5 千年の呪い

 システィーナがつぎに町をおとずれたのは、それから五日ほどたったあとでした。

 その日は朝から森がさわがしく、システィーナを引きとめます。動物達もシスティーナの小さな小屋を取り囲み、外へは出さないように、かわるがわる見張るのです。


「おまえ達、いったいどうしたの?」

「システィーナ、外へは行かずにここにいようよ」

「駄目だわ。そろそろ薬をとどけにいかないと」

「システィーナ、泉のそばにある果実がちょうど熟れた頃合いだ。はやく行かないと、腐って落ちてしまうよ」

「それはたいへん。だけど、今は必要ないの。鳥たちにあげてちょうだいな」

「システィーナ、待っておくれ」

 森の入口へと向かうと、いつもはすんなりと避けてくれるはずの蔓草さえも、システィーナを阻みます。ざわざわと、木々がシスティーナを止めるのです。


 システィーナ、いばらの森のさいごの魔女。ここを出るとたいへんな目にあってしまう。

 ずっと森で暮らせばいい。命尽きるその日まで、我らがおまえを守ってあげる。


 システィーナは溜息をつきます。

 薬は人々にいきわたったとはまだいえませんが、あのお医者のところであれば、薬の作り方を話してしまっていいのかもしれません。

 そうして、みんなが薬を作ることができれば、病はいずれ収まることでしょう。


「わかったわ。だけど今日だけは駄目。薬のことを話してしまって、もうわたしが薬を届けなくとも平気なことを確認してからでないと、安心できないもの。今日ですべておしまいにするから、森の外へ出してちょうだい」


