第66話 ガレー船

「お初にお目にかかる。私はこの船の船長を務めるサーフだ」


「イグレシア商会のライオネルです。助けていただき、ありがとうございました」


「なんの、無法者を駆逐するのは我等の務め。礼を言われるほどの事ではない」




沈みかけの船からガレー船に乗り移った俺達を出迎えてくれたのは、ぴっちりとした軍服に身を包み、腰に剣を差した髭面の厳つい男だった。身長は二メートル近くあるだろうか? ハグリーほどではないが、なかなか筋肉質な男だ。サーフと言う名のその男と、こちらの代表であるライオネルが挨拶もそこそこに、今後の方針の相談を始めていた。会話の内容は聞き取れないものの、恐らくこのまま目的地であるラビリントに向かう事になるのだろう。




「なんとか間に合ったようだなケイオス」


「リーシュ、助かったぞ。半分諦めかけてたところだったからな。それにしても、運よく軍船が見つかったもんだ」


「ああ、それは私が見つけたと言うより、相手が探していただけなんだ」




――リーシュの話によると、彼女達が船を飛び立ち西に向かっていくらも行かない内に、このガレー船団を見つけたそうだ。敵の可能性も捨てきれないので近づくかどうか迷っている内に、リーシュにしがみついていたイクスが甲板の上でしきりに旗を振っている人影に気がついた。それをよく見るとこちらに向けて送る手旗信号だったとか。リーシュ自身は覚えていなかったものの、イクスが暇つぶしにいくつかの信号を覚えていたので、それらが味方だとわかったそうだ。船に降り立ったリーシュ達を保護したサーフの話では、この船は到着予定時刻を過ぎてもなかなか現れないイグレシア商会の船を探していた途中だと言うではないか。これ幸いと俺達が襲われていると思われる地点をリーシュ達が報告し、俺達は全滅を免れたと言う訳だった。




「船足もかなりの物だったからな。予想以上に速く駆けつける事が出来た」


「二人だけになった時は凄く不安だったけどね」




安全を確保できたことでイクスも普段の元気を取り戻している。彼女は何度も危ない目に遭っていたから、戦闘中は生きた心地がしなかったんだろう。




「ファウダーさん」




その時、サーフとの相談が終わったらしいライオネルがこちらにやって来た。ちなみに、彼の部下である船員達は怪我が酷いので船内にある医務室に運ばれている。




「このままこの船は我々の目的地であるラビリントに向かってくれるようです。ファウダーさんとの契約ではラビリントとの往復になっているので、商会の船が到着するまでは我々と共に街に滞在してもらう事になります。一応確認しておきますが、それで問題ありませんよね?」


「ええ、もちろん。今更放り出す気はありませんよ」




ここまで来たら依頼は達成したも同然。俺達が居なくともイクスの身はラビリントの駐留軍が全力で守るだろうし、イクスの乗っていない帰りの船を襲ってくる敵も居ないはずだ。後は街に戻って報酬を受け取るだけなのだが、ラビリントに滞在している間に調べておきたい事もあるしな。




「よかった。ラビリントにも我が商会の支店はありますから、それほど日数はかけずに船は用意できると思いますよ」




こちらとしては秘密兵器が何なのか判明するまで街を離れたくない。仮に船がすぐ見つかっても、なんだかんだと理由をつけてしばらくこの街に滞在するよう動くべきだろう。契約破棄された場合の罰金は痛いが、今は火の粉の秘密を握る事がなりよりも優先される。笑顔を浮かべるライオネルに愛想笑いを返しながら、密かにそう決意した。




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ガレー船と言うのは独特な動きをする船のようだ。帆船の様にゆったりとした加速ではなく、何か巨大な力に背中を蹴とばされたように前進する。背後にあった燃え上がる船の残骸はあっと言う間に見えなくなり、その代わり、視界の先には陸地にある街の影が見えてきた。




「加速は凄いけど、旋回力が悪いですね」


「そうですね。その上喫水が低いので波には弱そうです。それに速度を維持させるために櫂の漕ぎ手を大量に確保しなくちゃいけない。人が増えると言う事は積荷も多く積めないので、あまり長期間航行できる船ではありませんよ」




初めて乗るガレー船の動きに俺達全員が興味津々だ。ライオネルなど生粋の船乗りでもガレー船に乗る機会はほとんど無いらしく、彼は船上のあらゆる所を興味深げに眺めていた。ガレーと言う船種は今ライオネルが言ったように、基本的に港の近海で使用する事を目的とした船らしい。漕ぎ手が疲れれば交代させて速度を維持し、敵の船に接舷して切り込む為の船だ。甲板の上には攻城兵器の流用だと思われる巨大なバリスタがいくつも並び、船縁には備え付けられた弓矢や投石機まで用意されている。正に戦うために生まれた船だ。




「これは外洋では使えませんね」


「外洋では当分帆船が主力のままですよ。新しい兵器でも生み出されれば戦の形も変わるでしょうけど」




暗に火の粉の事を言っているのだろう。未だどのような兵器でどう言った使い方を予定されるのか予想もつかないが、確かに完成すれば今までの戦いを一変させる予感がある。




そんな事をライオネルと話している内に、船はあっと言う間に港に辿り着いた。色々あってとんでもなく長く感じた航海もやっと半分が終わり、久しぶりに陸地に上がれる。俺は何よりもその事実が嬉しかった。

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