第145話 税

ドラゴンを支配下に置いたとは言え、そのまま城につれて帰れるはずもなく、森の中に放置するしかなかった。まぁ、仮に城に留めおいたとしても食費が馬鹿にならないはずだから、この判断が間違っているとは思わない。そして予想通りと言うか、ドラゴン一匹を支配しただけでアンジュの許容量はいっぱいになってしまった。ゴブリンなどを使役して多数の目を持つ利点はなくなったが、その分圧倒的な戦闘力を手に入れたので問題ないだろう。




「運が良いのか悪いのか、判断に迷うね」


「運が良いんだろ。ドラゴンが手に入ったんだぞ?」


「それもそうだね」




手ぶらで帰ってきた俺達を出迎えたケニスは、事の経緯を聞いた途端そう言って苦笑を浮かべた。しかし、本当は運がなかったんだと思い知らされる事態が間近に迫っていた事に、この時の俺達は気がついていなかった。




ドラゴンを手中に収め、爆弾の量産も順調。兵の訓練も予定通り進んでいるし、領地の再開発も手をつけ始めている。この調子でいけば二年もすれば他の領地を圧倒できるだけの戦力が手に入るはず。順調すぎる状況に浮かれていた俺だったが、ある日突然訪れた一人の使者の言葉に冷水をぶっかけられることになる。




「金貨一万枚。もちろん全て金貨でなく、一万枚相当の物資でも構わん。それを今月中に献上せよとの魔王様のお達しだ」




魔王の使者を名乗る魔族が城を訪れ、藪から棒にそう言った。魔王直属の配下だけあって、なかなかに力のありそうな魔族だったが、この程度なら俺の仲間にもいるので脅威にはならない。しかし問題はその魔族が伝えてきた内容だ。税を払え――この魔族領は弱肉強食が許されている土地だが、唯一絶対的な決まりがある。それが魔王に対する税の支払いだ。




地方の小領地を預かる魔族であろうと、大領地をまとめ上げる魔族であろうと、その規模に応じて、一年に一回相応の税が要求される。それが今回求められた金貨一万枚だった。




「魔王城へ献上する手間を考えれば実質半月あるかないかだが、遅延は一切認められん。破った場合は武力討伐もあり得るので注意するように」




それだけ言って使者はさっさと城を後にした。他にも色々と回るところがあるらしい。しかし俺達はそれどころではない。今の領地の経済状況から考えて、金貨一万枚など支払えるわけがない。耕作地や商業地、川の堤防や魔物に対する備えを行うため、各地に金をばらまいているのだから。貯金どころかむしろ借金。マシェンド同盟のセイス達に金を用立てさせて、それでなんとかやりくりしている状況だから。




「参ったなこれは……」


「うっかりしてたよ。僕もここまで急激に領地が広くなるとは予想してなかったからね。今年は何とかなると楽観してたんだ」


「嘆いても仕方ありません。問題はここからどうするのかです。現魔王は一切の妥協を認めない人物というもっぱらの噂。こちらの支払いが遅れれば、本当に武力討伐の対象にされかねません」




今や領地の首脳陣と言って良い連中が集まる会議で、ケニスとシオンが言う。




「今更領民に金を返せとは言えないよな」


「当然だろう。そんな事をすれば、ケイオスに対する求心力など霧散してしまう。最悪の場合は暴動や再反乱が起きる可能性だってある」




腕組みするハグリーと苦い表情のリーシュ。彼等二人の言ったことは全員の共通認識だろう。俺がこの領地を手に入れた時、逆らうものは武力で鎮圧した。表面上はこれで誰もが俺に服従した形だが、内心そうでないのは明らかだ。なぜなら俺は、今の所彼等に利益を何も与えていない。税を搾取するだけの存在など指示されるはずがない。ならどうすれば良いのか? 答えは簡単。鞭だけでなく、飴を与えれば良いのだ。




一旦彼等から徴収したものを、必要なところに必要なだけ再分配する。場合によっては納めた税より上乗せして――他の領地では行われていない人族の領域でのやり方を、この魔族領で初めて導入した結果、予想以上に効果があった。まず領民のやる気が違う。今まで死んだ魚のような目をして働いていた連中が、稼げば稼ぐだけ自分達にも利益があると教えられた途端、熱心に仕事をするようになった。




そんな彼等から再び金を取り上げるとどうなるかなど、子供でも簡単に予想できる。




「セイス達から金は借りられないのでしょうか?」


「流石に無理だろう。奴等も自分の街を運営していかなきゃならないからな。こっちに金を渡しすぎて奴等が解任でもされたら目も当てられん」




シーリの問いかけに俺は首を振る。散々苦労して議員を支配下に収めたんだ。また振り出しに戻るのは勘弁してもらいたい。




「なら……方法は一つしか残されていないね」


「と、言うと?」




ピンと指を立てたケニスに、イクスが不安そうな目を向ける。その時点でろくでもない事を考えていそうだと思った俺の予感は、残念ながら見事に的中した。




「魔王を迎え撃つ――と言いたいところだけど、流石にこの戦力で魔族領全てを相手にするのは厳しい。だから奪ってこようじゃないか。近くの領地から金だけを」




要するに強盗や盗賊の真似事をやろうというのだ。何の捻りもない、ただ武力を使った解決策に、俺は頭を抱えたくなった。


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