第87話 南西へ

「ケイオス様、出発の準備が整いました」


「わかった。じゃあ行こうか」




ルナールにスキルを譲渡してから一週間ほどがたち、俺達一行は新たにシオンを加えて魔族領の南西へと旅立つ事になった。と言っても傭兵団を構成している面子全員でゾロゾロと移動する気は無く、今回は俺、リーシュ、シオン、シーリ、ルナールの五人だけだ。イクスは既に火薬を作るために材料の増産に取りかかっているので動けず、他の面子は彼女の護衛をしつつ開拓の手伝いをしてもらう。魔族や奴隷達がイクスにちょっかいを出すとも思えないが、念には念だ。たとえこの開拓地を失ったとしても、彼女だけは守り抜かねばならない。




騎乗した俺達と荷物を載せたペガサスは、その重さを少しも感じさせること無くフワリと浮き上がり、グングン高度を上げていく。そして眼下の開拓村が少し小さくなり始めた頃、滑るように大空を移動し始めた。先頭を行くのはリーシュで、その左右に俺やシオンが続く。




「最初に訪れる街までどれぐらいかかるんだ!?」


「馬なら三日! このペガサスなら一日で着くはずです!」




風の音に負けないように大声で問いかける俺の声に、シオンが負けじと大声で返してくる。彼女は育ちの良い魔族だけあってペガサスの騎乗経験があるらしく、少しも怖がる様子が無い。彼女の立てた計画によると、目的地である南西の火山地帯まで行くのに計六回ほど街を経由するらしい。他の魔族の支配地域に入ることになるので、くれぐれも油断しないでくれとの事だ。




魔族領の多くは独自に勢力を築いている魔族が統治しており、そこにはその土地独自の税や法が定められていることがある。中にはハーフや人間と言うだけで攻撃対象になる土地もあるだろう。そのために、今回の視察は思った以上に危険な旅になりそうだった。




中継地点である最初の街と、その次の街までは何の問題も無く滞在できた。しかし、三つめに訪れた街で問題が発生した。案の定というか何というか、ハーフである俺と人族であるシーリの存在が問題視されたのだ。




「滞在出来ないというなら、せめて補給だけでもさせてくれないか?」


「駄目だ駄目だ! とにかく、この街では人族とハーフ、それに関わる者達の立ち入りは認められない! ここの領主様がそう決めているのだ!」




俺達の中で唯一純粋な魔族であるシオンが交渉しようとしても取り付く島もない。粘ってはみたものの、結局俺達は街に入るどころか補給すらままならなかった。




「まずいな。このままじゃ次の街まで食料が持たないぞ」




馬車ならともかく、ペガサスに乗せることが出来る荷物などたかが知れている。なにせ大きな翼が災いして、人の背中に荷物を括り付けるぐらいしか出来ないのだ。どうしたものかと悩んでいると、難しい顔で黙り込んでいたシオンが口を開いた。




「……ケイオス様、私に補給の心当たりがあります。上手くいけばそこで当面の物資を手に入れることが出来るかも知れません」


「本当か? ……にしてはなんか嫌そうな顔してるな。何か理由があるのか?」


「実は、私の古い知り合いでして。変わり者なのであまり関わり合いになりたくないのです」




そう言って、何か忌ま忌ましい過去でも思い出したかのように頭を振るシオン。このシオンに変わり者呼ばわりされるなんて、相当変人に違いない。嫌な予感がするが、他に当ても無いので選択の余地は無かった。シオンの知り合いは街から少し離れた場所にある山中に居を構えているらしく、山一つ丸ごとがそいつの支配下になっているんだとか。


徒歩や馬なら時間のかかる行程でもペガサスなら話は別で、俺達は一時間ほどで目的地へと到着していた。




鬱蒼と生い茂る木々の間に静かに佇む大きな屋敷。壁には蔦が張り付いていて、あまり整備されているようには見えない。庭に家庭菜園があるので無人と言うわけでは無いんだろうが、全体的に人の気配の感じられない寂れた雰囲気の屋敷だった。




戸惑う俺達の中から一人進み出たシオンがドアに備え付けられているノッカーをガンガンと力を込めて叩く。するとしばらくして、中からバタバタという足音が聞こえてきた。




「はいはい、今出ますよー」




どこか間延びした声がして、内側からドアが勢いよく開けられる。するとそこにはほっそりした体型の、魔族の男が立っていた。見た感じ二十代後半ぐらいか、どこかのんびりとした雰囲気は故郷の村に居たワイズを思い出させる。




「おや、シオンじゃないか。随分久しぶりだね。君が私を訪ねてくるなんて珍しい。明日は槍でも降るんじゃないか?」


「こちらとしても出来ることなら貴様の顔は見たくなかったがな。久しぶりだなケニス」




軽口をたたき合う二人を俺は意外な心境で眺めていた。シオンのように基本他人を見下しているような女と友達付き合いの出来る奴がいるとは思わなかったのだ。ケニスと呼ばれたその男は、シオンの後ろに立つ俺達に興味深げな視線を向けてきた。




「なにか理由があるらしいね。せっかく来てくれたんだ。お茶ぐらいご馳走するよ」




そう言ってさっさと中に引っ込むケニス。どうしたものかと顔を見合わせる俺達だったが、シオンが遠慮なく中に入ったので置いて行かれないように後に続いた。さて、ちゃんと補給は受けられるんだろうか?

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