王女からの依頼

 曲が終わった頃を見計らって制服のポケットにしまっていた眼鏡グラスをかけると、レイヤーに手を叩く効果音が映し出された。


「すごいすごい! ユイちゃん、とっても素敵だったよ!」


 満面の笑顔で最初に拍手を送ってくれたのはイリスちゃんだった。

 彼女はぱたぱたとわたしの方へ走ってきた。そんな妹の様子を見て、隣のヴェルさんが慌ててイリスちゃんを追いかける。なるほど、この時のためにお兄さんの彼があの子のそばにいるのか。目が見えないのに大胆な動きをする子だなあ。


「アイドルってすごいね!」

「イリスちゃん、ハマりました?」

「うん、すっごくハマった!」


 胸元で両手を握って、イリスちゃんはこくこく頷いていた。なんだかこっちまで嬉しくなっちゃう。


 芝生の上に置いた携帯ミラホを拾い上げると、刈り込みバサミを持った背の高いお兄さんが照れた顔で会釈してくれた。

 お城の庭園を管理している人かな。この人、わたしのパフォーマンスが始まるまで仕事に熱中していたような気がしたけれど。

 もしかして、見てくれてたのかな。


「ねえ、ユイちゃん。お願いがあるんだけど、聞いてくれる?」


 不意に、そんな言葉がレイヤーに映し出された。イリスちゃんの声紋だ。

 振り返って視線を合わせると、彼女はにこりと笑った。

 わたしもイリスちゃんに微笑み返して、それから首を傾げる。


「いいですけど、何ですか?」

「イリスに歌を教えて欲しいの」


 イリスちゃんがわたしに向ける表情は真剣だった。

 背後からヴェルさんが「イリス!?」と叫んでいるけど、彼女は何も答えを返す様子はない。


「イリスちゃんも歌いたくなっちゃいましたか?」

「うん! ユイちゃんの歌とダンスを見て感動したの。こんなにも心を揺さぶられたのは初めて。イリスは目が見えないからダンスは無理でも、歌うことはできると思う。だから、」


 迷うことなく、イリスちゃんはそっとわたしの右手をつかむ。


「ユイちゃんの帰る準備ができるまで、イリスに歌を教えてください」


 そう言って、彼女は懇願した。

 ハンディキャップを抱えてはいるものの一国のお姫様が、みずから頭を下げて。


 断る理由なんて、なかった。



 ♪ ♫ ♪




 カミルさんの話によると、帰るための準備は一週間くらいかかるという話だった。


 期間は一週間弱、か。

 一曲くらいは教えることはできるかな。


 まず、イリスちゃんには携帯ミラホに入っている曲を聞いてもらった。

 メロディを覚えるまで、何度も繰り返し聞く。目の見えない彼女には耳でまず記憶してもらうしかない。

 そしてわたしが実際に歌ってみて、次に歌詞を覚えてもらうことにした。


 イリスちゃんは耳が特別いいのか、それとも記憶力がいいのか。

 あまり覚えるのに時間はかからなくて、歌の練習は順調に進んだ。






「あのね、ユイちゃん。わたし、カミルのことが好きなの」


 練習の合間に休憩を取っていた時、イリスちゃんは突然の大告白をしてきた。

 笑顔で手渡された冷たいレモネードの入ったグラスを受け取る。彼女の表情はにこにこしていて、とても恋愛絡みの相談を持ちかけてきているようには見えない。


「そうなんですか。でも、カミルさんってたしか、イリスちゃんのお父さんじゃ……」

「そっか、ユイちゃんは知らないもんね。イリスはね、正確には血の繋がったカミルの娘じゃないの。お父さまが早くに亡くなったから、カミルがイリスたちを養子にしてくれたんだ。あ、でもイリスだけはカミルの養子になる話は断ってるんだけどね」

「それはやっぱり、カミルさんのことが好きだからですか?」

「うん、そういうこと!」


 この子は単に聞いてもらいたいだけなのかも。

 話を振ってきた意図は、あまり見えてこないけど……。


「カミルにちゃんと告白はしたんだけど、一回だけじゃ全然伝わらない。だから今度は歌でイリスの気持ちを伝えたくて、カミルの前で歌ってみようと思って」


 レモネードを一気に飲み干すと、イリスちゃんはグラスをテーブルの上に置いた。

 そしてわたしの方へ顔を向けたかと思ったら、彼女に迷いなく両手をガシッと掴まれる。


「それでね、ユイちゃん。本番では、イリスと一緒に舞台に立って、あの時みたいに歌うだけじゃなくて踊って欲しいのっ」

「それって、同じ舞台に立つってことですよね? でも、イリスちゃんにダンスは……」


 まだ、教えていない。

 そう口に出そうとした時、彼女はにっこりと笑って答えた。


「大丈夫っ。本番になればイリスも自然とユイちゃんのダンスに合わせて踊れるようになるから。ユイちゃんの歌とダンスには、それくらい特別なチカラがあるんだよ」

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