第20話 心の奥を突き動かすもの

「それでさぁ、宇宙人とはうまくいってるの?」


 たわいのない会話を続けていたところで、思い出したかのように真虎さんが話題を投げかけた。いや、忘れようとしていたのは僕の方で、真虎さんはずっと今か今かと口に出すチャンスをずっと伺っていたのかもしれない。


「うまくいくも何も相手は自称宇宙人だぞ?ただいるだけ、話も聞かずにただいるだけさ」


 これでおしまい、と話題を流そうとするも間髪入れずに真虎さんが返してくる。


「それもはや幽霊なんじゃないか?」

「違う、いるんだよ本当に。触れるんだ」

「うーん、すごーく気になるな、その子。ただの頭のおかしい人って感じじゃないな」

 頭のおかしい人と言う時点でただものではないとは思うが、恐らく巷で散見される精神疾患の可能性ではないということなのだろう。

 手元のグラスを一点に見つめ、少し考える素振りを見せた真虎さんは再び口を開く。

「でも君はその子と現在同棲している」


 ギクリと痛いところを突かれたように僕は体を一瞬硬直させた。


「それが事実だ」

「……ああ……そうだけどさ、だってあいつはテコでも動かないんだぜ?放っておくのが一番というか……堅実だろ?」

「それってちゃんと君が彼女の愛を受け入れてる証拠じゃないか」

「ちょっと!真虎さんまで野村大先生と同じこと言うのか?ありえない!そう言ってるだろ!」

「いやぁ、そうじゃないと嫌いな者を家に住まわせてる君の感情が理解できないよ」

「だからそうするしか方法がないんだよ!第一あいつは最初に脅迫まがいなことをして……」


 そうだ、あいつは「人間じゃない」かもしれない。初日の朝、今日の昼間起きたことを思い出し背筋が凍る。


「脅迫って……大丈夫か?なら警察に相談した方がいいのでは……」


 脅迫というワードに反応したのか、一変しておろおろと心配する真虎さんをよそに、僕は頭の中で考えを整理していた。

 僕がヤツ……七瀬麻里を家に住まわせる理由は何だ?今日一日散々な目にもあったのに追い出すという考えすら浮かばなかった。もちろん愛という馬鹿げた答えは論外として、最初は恐怖を感じ、同時に知的好奇心が湧いたからだったはずだ。ただずっといるとなると鬱陶しくなった。元々嫌いな存在だからだ。


「真虎さんが引き取ってくれるなら押し付けたいくらいだよ」

「え……?」

「でも……何だ……?」


 言葉に詰まる。

 だが、知りたいのだ。あいつは何者なのか、深く、ヤツの行動、真理を深掘りしていき、最後にたどり着くものは何か?それが知りたいのだ。あるのは飽くなき探究心、それだけだ。ああ、それだけだ。


「知りたいんだ。あくまで研究対象として」


 これが僕の答えだ。


 真虎さんはぽかんとした顔で、


「あぁ……そう……」


 とだけ言ってしばらく何も言わなかった。


「真虎さんが望む答えではないと思うが本当にそれだけなんだ」

「あぁ」


 気のない返事だけが返ってきた。

 しかし、あの野村大先生とかいうやつのせいで頭が混乱させられていた。結局のところ答えはシンプルなのだ。


 すっかり意気消沈といった感じで店内の遠くをぼーっと眺めている真虎さんとの空気に耐えられなくなった僕は次の言葉を考えていた。


「そうだ、真虎さんもその宇宙人のこと知りたくないか?共に研究しようじゃないか、共同研究!」


 気を良くするための半ば投げやりな提案であったが、思いの外反応は良く、真虎さんの目の色はガラッと変わった。


「いいね!じゃあ逐一僕に報告してくれよ、その宇宙人のこと」

「ああ」

「あとできれば実際に会ってみたいのだけど……無理言ってるか……」

「え?いいよ」

「いいの!?」

「ちゃんと僕があいつを制御できたらの話だが」

「ほんとうにそれは人の形をしているのかい?」


 真虎さんのこの異常なまでの食いつき、予想はしていたが、あいつに対しては特にすごい気がするなぁ……。

 ただ、共同研究を提案したのは何も真虎さんの機嫌取りのためじゃない。情報を得るには幅広い情報網が必要だ、真虎さんにはそれがある。彼にはヤツについて外側から調査してもらおう。僕は間近で観察し、内側から情報を吐き出させる。彼の探究心は執念深い。きっと必ず何か尻尾を掴めるはずだ。


「僕研究室入ったことないからさ、よくわかんないんだけど、研究の終わりってどこで終わるんだ?真虎さん的にはどう?」

「テーマによるけど今回の場合、宇宙人の考えてることをすべて理解した時かな?」

「考えの理解?テーマが曖昧なだけに求める答えも曖昧になるな」

「答えが出るよりも僕たちが死ぬのが先かもね」

「そこまで長期に渡るのかぁ……まぁ悪くもないか。そういう人生も」


 すると真虎さんは急にくすりと笑い、からかうような目で僕見た。


「なぁ……やっぱり比嘉くん、君って……本当に……『宇宙人』が大好きなんだね」

「ああ、大好きさ。『宇宙人』は」

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