灼熱の歌鳥と盲目の姫君〜火群結依、白き賢王により異世界に召喚される〜

依月さかな

本編

目が覚めたら、そこは異世界でした。

 見慣れない部屋の中、ふわりと火の粉が舞った。


 一番に目が合ったのは、足元まで届くような白いローブを身にまとった男の人。

 そしてすぐ近くには、わたしと同い年くらいの女の子が簡素な椅子に座っていた。


「だれ……?」


 補聴眼鏡グラスにそんな言葉が映し出された。ちゃんと動いて声を認識しているみたい。


 女の子が振り返る。まるで外国の人みたいな豊かな金髪の女の子で、なぜか目は閉じたままだった。

 なんて答えたらいいのだろう。見知らぬ相手に挨拶するのは慣れっこだけど、突然起きたこの状況を、わたしだって把握できてるわけじゃない。


 黙り込んでいると、不意に彼女はなにがおかしいのか、クスッと笑った。


「見て見てカミル。すごいよ。ほら、炎の精霊たちがいっぱいいる」


 楽しそうな顔で女の子がそう言ったとたん、わたしは驚きで身体が硬直した。


『ユイちゃん』


 もう誰かの声なんて聞こえるはずがないのに、たしかにそう聞こえたんだ。






「——で、つまりあんたは、こことは違う別の世界からやって来たということなのか?」

「たぶん……そういうことなんだと思います」


 カップをテーブルに置いてから、わたしは頷く。その反応を見て向かい側に座っている男の人は、腕を組んで考え始めたようだった。

 どうしたものか眺めていると、眼鏡グラスのレイヤーに、「だーかーらー」と映し出される。


「さっきから何度もそう言ってるじゃない、ヴェル兄さん。カミルが魔法をちょっと間違えちゃって、この子をんじゃったんだよー」


 そう。わたしが今回異世界に来てしまったことには、明確な理由があった。

 最初に居合わせた白いローブを着た男の人。カミルさんという名前のその人がわたしを召喚した魔法使いであり、また国の王様でもあるらしい。


「いや、だからって普通できる芸当じゃねえだろ! 誰かを異世界から召喚するって、聞いたことねえぞ!?」

「なんでも精霊界のゲートを開こうとしたみたいだよ。ほら、今日は雨降ってたから、きっと調子悪かったんだよ」


 わたしから見れば、この世界のほうが異世界なのだけど。まあ、口にしたところで始まらないだろう。

 異世界……か。

 普通だったら信じられない事態だけど、なぜかそれほど驚きはなかった。ような気がするから……。


 案内された応接室は、わたしが想像するよりずっと広かった。それだけじゃない。配置されている家具や調度品、壁にかかっている絵画すべてが高価なものだ。


 そして今わたしの目の前にいるのは、長い蜂蜜色の髪を一つにリボンで束ねた男の人と、さっき召喚された部屋で椅子に座っていた金髪の女の子だ。

 男の人はヴェルさん、女の子はイリスちゃんというらしい。


 なんでも話を聞いたところによると、ここはノーザン王国という比較的大きな国で、わたしが今いるこの場所はその国のお城らしい。

 そして、この二人は王様、カミルさんの息子さんと娘さんで、いわゆる王子様とお姫様なのだという。

 

「なんにしても悪かったな。えーと、ユイちゃんだっけ? カミルならすぐにきみが帰れるようになんとかしてくれると思うからさ、辛抱してくれよな」


 思っていたよりもヴェルさんは気さくな雰囲気だった。親しみやすいけれど、思い描いていた王子様のイメージとはかなり違うような気がする。

 わたしはくすりと笑って、彼に答えた。


「大丈夫ですよ。さっき、王様……カミルさんも約束してくれたんです。……なんだか、何度も謝ってくれて、こっちが申し訳ないくらいで」

「ま、せっかく来たんだ。ユイちゃんの帰る準備が整うまで、ウチでゆっくりするといいさ。ノーザンは大地の恵みが豊かだからヨソよりは食いモン美味いし、損はさせねえと思うぜ?」

「そうそう。特に焼きたてのパンが最高なんだから」


 たしかに、頂いた紅茶はとても美味しかった。

 こうして昼下がりのティータイムに誘ってくれたわけだし、ヴェルさんもイリスちゃんも悪い人ではないのだろう。わたしを手違いで召喚してしまったというカミル国王も、申し訳なさそうな顔で何度も頭を下げてくれた。

 これでも良い大人と怖い大人を見分けるのは慣れてるつもり。この人たちなら、きっと大丈夫だ。


「わあ、楽しみです!」

「はは。ついでに、イリスとも友達になってくれたら嬉しいかな。こいつ、きみみたいな同じ年頃の子に会うのは初めてなんだよ」


 そう言って、ヴェルさんは翡翠みたいな緑色の瞳を和ませた。

 隣のイリスちゃんは相変わらず目を閉じたままだ。聞くところによると、どうやら彼女は数年前に失明したらしい。目が見えないというハンディキャップを抱えているせいか、イリスちゃんのそばにはいつもお兄さんのヴェルさんがいる。


「イリスはユイちゃんのこと、もっと知りたいな。ユイちゃんの好きなものって何なの?」


 好きなもの、か。それだったら決まってる。


「アイドルです。わたしも今は『ELEMENTS』ってチームで、スクールアイドルをやってて。今は夏の大会に向けて仲間のみんなと特訓中で——」

「……アイドル?」


 イリスちゃんのきょとんとした表情で、ふとわたしは思い至る。

 そうか、この世界にはアイドルがないかもしれないんだ……。も、アイドルのことは知らなかった。


 アイドルがない世界。アイドルを知らない人たち。

 ……だとしたら、ちょっと寂しいな。


「ユイちゃん、アイドルって何?」


 こちらが話を振る前に、イリスちゃんの方から聞いてくれた。少なくとも、興味はあると見ていいだろう。


 こうしてる今もわたしの補聴眼鏡グラスは声をちゃんと拾っている。正常に動いている証拠だ。

 それなら、きっと携帯ミラホも動いてくれるに違いない。


「じゃあ、今からわたしが見せてあげます。きっとイリスちゃんもハマってくれると思うから」


 自然と笑みがこぼれた。


 今は「ELEMENTS」のみんながいないし心細くないと言ったら嘘になるけれど、でも。

どこにいてもわたしができることは、アイドルとして歌って踊ることだけだから。

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