第25話 ハグリー

その男の名はハグリーと言った。彼は熊族の獣人であり、熊族は他の獣人と比べて力が強いので戦いに向いた種族との事だ。奴隷商から街の中心部へと移動した俺達は、腹が減ったと主張するハグリーの食欲を満たす為通りにある定食屋へと足を運ぶ。少し薄汚れてはいるが看板に書かれていた料金表は他より安めなので、ただ大量に食べるには持って来いの店だろう。




注文を取りに来た女中に取りあえず定食を五人前注文する。俺とリーシュは一人前ずつで良いが、ハグリーの体形からして残りの三人前ぐらい余裕で食べられると判断したから予め多めに注文しておいた。食事が運ばれて来た途端貪るように食べ始めるハグリーの食べ方に少々げんなりしながら、俺とリーシュも自分の分の料理を口に運ぶ。食べ始めたのはほぼ同時だったと言うのに、食べ終わったのはハグリーの方が少し早かった。




「ふう。食った食った! 久しぶりにまともな物が食えたぜ」




俺達に対する遠慮など欠片も無い態度でハグリーは椅子の上でふんぞり返る。その態度に少し思う所はあったが、初対面の時から喧嘩しても仕方がないと思い努めて無視した。コップの水を一気飲みして盛大に息を吐くハグリーを見つめ、俺は彼の身の上を知るために質問する事にした。




「お前が奴隷に落ちた経緯を聞かせてくれるか?」




俺の言葉にハグリーはギロリと鋭い視線を向けてきた。気圧されてたまるかとばかりに腹に力を籠めてこちらも睨み返すと、奴は俺の目を睨み付けたままドスの聞いた声で口を開く。




「おい、俺は舐められるのが嫌いだ。主人ならともかく、なんで下男なんぞに偉そうに指図されなきゃならんのだ。口の利き方に気をつけんと怪我するぞ小僧」


「ぶはっ!」




ハグリーの言葉にリーシュが噴き出す。俺が忌々しそうに睨み付けるのも構わずに、リーシュは腹を抱えて一人爆笑していた。俺が下男に間違えられたのがよっぽど面白かったのだろう。人の所持金のほとんどを使って立派な装備を整えた影響がこんな所で出てきたと言う訳だ。




「俺は下男じゃない。そっちのリーシュはお前と同じ俺の奴隷だ! そっちこそ口の利き方に気をつけろ!」


「え……マジかよ。なんで奴隷の方が身なりがいいんだ?」


「こいつが俺の金を遠慮なく使ったからこうなったんだ。それより、お前の話だ。なぜ奴隷に落ちたのか説明しろ」




目を丸くしていたハグリーだったが、俺が嘘をついている訳では無いとわかると大人しく自分の過去を話し始めた。それによると、随分情けない事に無銭飲食が原因だったらしい。前日に飲んだくれて酒場で散財したのを忘れ、二日酔いで痛む頭で大量に昼食を食べた後、財布が無い事に気がついたんだとか。そこで素直に謝って働いて返すか後で金を持ってくるかすれば結果は変わったんだろうが、なんとハグリーは事情を聞きに来た警備兵の態度が気に入らないと言う理由で相手を殴り倒したそうだ。もちろんそんな事をしてタダで済む筈がなく、大乱闘のあげくに捕縛された彼は奴隷の烙印を押される事になったらしい。




「俺も悪かったけどよ、偉そうに言われてついカッとなっちまってな。馬鹿な事したもんだ」


「そりゃタダ飯食ったら怒られるに決まってるだろうが……」




腕っぷしが強いのはわかったが、お頭の方は随分と弱い奴らしい。これは注意して見ておかないと余計なトラブルのもとになるだろう。だが流石にずっと張り付いている訳にもいかないし、ここは主人である特権を使わせてもらうとしよう。




ハグリーを買った時に奴隷商に教えてもらった事なのだが、主人は奴隷に対して絶対命令権があるようだ。奴隷は基本的に主人の命令には逆らえない。逆らったり逃亡しようとすると首輪が閉まって窒息死する事になる。だが命令されないときはわりと自由行動が出来てしまうので、それを防ぐために三つだけ下せる絶対命令権がある。それは命令と言うより呪いと言った方がしっくりくる物で、主人の目の届かない場所でも奴隷の行動を制限できるらしい。使い方は簡単、首輪に手を当てて命令を口にするだけだ。




「問題を起こされたらたまらんからな。お前の行動は制限しておくぞ」


「おいおい……奴隷だからある程度覚悟はしてるけど、あまりキツイ命令は勘弁してくれよ」




嫌そうな顔で文句を言うハグリーを無視し、俺は首輪に手を添えて意識を集中させる。下す命令は二つ。一つは当たり前の内容で問題なくても、もう一つはこの男にとって死活問題になりかねない内容だった。




「命令する。仲間を傷つけるな。あと、一人で飲食するな。以上だ」




俺の言葉にハグリーの首輪が反応し、一瞬だけ光を放つ。どうやら絶対命令権は上手く発動してくれたようだ。これでこの男が再び無銭飲食をする心配は無くなっただろう。誰かが監視していればタダ飯食ったり出来なくなるはずだからな。




「おいおい! 一人でメシ食えないって、子供じゃないんだぞ!」


「うるさい。当分はそのままだ。お前がちゃんと更生したのがわかったら命令を解除してやる。それまでは我慢しろ」


「勘弁してくれ……」




頭を抱えるハグリーを連れて、俺達は飲食店を後にした。次はこいつの装備を整えなければならない。この男の実力がどの程度の物なのか、早く見てみたいからな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る