるんだ。つまり、君のここ最近の身体的また心理的情報は筒抜けだったってわけさ。まぁ、これはあくまで適性試験の下準備ってヤツだよ」




あの足の紋章……まさか、あそこから俺の情報が盗まれていたなんて。つまり、俺が一体 どんな精神状態で何をしているかはお見通しだったってわけか。




「そして、適性試験の準備は着実に進んだ。後は、君たちが何かの事件に巻き込まれることをこちらはじっと待っていた。そしたら、ペリグリンが一山当ててくれたみたいだね。ははっ、あれには驚いたよ。まさかメリーを連れて来るだなんて……。彼女は俺たちが追っていた生き残りの奴隷、つまり 俺たちにとって重要な事件に君たちが首を突っ込んでいた。これが偶然か、それとも必然なのかは神のみぞ知る、だな。どちらにせよ、その時点でメリーも候補生として追加されたんだ」



「え、でも、何故急にメリーが候補に上がるんです?彼女に貴方の言う『トワルの役に立つであろう能力』というモノがあるとは思われませんが」



「あぁ、ルカは知らないのか……メリーのように弧を描いたツノを持つヤン族は、他の民族と比べて能力遺伝が著しい。つまり、ヤン族は先天的に先祖代々受け継がれた能力を持っているんだ。その能力は催眠系応用魔法」




催眠系応用魔法……確か、相手を一瞬で眠らせる魔法だったか。意識を飛ばしたり、長い眠りにつかせたり。程度によって攻撃にも利用できる。




「なら、メリーはその応用魔法が使えるってことですか?僕が見た限り、彼女は一度もそんな魔法を使えるそぶりはありませんでしたし……もしそれを意図的に隠していたとして、先ほどのような危機的な状況であっても隠し通せるのでしょうか?メリーはただガクガクと震えているだけでしたけど……」



「だろうね。彼女はまだ才能が開花していない。君と同じで自身の能力を持て余しているのさ。けれど、使いこなせるようになればかなりの攻撃力になるはず。まだ、君も彼女も幼いだろう?そんな早くから力を使いこなせる者はそういないさ」




そうか、メリーはそんな力を……。


なるほど、グレゴリオの話にも通じる。

彼はメリーが一国の軍資金の半額の価値があると言っていたが、それはつまり彼女の能力がそれほどまでに期待できるということ。

相手の意識を失うことのできる催眠系応用魔法は強力な武器だ。国としては、喉から手が出るほど欲しい力だろう。




「さて、話を元に戻そうか。君とペリグリンとメリー、この三人を候補生として俺たちは観察を始めた。君以外の二人は紋章を刻んでいなかったが、その代わりにジークが目の届く別館に住まわせることや別館にニナが出向いて三人の行動を監視することで事足りていたから問題はなかったよ。そして、俺たちはグレゴリオたちの動きもリークしていたから、いつ頃に君たちの住む別館を襲撃して来るか予想を立てて、その日を適性試験日にすることになったんだ。後は……わかるだろ?」



「………本館から高みの見物、ですか」



「ははは、そう捉えたなら悪かったよ。けれど、ちゃんと見させてもらったよ。君たちが事件に遭遇した時、一体どのような判断をしてどのように動いてどう対処するか。何を守り、何を捨てるのか」




何を捨てるのか、か。

そうだ、俺はペリグリンとメリーを捨てた。

あの二人が襲われていることが分かっていて、その上で俺は本館へ逃げた。


けれど、それが本当に間違えだったのか。

友を見捨てず 敵に立ち向かい 自分の命を顧みず戦うのが、本当に正しいのか。生き残ることこそが最重要事項なのではないか。


確か、ジークヴァルトは言っていた。

『及第点』と。




「僕は及第点なんですか?」



「あぁ、そうだ。ルカ、君は友を捨て 自身の保身に走り 安全地帯に一人逃げてきた。最低なクズ野郎だ。二人を友と呼ぶことを許されないほどに残酷で冷徹で非人道的だ………だが、それはあくまで道徳の観点からの評価。トワルは残念ながら道徳や人道というモノの欠片も持ち合わせていなくてね。つまりは生き長らえれば勝ち。死ねば負け。それ以上でもそれ以下でもないんだ。だから、生存率から考えれば 敵と対峙し 友を守り 死にかけたペリグリンよりも、極力敵にバレないようにひっそりと行動し 結局は友を救った君のほうが優秀と言えるだろうな」




つまり、俺は適性試験に合格できたのか?

クリスチャンの表情を伺うように見れば、彼はそんな俺に気づいたのかぷっと吹き出した。




「そんな怯えなくとも、君は見事合格。おめでとう、正式にトワルの仲間入りか。この年齢でなんて、本当に例外中の例外だぞ?」



「ありがとうございます、と言ったほうがいいですか?」



「あぁ、勿論。ここは喜ぶところだ。もしも不合格だったなら、お前は今頃俺に銃で撃ち殺されてる」




え?と声をあげた時、カチャッと音が鳴る。

額に何かを突きつけられている。

いや、何かじゃないな。

これは、きっと いや断言できる。銃だ。




「バンッ______なんてな」



「笑えませんよ、クリスチャンさん」




声が震えるのを我慢しながら、俺はまっすぐクリスチャンを見つめ 冷静に話す。多分、ここで怯えるのが子どもの立ち居振る舞いとしては正解なのかもしれない。

だが、俺の本能がやめろと言っている。

ここで、弱みを見せるなと言っている気がした。




「意外に肝が座ってるんだな、ルカ。死ぬのは怖くないのか?俺がこの引き金を引いたら、君の頭はたちまち吹っ飛んでしまうぞ?」




クリスチャンの言葉で確信した。

こいつ、まだ俺を試してやがる。

一体何を見たいんだかは知らんが、ここは正々堂々としていよう。




「貴方が放った銃弾を弾き返すのが先ですから、僕が死ぬことはありません。それに、ここで泣き喚いたって銃を降ろすような慈悲が貴方にあるとは思えない。だから、僕はあえて何もしません。さぁ、どうぞ」




無抵抗を示す俺に、クリスチャンは小さな声でふーん と言うと 銃をおとなしく下ろした。


こっわっっっ‼︎

心臓ばくばくだよ!ちょーちびりそう!


内心ビビり倒す俺を傍に、クリスチャンは突然立ち上がったかと思うと近くに倒れていたクローゼットをガタゴトと音を立てながら移動させる。いくつかの障害となっていたクローゼットを立てると、そこは壁に開いた大きな穴のおかげで向こう側の部屋とつながっていた。


そして、そのつながった先の部屋というのが




「あぁ……ゔぅ……許さない……許さない……許さない……許さない……許さないぃぃぃっ‼︎神に賛美を‼︎神に栄光を‼︎必ずや、必ずや、貴方の求める子羊をお捧げいたしますっ‼︎あぁ!この憐れで愚かな奴隷に、神の御慈悲をぉぉぉっ‼︎」




目を抑えながら剣で空中を斬る クロエのいる部屋だったのだ。




「さぁ、ルカ。これが最終適性試験だ」




ドンッと背を押され、前へ倒れこむ。

がしゃんと音がして、背後にはクローゼットが倒れて再び穴を塞いでいた。その壁の向こう側から、ただ一言。冷たい声が響く。




「彼女を始末しろ」

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