第81話 森を後に

「それにしても助かったぞシーリ。お前が来なかったらどうなっていたか」


「恐れ入ります。ですが一つ言わせていただければ、私もラウの協力がなければ上手く抜け出せなかったのですよ」


「ほう?」




俺と一緒に小屋まで連行されたシーリとラウは、俺がいなくなってしばらくすると行動を開始したそうだ。まず二人いた見張りのエルフを便所に行きたいと言ってラウが引き離し、一人残った見張りをシーリが背後から忍び寄って仕留める。そして何も知らずに帰ってきた最初の見張りを、二人がかりであっさり始末したというわけだ。その後は小屋に死体を押し込め、シーリが俺を救出するために木のうろの中へと入っていき、今に至る。




「なるほど、ラウがねぇ……」




この森に入ってきた時も俺達を庇っていた事を思い出す。その行動はハーフである俺を毛嫌いし、やることなすこと反発していたラウと同一人物とはとても思えない。一体あいつの中でどんな心変わりがあったのだろうか? 疑問に思って直接聞こうと思ったが当の本人の姿がなかった。キョロキョロと見回してみても近くに居ないようだ。ひょっとしてどさくさに紛れて逃げたのだろうか?




「ラウはどこに行ったんだ?」


「ラウならリーシュ達と一緒にペガサスを回収しに行きましたよ。さっきの戦闘も木の陰からエルフ達を狙撃していましたし、なかなか見どころのある奴です」




感心感心とうんうん頷いているシーリ。俺の役に立つ人材かそうでないかが彼女の判断基準なのだろう。そうこうしている内にペガサスを回収しに行った連中がどこからともなく戻ってきた。そして他のメンツがエルフ達の住処から失敬してきた食料や水をその背にくくりつけている。多少乗りにくくはなるだろうが、これで当分補給の心配はいらなくなるはずだ。俺が特に指示しなくてもテキパキと行動してくれるその姿は実に頼もしい。




「ケイオス。生き残ったエルフ達は森の外まで逃げて行ったみたいだ。当分戻ってこないだろう」


「よし、じゃあ今の内にさっさとこの森を離れるぞ。また連中が襲ってこないとも限らんからな」




上空から偵察したリーシュが言うなら間違いない。しかし連中が逃げた先で体勢を立て直し、反撃に出てくる可能性もあるため、あまりゆっくりもしていられなかった。俺達は急いでペガサスに騎乗し、一気に空へと舞い上がり始める。流石に二度目ともなると声を上げる者もおらず、それほど時間をかけることなく今飛び立った森を遥か下に見下ろす高度まで到達した。




「やれやれ、なんとか無事に抜け出せたか。一時はどうなるかと思ったぜ。それよりリーシュ! これからどこまで飛ぶんだ!?」


「食料は一週間分ほど持つ! 三、四日飛び続ければエスクード領に入るだろうから、それから街か村を探す! エルフ達の家からある程度の金は奪ってあるから心配するな!」




いつの間に……食料だけかと思ったらチャッカリしてるな。




そして再び空の住人となった俺達一行は遮るものの無い大空を順調に飛行し続け、ホラリスを脱することに成功した。今のところサイエンティアの追手らしき存在は確認されていない。楽観的に考えるのは良くないとは思うが、ひょっとしたら俺達は爆破とは無関係に思われているんじゃないだろうか? イクスにしても、研究施設が半壊している状態では生死不明だろうし、裏切って逃げたと確信が持てないのかもしれない。




「そうなら後が楽なんだが……油断しないほうがいいか」




俺の独り言を耳にしたのか、隣を飛んでいるラウが怪訝な表情を浮かべている。サイエンティアも気になるが、このラウの事も未だにどうしたものか扱いに困っているのが現状だ。以前のラウならあのままエルフ達の集落に捨てていってもなんとも思わなかった。しかし、仮にも彼女は一度俺達全員の命を救っているのだし、無碍に扱うわけにもいかない。それにラウ自身も最近は少しずつではあるが仲間と打ち解けてきている上、俺に対する物腰も柔らかくなってきた。このまま拠点に帰った時、当初の予定通り売り払うかどうするかを改めて考え無くてはならない。一度本人と話をする必要があるな。




ホラリスを無事に抜けた俺達は、エスクードの領内へと侵入していた。エスクードは商業国家マシェンド同盟と同じく魔族領に隣接しているため、他の国より軍の規模が大きく、領内の警備も厳しいと聞く。しかしそれは主に国の東側だけで、リムニ湖に面した西側はそれほどでもない。そういった訳で、俺達のように空から侵入した者達は誰に見咎められることもなかった。




その日の夜、人目を避けて野営をすることにした俺達は、思い思いに座り込んで焚き火を囲んでいた。火を使うと目立つし、追手がいたなら見つかる危険もあったものの、魔物に奇襲されるよりマシなので使わざるを得ない。このまま行けばエスクードを横断して拠点に帰るのも時間の問題だ。ちょうどいい機会だと思い、談笑するリーシュやイクス達から離れて静かに食事を摂っていたラウに話しかけてみることにした。




薄い塩味がするだけの淹れたばかりのスープを二人分持ち、ゆっくりとラウの隣に腰掛ける。さて、彼女は何が理由で心変わりをしたのか、確かめるとしよう。

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