迷宮探索部!東京都庁地下ダンジョンへGO!
響 抹茶
第1話 秘密のお仕事
桜が咲き、空が澄んだ青から、湿度を含む霞んだ色へと変わっていく、そんな4月。
3人組の男子高校生が、歌舞伎町入り口近くにあるハンバーガーショップで、わいわい騒いでいる。どこに遊びにいくか、毎度繰り返されるお決まりのやりとり。
「ボーリングはどうだ?」
「歌いたい気分だから、カラオケに一票」
「ゲーセン行こうぜ」
今日は始業式で、学校も午前中で終わり、たっぷり時間もあるから余計に白熱している。
そこへ1人の男子高生、今市純は、トイレから戻ってくると空いた席に座った。何話しているのかと聞き耳を立てながら、トレーに置いてあるハンバーガーを手に取って頬張る。
「純もカラオケ行きたいよな?」
「カラオケ、イイね」
と適当に答えてからもう一口。いつものメンバーなら、こうやって喋ってるだけでも楽しいから、行き先はどこでもよかった。
純の前に座る拓哉が、小さくガッツポーズをする。
「やりー、聞いたもの勝ちだぜ」
「ズルい」
「きたねぇ」
だいだい意見が割れてると、こやって純の一言で決まることが多かった。
店内のBGMがポップな曲に変わると、横に座る宏太がポテトを持つ手を止めて、壁の液晶テレビに目を向ける。赤をメイン色にして、制服を派手に改造した衣装をまとうアイドルが、キュートなステップでダンスを踊るミュージックビデオが流れていた。
「お、瑞希ちゃんの新曲だ」
「歌も上手いし、ちょー可愛し、最高だよな。俺なんて、ほのかちゃんから乗り換えちゃったし。やっぱりトップアイドルより、新人だよ。し、ん、じ、ん!」
斜め前の悠斗が身を乗りだしモニターを食い入るように見つめ、拓哉は蕩けた声で熱く語りだす。
「何言っちゃってんの、自分の好みかどうかだろ。ほのかちゃんの年上でロリボディなとこなんか、俺のどストライクなんですけど。それにアイドル憧れの聖地、スーパーアリーナ満席にしちゃうんだぜ。あの熱気っていったら、たまらなかったなぁ。それにだ!存在感が、瑞希ちゃんとはぜんぜん違うんだよ!」
「それ言われると辛いけど、瑞希ちゃんはまだデビューしたばっかなんだ。拓哉、感じないのか、あの無限の可能性を。あの直向きで一生懸命ところも好感もてるし。俺はそれに賭けてるんだ」
「だね。今乗りに乗ってるからすぐに追いつくよ」
斜め前の悠斗が、腕を組んで何度も頷いている。
拓哉がほのかちゃんで、宏太と悠斗は瑞樹ちゃんのファンであった。
純はそんな2人を見て、ついつい目が泳いでします。それを隠すのに、下を向いてハンバーグにかぶりつく。ほのかちゃんとは、本名、白石穂乃果、アイドルにして日の出高校の先輩だ。しかも、同じ生徒会のメンバーということで、そうとうな嫉妬をかっているというのに、言えない、塩坂瑞希が幼馴染だなんて言えない。絶対、こいつら発狂する。
「だけど、元ほのかちゃんファンとして、春休みにあったアイドルフェスの、あの存在感。さすがとしか言いようがなかったね」
「ステージに登場した瞬間、オタの視線独り占めしてたしな」
「俺、ネット視聴だったけど、鳥肌たったもん」
「売れだしてから、トップアイドルまであっという間だったし」
「何か、とてつもないきっかけが、あったんだろうね」
「同じ学校に通ってるってのに気づけないなんて、ファンクラブ会員番号シングル台として、屈辱的だぜ」
拓哉が悔しそうに、左右に大きく首を振る。
純はあえて会話に加わらないで、黙々とハンバーガーを食べる。
「純は、ほのかちゃんと生徒会で一緒だろ。その辺の情報、知らないか?」
「さっさぁ。俺にアイドルのこと聞かれても」
拓哉、話を振ってくるな、ボロがでたらどうするんだ。
「違うって、生徒会の後輩としてだよ」
「んー。後輩ができて責任感が芽生えたとか?そんな理由じゃないの。それよりお前ら、ほのかちゃんって言うの止めてくれって言ったよな」
生徒会のことについても、諸事情により話せない。隠し事ばっかりで、かきたくもない冷や汗が額に浮かんでくる。
「無理。ほのかちゃんは、ほのかちゃんだし。コンサート会場のほのかちゃんコール、純にも聞かせてやりたいぜ。それに、ほのかちゃんに説教されるなんて、ご褒美じゃん」
