第110話 空間転移

リンが起こした騒動の後始末のためピエスはそのまま自分の街に滞在することになり、俺達も疲れをねぎらうと言う名目で彼の屋敷に滞在する事になった。リンは罰として奴隷の身分に落としたとピエスの配下に伝えられているので、彼等がリンが身につけている首輪を不自然に思う事はなかった。当の本人は未だに納得いっていない様子で、暴れたり喚いたりはしないものの、俺を睨み付けるのを止めようとはしなかった。精一杯の抵抗ってところだろう。




ピエスを仲間に引き入れた事で、このマシェンド同盟における議員五人の内二人が俺の言いなりとなり、残るは三人のみ。その三人はピエスと懇意にしているらしく、誘い出すのは簡単だと本人が言っていた。俺としては順番に仲間に引き入れて全て支配下に置いてしまおうと考えていたんだが、ピエスの話によると、必ずしもその必要はないらしい。




「このマシェンド同盟における意思決定は我々五人の議員によってなされますが、議論が紛糾した場合は最終的に多数決で決を採るのです。つまり、今回ケイオス様の望む大森林への立ち入り禁止令を通したいのなら、あと一人の議員をケイオス様の配下に加えるだけで済むのです」


「一人だけか……しかし――」


「もちろん将来的には全員を味方にした方が何かと都合が良いでしょう。しかしサイエンティアの軍が再び侵入してくる前に立ち入り禁止令を布告したいなら、悠長に味方を増やしている場合ではないかと」




ピエスの言葉にしばし黙考する。確かに彼の言うとおり、今の俺達にはあまり時間が残されていない。撃退したサイエンティアの連中が再び数を揃えて大森林まで来るのは、速くて二ヶ月ほどかかるだろうか。既にピエスを仲間にするだけで一週間以上使っているわけだし、そこから更に議員を味方にした上で会議を開き、そして布告を発して実行に移すとなると、期間的にギリギリになりそうだ。後味方に引き入れるのを後回しにした議員達が今回の事を不審に思って何か良からぬ動きをしそうだが、この状況では仕方がないと諦めよう。




「……わかった。ならピエスは残りの三人の内、一番速く接触できる一人を誘い出してくれ。それと同時に睡眠薬や酒の準備も頼んだぞ」


「おまかせを。それまでこの街でゆっくりとお過ごしください」




そう言うピエスに与えられたのは、彼が来客用にと用意してあった小さめの屋敷だ。街中にあるため交通の便も良く、ちょっとした買い物にも困らない立地だ。小さめの屋敷と言っても大きさだけで、こぢんまりとした美しい庭や、センスの良い調度品などでまとまった見事な屋敷だった。そこに俺達賞金稼ぎに加えて、新たに仲間になったリンと一緒に滞在する事なったのだ。




リンはピエスと共に居たかったようだが、いくら奴隷になったからと言って一度反乱騒ぎを起こした女を側に仕えさせるのは周りが納得しないだろう――と言う理由で俺達と行動する事になった。




「さて、リン。お前には教えて貰わなくてはならない事がある」


「……なんだ?」




いちいち逆らって窒息するのも馬鹿らしいのか、つっけんどんな態度ではあるが素直に返事をするリン。




「お前が使っていたスキル『空間転移』の詳しい使い方を教えて貰おうと思ってな」


「…………」




俺がスキルを吸収できるのを身をもって学習した彼女は、自分の慣れ親しんだスキルを奪われた事に一瞬悔しそうにしたものの、素直に教える気になったようだ。




「逃げる地点を決める方法は、まずその場所に自分で足を運んで頭の中に風景を焼き付けておく必要がある。やりようによっては頭の中で思い浮かべた場所全てに行けるはずだが、細部まで思い浮かべる必要があるので、実際には自分が慣れ親しんだ場所に跳ぶのが精一杯だろう。それに、失敗すると自分の意図しない場所に移動する事になるし、二度と戻れない危険な地域に迷い込む可能性もある。だから避難場所は最初から一つと定めておいた方が無難だな」




どこにでも移動できるならこれ以上ないほど便利なスキルなんだが、世の中そんな甘くないようだ。俺が慣れ親しんだ場所と言うなら生まれ育った村が最初に思い浮かぶが、あそこに今更用はないし、戻りたいとも思わない。なら何処にするのが一番便利だろうか? やはり本来の拠点である大森林の開拓村か、セイスかピエスが治める街が良いはずだ。




街中に移動するなら特に危険は無さそうだし安全に見えるが、心情的に何か納得いかないものがある。やはりここは自分が拠点と定めた開拓村にしておくのが良いだろう。




「それで、スキルの使い方は?」


「全身から力を放出するイメージを浮かべて精神を集中させると、段々意識が遠のいてくる。それに逆らわずに使い続けろ。気がついたら移動しているはずだ」




思ったより簡単に移動できるようだ。後は実際試してみたいところだが、生憎と次の議員との顔合わせが近いので時間的に厳しい。スキルを試すのはそれが終わってからになりそうだ。




まあいい。今は一旦スキルの事を忘れて、議員に集中するとしよう。

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