 システィーナ、いばらの森の魔女よ。もしもの時は我らを呼ぶがよい。きっとおまえを助けてあげよう。



 優しい風が頬を撫で、システィーナの髪がふわりと広がります。

 森のこえを背中にうけて、システィーナは町へと歩きました。

 途中、誰もいないことがすこしふしぎでした。道沿いにある畑にも、綺麗な水が流れる小川にも、人も犬も姿を見せないのです。

 町でなにかあったのかしら。

 システィーナは足を急がせて町へと入ると、広場の辺りにたくさんの人と、誰かの演説がきこえます。声をはりあげて、なにかを声高に叫んでいるのです。

 集まった人だかりの一番うしろにいた男が、こちらを振り向いたとおもうと、目を見開いて叫びました。

「魔女だ、いばらの森のわるい魔女だ! 魔女が来たぞ!」

 システィーナの顔がこわばりました。

 人々は男の声に驚き、いっせいに振り返ります。そこにシスティーナが立っているのを見ると、悲鳴があがりました。


 ああ、そうか。そうだったのか。

 システィーナは理解しました。

 いばらの森が引きとめたのは、このことを知っていたからなのでしょう。

 動物たちは、飛んできた鳥から噂をきき、木々は風が運んだ噂をきく。

 そうして町の噂を知ったいばらの森は、魔女を守るために入口を閉じようとしたのでしょう。


「そのとおり、わたしはいばらの森に住む、千年を生きる魔女だ!」

 システィーナはいいました。

 町の人々は大きな声をあげて逃げだします。女たちは扉をふさいで家にとじこもり、勇気のある男たちが斧やくわを持って、魔女にちかづきます。

 よくしなる鞭をもった牛飼いの男が自慢の鞭をふるい、システィーナの身体を打ちました。

 焼けるような痛みにシスティーナの顔がゆがんだ瞬間、縄を持った男がうしろから近づいて、システィーナを捕えました。

「魔女め。おまえのせいで、うちの畑は作物が育たなくなったんだ」

 それを合図に、次々に声がかかります。

「あのむすめが売りにきた木の実を食べたせいで、子どもが病気になったんだ」

「いばらの森で採れた物は、どれもひどいにおいがして、食べられたものではなかったよ」

「あの子が来ると、いつもずっと空が晴れるんだ。日照りを起こしてるにちがいない」

「おとうさんが怪我をした、おまえのせいだ」


 魔女め。魔女め。


 人々がいっせいにののしります。

 声とともに、砂や土がかけられます。

 誰かが投げた石が腕に当たり、次第に手当たりしだいに石が飛んでくるようになりました。

 先のとがった石が顔に当たり、頬から血がながれます。

 システィーナは顔をあげ、ゆっくりと周囲を見渡しました。

 いつしかシスティーナのまわりには誰もいなくなっていました。

 みんな遠まきにながめ、石や武器をかまえてこちらを見ています。

「魔女が出てきたということは、呪いのせいで、この国は滅びてしまうのか!」

「呪いの王子が、国を滅ぼすにちがいない」

「もうこの国は終わってしまう」

「魔女と王子のせいで、なにもかもが終わりだ」

 それを聞いたシスティーナは、大きな声でいいました。

「この呪いを解くことができるのは、王子だけ。呪いの王子こそが、呪いを解く唯一の鍵なのだ。魔女を殺しても呪いは解けぬ。魔女による千年の呪いは、千年後に生まれた王子の手によってのみ解くことができると知れ」

 人々はそれを聞いて叫びました。

「王子をお連れしよう」

「王子が魔女を殺せば、この国は助かるのだ」

「呪いの王子は、呪いをかけるのではない。呪いを解く王子だったんだ!」



  □■□



 町の噂はお城にとどいていましたが、王さまはあまり本気にはしていませんでした。

 人々のこころが荒れているせいで、わるい魔女の話をおもいだしただけだと考えたからです。それに、魔女の話がでることで、王子の呪いが成就することもおそれました。

 王子は正しく育ちました。見目うるわしい、立派な青年です。千年の呪いさえなければ、国を任せるにたる人物といえたでしょう。

 魔女の呪いに触れさえしなければ、王子が呪いに染まることもないはずです。

 しかし、それから数日の後、町の長がやってきました。ついに魔女が姿をあらわしたというのです。おとぎ話に出てくる姿ではなく、ふつうのむすめのような姿をしているせいで、誰も魔女とは気づかなかったといいます。

「魔女めがいいました。呪いを解くことができるのは、王子だけであると」

「王子が呪いを解くというのか」

「そうでございます。あの魔女めがいうには、王子こそが、呪いを解く唯一の鍵であり、王子しか己を殺すことはできぬというのです」

「なんと。王子は国を滅ぼすのではなく、王子によって魔女が滅びるということか」

「あのおそろしい魔女を、どうかなんとかしてくださいませ」

「よくぞ魔女を捕えてくれた。これで国は救われる。千年の呪いからついに解放されるのだ」



 呪いの王子は、わるい魔女の呪いに打ち勝つ存在である。

 そのことは、国中に知れわたりました。

 人々はみな喜びました。

 あのおそろしい魔女の呪いが、ついに解かれるのです。たくさんの人が死んでしまった病も、これできっとおさまることでしょう。

 王さまと王妃さまは、王子が正しいこころを持ったことをうれしくおもいました。そう育てたことは、やはり国のためによいことだったのです。


 ああ、よくぞあなたは王子として生まれました。わたくしの子が魔女を滅ぼしてくれるなんて、すばらしい。


 ああ、よくぞおまえは王子として生まれた。わたしの子が、この国を千年の呪いから救うなんて、すばらしい。



 王子はよろこびの声をききながら、胸のなかがざわざわとするのを感じていました。

 みんなが自分を「呪いを解放する王子」とよびます。「滅びを止める王子」とよびます。「魔女を殺し、国を救う王子」だと称賛します。

 けれど、誰も王子の名前はよばないのです。

 誰も王子の名前は知らないのです。

 呪いは反転したけれど、なにもかわってはいませんでした。


 どうしてだろう、ティー。ぼくはちっともうれしくないんだ。魔女を殺せば、なにかが変わるだろうか。


 こころに住むティーは笑っています。

 なにも答えてくれません。


 ああ、ティー。システィーナ。

 きみだけがぼくの名前をよんでくれた。きみだけがぼくを知っている。


 エセルとよぶ少女の声だけが、王子の支えでした。

 システィーナは王子の友達でした。

 だいじなだいじな友達でした。


 すべてが終わったら、魔女を殺したら、国中をまわって君を探しにいく。

 世界の果てだってかまわない。

 ああ、ぼくはずっと、きみに会いたいんだ。



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