第4話 強制勧誘
空気の張り詰めた教室。
困惑する周りの生徒たち。
そして彼らが見るのは、二人の生徒だった。
「あの……なんですか、先輩?」
俺の前に立つのは、先ほどの謎の文学少女こと、隠神刑部鉄火。
彼女は放課後になって早々、平然とした顔で俺のクラスに入ってきて、俺の席の前に堂々と立ち止まった。
彼女が入ってきた瞬間、騒がしかったクラスの生徒たちが一斉に静まりかえり、全員の視線がこちらを向いたのが分かった。
周りからは微かな緊張感まで感じられる。。
耳を澄ますと、
「なんであの人がここに……? てか、あいつ誰?」
「あの人が噂の……私、初めて見たかも……」
「き、綺麗……っ」
などの声が聞こえる。
聞いた限りでは、どうやら滑の言うとおり、隠神刑部鉄火は相当な有名人のようだ。
次いでに、俺がどれだけクラスメイトから忘れ去られた存在なのかも、よく分かった。
「行くわよ、百目鬼くん。ほら、早く鞄を持ちなさい」
「え、あ、ちょっと!」
先輩は俺の手を掴むと、早々に教室から引っ張り出された。。
助けを求めようにも、肝心の滑は、委員会の仕事があるとかで、早々にクラスを出て行ってしまっていたため、ここにはいない。
俺が出た瞬間、背後の教室からは騒ぎ声が聞こえ、後々のことを考え、思わず苦い顔になってしまう。
明日辺りにでも、色々と周りから何かを聞かれることを思うと、げっそりしてしまう。
対応がめんどくせぇ……。
俺と先輩はそのままクラス離れていき、ある程度まで歩いたところで、俺は足を止めた。
「ちょっと待ってくださいよ、先輩」
突然止まった俺に、先輩はゆっくりと顔をこちらに向けた。
手は今だに握られた状態だ。
「突然どうしたのよ? トイレにでも行きたくなったのかしら?」
「違いますよ。話せる場所まで来たから、立ち止まっただけです」
俺が黙って先輩に手を引かれて来たのは、誰もいない静かな場所まで来たかったからだ。
教室と、専用教室の間にあるこの通路ならあまり人も通らないからちょうどいい。
流石にクラスのど真ん中で、堂々と学校の高嶺の花と話す度胸は、俺にはないからな。
「先輩……隠神刑部先輩で合ってますか?」
「あら、私のことを知ってたのね、百目鬼君。素直に驚きだわ」
「いや、先輩はそれなりに有名なんでしょ? 友達から聞きました」
「それが驚きなのよ。まさか、百目鬼君にお友達がいたなんて」
「驚くとこそこかよッ!?」
会って早々に失礼すぎませんかね!?
聞いてた、『清楚で真面目』なイメージはどこへ投げ捨ててきた!?
「せっかく百目鬼君のお友達第一号になれると思ったのに、残念だわ。仕方ないから、ここは、先輩第一号の方で我慢するとしましょう」
「どんな判断基準だよ……」
大体、俺だって友達の一人や二人くらい…………滑がいるから、少なくともボッチではない。
「では、改めまして。私は劇場館高校二年の、
隠す神に、刑部狸の刑部。そして鉄火巻きの鉄火で、隠神刑部鉄火よ」
別に聞いてもいないのに、当てる漢字までやけに詳しく説明してきた。
そこまで丁寧な名乗り方、創作作品とかならともかく、現実なら初めて聞いたぞ。
「それで先輩。俺を引っ張り出して、一体どこに連れて行くつもりですか?」
「学生が放課後に行く場所なんて、部活動に決まってるでしょ。そんなことも分からないの? まったく困った後輩くんだこと」
「いや、俺、無所属なんですけど」
昼休みに垢嘗と話した通り、俺が所属している部活などない。
しかし、俺の抗議に対し、先輩は綺麗な真顔で、こう返してきた。
「知ってるわ。だからあなたは今日から文芸部よ。さあ、行きましょう。入部初日からサボられるなんて困るわ」
「待て待てぃ!! それは一体どういうことですか!?」
先輩は再び俺の手を引くも、足を踏ん張らせて、なんとか止める。
何故に文芸部?
意味が分からない。
「私が所属している部活だからよ。何か不満かしら?」
「訳も分からず、勝手に入部させられたら不満の一つくらい出てきますよ、普通……大体、入部届けすら出してないのに」
「垢嘗先生に話したら、泣いて喜んで代筆してくれたわよ」
「ちょっとあのクソ教師はっ倒してきます」
なに文章偽造してんだ、あの腰低教師は。
同情して損したわ。
「『クソ』だなんて、汚い言葉は使っちゃ駄目よ。百目鬼君」
「後、さっきからなんなんですか。その子供でも諭すような言い方は? 普通に嫌なんですけど?」
「男性は母性に飢えていると聞いたから、実行したまでよ。大丈夫? おっぱい揉む?」
「揉むったって……」
視点をしたに下ろし、先輩が手を置く胸を見るが……揉むほどの大きさもな――、
「それ以上考えたら、舌を切り落とすわよ」
「怖っ!?」
汚い言葉云々言っておいて、物騒だな!
丁寧に言ったらなんでもいいと思うなよ!?
「とにかく勝手に決めないでほしいって言ってるんです。先輩のそのやり方は、いくら何でも強引すぎますよ。大体どうしてそこまで俺を文芸部に入れたがるんですか……?」
「私にはあなたが必要だからよ、百目鬼君。理由なんてそれ以外ない」
先輩の目は、えらく真剣だった。
ように見えた。
「……なんすか、それ。全然説明になってませんよ」
「事情は部室で詳しく話すわ」
「だから、またそうやって勝手に――」
「それじゃあ百目鬼君は、入りたい部活とかはあるのかしら?」
先輩の言葉に、俺は言葉に詰まってしまう。
「確かに私の行動は、少々急ぎ過ぎたかもしれないわ。でも、この学校の生徒である以上、あなたは何かしらの部活に入らなくちゃいけないのよ。百目鬼君だって、分かっているんでしょ?」
「それは……そうですけど」
「勝手に入部させたことは謝るわ。あなたの意志を無視して軽率だった。
だから今日は体験入部という形で来てくれないかしら? 何も知らないまま判断するのは、ものすごく勿体ないと、私は思うの」
「うっ……」
『何も知らないまま判断する』という失敗を既にしている俺にとって、今の先輩の発言はストレートに効き、思わずうめいてしまう。
確かに俺は、文芸部のことなんて何も知らない。
あったこと自体、知らなかった。
だから、先輩の言った正論に俺は何も言い返すことが出来ず、結果俺は首を折った。
「はぁ……分かりました。だったら今日一日だけ、体験入部させてもらいますよ」
「ええ、歓迎するわ。きっと楽しいはずだから」
先輩は表情一つ変えずにそう言うと、再び俺の手を引いて歩き始めた。
だが、この時の俺はまだ分かっていなかったんだ。
彼女がどんなものを抱えて、俺を部に誘ったのかを――。
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