第3話 ダンジョンアタッカー
アタッカーがモンスターに殺られるという事件は、年に数件発生している。ただチームごととなると、ダンジョンが出現してからの10年で初めての出来事、しかも1ヶ月で3チームだ。各国とも無意味にアタッカーを失うことを容認できるはずがない。
理由は簡単。数が少ないからだ。
ダンジョン内では近代兵器の一切が使用不可能。使えるのは剣やナイフなどの原始的な武器だけ。このまま攻略できないのかと諦めかけた時だった。モンスターを倒すと、エナジーを吸収して力に変えることができると判明したからだ。しかし、誰も彼もが吸収できるわけではない。
358人。
世界の人口が70億いて確認されている適正者の数がこれだけ。
だからこそ、犠牲覚悟の使い捨てなんていうのはありえない。
「犠牲者の数が多いから、国連が調査チーム作るのは確実だし、ダンジョンアタックにストップかかるなんて事態も十分ありえるよ」
「仕方ないけど、長期間アタックができないのは困るよなぁ」
「勘が鈍るのはホント困るよ。取り戻すまでの時間が、もったいないったらありゃしない」
「だねぇ」
バトルジャンキーを自認する純と、シンディは同じことを考えていた。外で勘を養うことが出来ない。取り戻すには面倒でも低階層からやり直すしかない。
どうしてかといえば、正確には少し違うが、得た力はダンジョンの中でしか発揮できない。代わりにモンスターは、ダンジョンの外には出てこれないからだ。
「ここはゲームの世界じゃなくて、現実だから仕方がないさ」
「現実だから、俺達はこうして命を賭けて金儲けができるんだけどな」
アーデンの言う通りゲームではなく現実だからこそ、ダンジョンでドロップしたアイテムは外に持ち出すことができた。
現実では考えられない夢のアイテムが、だ。
神と呼ばれるゲームマスターが突然現れても、「あっ、やっぱりいたんだ」と誰もが納得するほどの不可思議な現象。
人の欲望は果てしない。だからこそ国が企業が殺到する。
「ここで時間を潰しても仕方がないよ。ヘルプ頼まれてるんだろ。純、早く行ってきな」
シンディがエレベーターを顎を振って指す。
「おう、行ってくる。アーデンも、また今度」
「どこまで降りるんだ?」
「10階層」
30階層まで攻略した純にしてみたら、ソロで何の問題もない低階層。
「Aランクアタッカーが、10階層で間違いがあるとは思わないが、気をつけて行けよ。チームまるごとなんて、ありえない事態が起きてるんだ」
「絶体絶命のピンチなんて、経験済だ。でも、心配してくれてサンキュ」
純は顔の横で一度手を振ってから、エレベーターの前へ。醸し出す空気にファーストフード店で友達とワイワイしていた凡庸に、寄らば斬るとばかりの尖鋭さが加わる。
エレベーターを呼ぶボタン押すと、観音開きする扉。
乗り込み振り返れば、シンディとアーデンが手を振っていた。
右側にある数字の入っていないパネルに手を当てエナジーを流すと、1から順に30までの数字が浮かび上がる。
「行ってくる」
10のボタンを押すと扉が閉まる。
一拍した後に軽い浮遊感と目眩が襲ってきた。
エレベーターは転送装置になっている。もちろん攻略した階層までしか運んでくれない。
ありきたりな電子音が耳に届くと、浮遊感も目眩もパッと消える。
扉の上にある液晶パネルに、赤文字のドットで「GO・ダンジョンアタック」と表示された。
スマホのタイマーを作動させてから、開くボタンを押す。
1人辺りの持ち時間が決まっていて、時間をオーバーすると強制的に戻される。パーティーなら乗算されていく。注意が必要なのは、このルールが適用されない部屋があるということだ。例えばボス部屋。それとトラップに引っかかって別階層に飛ばされた場合だ。
視界に広がるのは、ドキュメンタリー映画で見るアマゾンの密林そのもの。凹凸のある岩の天井までだいたい50メートル、ドーム球場くらいの高さがある。地下であるのに暗くないのはそれが発光しているから。
エレベーター内に、湿気を含むもわっとした空気が入り込んでくる。いつ来ても、この不快さに慣れない。
唸り声や遠吠え、甲高い鳥の囀り。一見ただの鳴き声だが、ここには1匹たりとも地上の生物はいない。いるのはアタッカーを襲うモンスターだけ。
東京都庁地下ダンジョンは5階層ごとに広大なエリアがあり、それ以外の階層は迷路のような洞窟エリアになっていた。
まずスマホでヘルプを依頼してきたダニーの位置を確認する。純にとって10階層は死地でもなんでもない、呑気に操作ができる程度の余裕はあった。
反応は南南西の方角。
フレンド登録したアタッカーの位置は大まかに確認できる。
一瞥すれば、ブッシュの枝が払われた箇所があった。
「よっしゃ。今日も元気にエナジーを一杯吸収するぞ」
エイエイオーな具合で拳を作った右手を掲げて、気合をいれてから硬い床から泥濘んだ大地に踏み出した。
10歩も進んで振り返れば、岩壁にエレベーターがある。鋭角に切り取られたそれは、大自然の中の異物。
こういうのを見ると、ほんとVRゲームの世界と錯覚してしまいそうになる。だけど現実。だから死ねばそれまでだ。
不意に緑の地獄の奥から、微かにヒステリックに喚く声が上がった。
反射的に走りだす。
