猫のミケの話

猫のミケは自身の名前の安直さに不満を一人語りながらも日課である散歩道を歩いていた。

午前中に降った雪のせいで、いつも歩くその散歩道の光景は一変し見るもの全てが白く覆われていた。

長らくこの地に生けてきたミケであっても、その光景は年に数回ほどしかお目にかかれないとあってか、いつもの散歩道でも辺りをよく見渡しながら歩いていた。

そんな折、ミケはいつもの散歩道であるブロック塀の上を四足で歩いているとうす暗い空の下でも輝く物を見つけた。

すぐさま、その物に近づいてみるとミケはその見覚えのある物に一つ鳴き声を呟いた。

「これは彼のではないか」

それはミケのもうひとりのご主人である彼が、幾らか前にミケに見せてきたものだった。

「ミーさんにはどうせバレるだろうから、先に言っておくけど。僕は一週間後これを持って恵に告白して婚約するんだ」

その声に、ミケは小さく鳴いた。

今の今まで婚約していなかったのかと不服を言ったつもりだったのだが、自分の声が聞こえないもう一人のご主人は喜んでいるのかと思いこんだようだった。

「秘密にしておいてくれよ、ミーさん」

そう言ってもうひとりのご主人は喉元を指で撫でた。


ミケはその時のことを思い出すと同時に目の前に光り輝いている指輪を照らし合わせた。

内側にはK・Mと彫られているその指輪を見つめて、匂いを嗅いでみると、その金色に輝く指輪には見知らぬものの人間の匂いが染み付いていた。

つまり、これは見た目は一緒だがもうひとりのご主人の物ではなく他の見知らぬ人物のものだということを示していた。

「困った事になったな」

ミケは心の中で呟くと辺りに人がいないかと見回した。

この持ち物が知らぬ人間の物という以上、交番なりそういったものに届け出る義務というのが生じるだろう。しかし、自身が猫である以上、これを持ち寄った所で相手にされないことは確実だ。

そこで大事なのは、これを交番へと持ち寄ってくれるだろう人物を見極めて渡す事なのだが。自分が猫である以上、言葉を駆使して人に預けることはできない。

ミケの視界の中には幾人かの人物がいるがその中でも携帯電話を片手に歩いてくる制服にコートを羽織った女子高生を選んだ。

ミケは意を決すると輝く指輪を口にくわえると歩いてくる女子高生の行く道に座り込んで目の前で一つ鳴き声を発して自身に注目を向けさせた。

「あれ、こんなところに猫が…って、うん?」

女子高生が自分に気付いた所で、ミケは口にくわえていた指輪を雪が降り積もる地面へと置いて注目をそちらに向けさせた。

「これって、指輪?」

ミケの思惑通り、立ち止まった女子高生は足を屈ませて雪の上へと置かれた指輪を手に取ると、それをよく観察し始めた。

「K・Mってイニシャル、ていうことはこれって結婚指輪か婚約指輪かな」

女子高生はそう言って辺りを見渡すが、そこには自分自身と猫しかいなかった。

「そういえば日暮駅に交番があるし、そこに届ければいいか」

言いながら女子高生はミケの頭をやさしく撫でると立ち上がり道なりに歩きだした。

それについていくようにミケも立ち上がりながら女子高生の後ろを追いかけて行く。

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