「俺は、拓哉と違ってマゾじゃねーし。ドルオタじゃないから、ご褒美でも何でも無い。苦痛でしかないの」
忘れもしないあれは半年前の文化祭の前日だった。出し物の飾りつけも終わって、さあ帰ろうかとしていた時だった。
拓哉達がいつもちゃんづけで呼ぶものだから、不意に声をかけられた時、つい白石先輩ではなく、ほのかちゃんと呼んでしまったのだ。低身長でヘビーフェイス。その上ロリボイスときては、先輩というより後輩にしかみえない。その特徴ゆえにアイドルデビューできたのに、本人はそのことを物凄く気にしてるから、さあ大変。
下駄箱前の廊下で、後輩に苛められたと泣かれ、訳もわからないまま宥めすかしようやく泣き止んだと安堵したら、今度はプンプンと頬を膨らませながら拳を両腰に当てて、いかに心が傷ついたかを逃げるスキすら与えられず、延々と1時間も愚痴られた。行き来する学生おもに白石先輩のファンから、まるで犯罪者を見る目で睨まれ、それはもう針のむしろだった。たかが先輩じゃなく、ちゃんと呼んだだけで、だ。もう二度とあんな状況に陥りたくない。
隣の宏太に分かってるよとばかりに、ポンポンと肩を叩かれる。
「純の嫁は、二次元だもんな」
「文句は言わないし、裏切らないし、面倒くさくないし最高」
「これだからだから、女子に陰キャな残念イケメン、て噂されてるんだよ」
「これで趣味が普通だったら、モテモテ間違いなしなの分かってるか?」
拓哉が妙に力のこもった声で断言した。
ナゲットを頬張る悠斗が、腕を組んでうんうん頷いている。
3人からマジマジと見つめられる純。
「リアル女子にどう思われてようと、気ににもなんねーし」
こっちは世話焼きの幼馴染だけでお腹一杯なんだよ。もちろん言えないけど。顔だけは良いから女子に関心があるなんて噂がたつと、大変なことになる。中学の時に同学年の女子半数以上から告白されて、興味もないから片っ端から断っていたら、少しは女子の気持ちを考えろと、幼馴染からゲンコツを食らわされた苦い記憶がある。
懲りた。
「しっかし、イケメンて得だよな。重度のアニオタだっていうのに、嫌われないんだから。そのイケメンフェイス、よこせよ!」
「彼女ができない俺達に謝れ!」
「そうだ謝れ!」
立ち上がって逆ギレする拓哉と、合唱する2人。
純は無視を決め込んで新しいハンバーガーを手に取って包みを開ける。こつらと友達になって丸一年、悔しそうに表情を歪めるこのやりとり、もう何度目なんだろう。最初は反論した。反論すればするほど、ヒートアップして言い返してくる。これがなければ、ほんと良い奴らなのに。もうこれ以上は付き合いきれないからと話題を戻す。
「もう俺の負けでいいから、カラオケ行こうぜ」
「じゃあ、ほのかちゃんのサインよろしく」
「俺も」
「宏太くんへって、書いて貰うの忘れないように言っといて」
「お前らなぁ」
欲望に忠実な3人に、苦笑いするしかなかった。
それからワイワイやりながら、残っていたハンバーガーやポテトを胃袋に収めていく。
「よし、皆食い終わったな。次行くぞ」
拓哉がリュックを背負い、ゴミの乗ったトレーを手に立ち上がる。
純もそれに続いてゴミを捨ててたところで、ポケットにあるスマホが振動した。取り出してロック画面を見れば、メッセージアプリに着信があった。友達と久しぶりに遊ぶというのに、あまりの間の悪さにあーあと声がでてしまう。
「ゴメン。バイトのヘルプが入っちゃったよ」
悠斗と宏太が、「えーっ」とガッカリした声を上げた。
そんな2人の肩に、拓哉がそれぞれ手を置く。
「仕方ない、俺らだけで行くか」
「この埋め合わせはするからさっ」
「次、途中抜けしたらメシ奢りだから、よろしく」
「オーケー。焼き肉でも何でも任せておけって」
純が気軽に応じれば、宏太がこっちを向いて両手を合わせる。
「まじ。じゃあ俺、バイトが入るの祈ってる」
「俺も」
悠斗も真似て手を組む。
「お前ら、現金すぎ」
純は呆れた笑いを浮かべてから、嫌な顔1つしない友達に感謝しつつ、じゃあなと手を振って背を向けた。
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