浮気

勝太が玄関を跨ぐ。身の毛がよだつというのは、恋人の内なのか、外なんだろうか。


勝太はその日、キスをしようとした。

けれど、私は体が拒絶してしまい、勝太はそれでもこじ開けるように力づくでキスをしようとした。

私はやめてと言って、後退る。

勝太は黙ってしまい、頑なな時間が過ぎていくのだ。

その数分間で私は彼を嫌悪していることに気づいた。

嫌悪は、果たして恋人に対する気持ちの内に入るのか。否。

勝太は立ち上がり、私は怯えきり、勝太は外へ出る。

私たちは、果たして恋人だろうか。数時間前から、それとも数日前から、それとも数年前から、もはや出会った頃から、恋人だっただろうか。

何故だか、香山の笑顔を思い出していた。

眠たげな顔で、笑う香山を、思い出していた。

どうしてだか、すごく会いたくて、そんな気持ちが波間に揺れるよう、ゆらゆらゆらりと漂う。

駆け出して居た。

目指すは雨の街にひそやかと佇む、純喫茶同好会。

カウベルが軽やかに鳴り響き、雨粒を垂らした息切れの私をも迎え入れる店。

ふみ子さんが、タオルを貸してくれるので、その温もりに自分の冷たくなった体に気づくことができる。

私は冷え切っていた、心の奥底にある場所にまで雨が突き抜けて降ったようだった。

「純喫茶同好会、集まってるよ」

ふみ子さんは優しく言ってくれるけれど、私は香山だけに会いたくて、カウンター席に座る。

ブレンドの湯気がくゆり肌にぶつかり、私は癒される。癒されるために、ここへ来たのだ、そう思い込みたかったのは、マリの笑っている声が壁越しに聞こえてきたからだった。

「濡れてる」

その声は、半分笑ったような声で私の頭上に降りかかってきた。

指を隠した袖でコーヒーカップを包み込んだ、金髪の男が隣に座っていた。

ふみ子さんは奥の座席に行っていて、カウンター席にはその男と私だけの二人きりである。

ついうっかり、その男の瞳に釘付けになった。

それというのも青い瞳をしていた。美しい造作に見入った私を、知ってかその薄い唇で彼は誘うように笑った。

気づけば背に居たはずの香山を忘れ、私はその男に手を引かれるまま、雨の外へ再び出る。

知らない男の手は冷たく、雨の降る小川にはいつかの鴨の姿はなく。

どこへ行こうというのか、知らずまま知らぬままその手を頼りに歩いた。

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