危険かどうかは分からないが、ダニーのパーティーが上手くいっていないことだけは分かる。さっきコミュニケーションツールで連絡をした時に、何時もだったらくだらないことばかりなのに、今回に限って階層しか伝えてこなかった。不味ったかもしれない。
下草が踏みならされた道を突っ走る。
途中、途中ある乱れた足跡、戦闘の痕跡を道標に走る。
喚く声は女子だ。
水溜まりを飛び越えたところで、頭上の葉が激しくざわめいた。
瞳を動かせば、グリーンモンキーが7匹枝から枝へ飛ぶ姿が映る。状況が分からないからダニー達の元に一刻でも早く駆けつけたい。しかし、モンスターを連れて行くわけにもいかない。
エナジーを活性化させ速度を上げる。
グリーンモンキーの前に出たところで地を蹴り、近くの幹を蹴り、宙を跳び、右手を伸ばし頭上20メートルの高さにある枝を掴んだ。
手早く倒してさっさと駆けつける。シンプルイズベストこれしかない。
先頭を飛ぶグリーンモンキーが、長いニードルの如きギラリと光る爪を振り上げ迫りくる。
純は掴んだ枝を支点に回転し上に出ると、勢いのまま頭部を蹴った。
簡単に吹き飛んでいくグリーンモンキー。
すぐにエナジーに変わる。
オレンジ色のバナナをドロップするが、レアアイテムじゃないから無視だ。
残り6匹。
純は着地したわむ枝の反動を利用して、次のグリーンモンキーに跳ぶ。
「エア・バレット、トリプル」
その右手は、開かれ前に突き出されていた。
大気が圧縮され、3つの弾丸へと変わる。
そう地下ダンジョンでは、ゲームの世界でしかありえない魔法も使えた。
「ショット」
ダンッ、ダンッ、ダンッ。
射出した弾丸が、グリーンモンキーの胴体に穴をあける。
残り3匹。
宙を跳ぶ純は両腕を広げ、すれ違いざま別の2匹にラリアットを食らわした。
残り1匹。
前から迫る枝に足をかけて反転したところで、がっかりした声で絶叫する。
「ここで強化種とか、運悪すぎっ!」
緑の背に赤いたてがみがを見つけたからだ。
強化種グリーンモンキーも、枝を蹴って反転してきた。
人と猿が正面衝突する。
純は鼻筋にパンチするが、貫いたのは残像だけ。変わりに伸びきった腕に長い尻尾が絡みついていた。
ちらりを視線を向ければ、牙を剥き出し勝利を確信して口角を釣り上げている。
油断大敵といっていた側からこのざまだ。
振りほどく前に、強化種グリーンモンキーが尻尾を軸にくるりと回転して背を向けた。
回し蹴りだ。
「げっ」
純は自嘲の呻きを上げながら、身をひねり強化種と正対する。
直後、ガードした腕に激しい衝撃が走った。
振り抜かれた毛だらけの短い脚を瞳に映して、後に吹っ飛ぶ。
背で幾つもの枝を折り、最後に肉の壁にぶつかって地面に着地した。ぶつかったのはグリーンモンキーの背だ。
その背の横からひょいと顔を覗かせれば、大木を背に4人のアタッカーが、赤いたてがみを生やしたグリーンモンキーに囲まれている。
喚く3人を庇いバスターソードをかまえているのが、ヘルプを依頼してきたダニーだ。無精髭を生やし、薄汚れたフェルトハット姿は、80年代に流行った冒険活劇映画の主人公である某考古学者のそのままだ。
「よう、おっさん」
「おせーぞ!呼ばれたらさっさと来やがれ!」
純が陽気に手を振れば、イラッとした怒鳴り声が返ってきた。
「だったらエマージェンシーで連絡してこいよ。おっさん」
「10階層ごときで、エマージェンシーなんて恥ずかしくて使えるか!それと、おっさんじゃねぇって何度言えばわかる!」
ダニーが強化種をバスターソードで牽制しながら、ツバを飛ばすほどの勢いでまくしたててきた。
「だったら、ヒゲくらい剃れ。おっさん」
わざとおっさんを連呼する純。
背中合わせになっていた強化種が、無視するなとばかりに両腕を頭上に持ち上げて振り向いた。
「ふざけたこと抜かすなよ!これは俺の魂なんだ!」
振り下ろされる強化種の拳が、濡れた土を撒き散らし地面にめり込む。
当然、そこに純の姿はない。
「んじゃ、おっさんで決定」
茶化した声は、空中にあった。左手でリュックを持ち上げ、右手を中に突っ込む。ちょっと変則的だが鞘から剣を抜刀する構え。
ダニーが待ってましたとばかりに、囲んでいた強化種の1匹に走る。
「だー、アニオタにおっさん呼ばわりされたくねーよ」
「俺だって、おっさんにアニオタとか言われたくねーよ」
重力に従って落下する純の右手が、引き抜かれた。
「俺はまだ22だ!おっさんじゃねぇ。残念イケメン」
ダニーは幅広で超重量のバスターソードを、身体全部を使って横薙ぎする。
「残念とか、バカにすんな。老け顔!」
純の頭上から放たれた銀閃が、綺麗な縦の弧を描く。
リュックから引き抜いたのは、ロックエレファントがドロップした鋼の鉱石で作ったロングソード。両手でも片手でも扱える万能なところが気にいって、手に入れてからずっと愛用していた。
ダニーのパーティーメンバーは、救援のアタッカーが来た安堵よりも、いきなり始まった罵り合いに唖然としている。
断末魔の悲鳴を上げて、2匹の強化種グリーンモンキーがエナジーに変わった。
お互いを罵りながら、縦横無尽に剣を振るう。守る者を配慮しなくて良いのなら、2人にとって強化種だろうと雑魚モススターと同じだ。
「あっ、テメー喧嘩売ってのか?」
「喧嘩売ってきたのはそっち」
5分と経たないうちに、あっさりとグリーンモンキーは全滅した。
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