44 ラストスパート
ラストスパート
痛みが呪いとなり、それはやがて自分の体の内側から外側へ(世界へ)と呪いが溢れ出して、……人を襲う。みんなを不幸にする。
異変が起こったのは突然のことだった。
久美子たち三人は、信くん、久美子、さゆりちゃんの順番で御影川の真ん中で横転している、大きな水色のバスの上を橋の代わりに渡っていると、その途中で、いきなり、下にあるバスの割れた窓や開きっぱなしのドアのところから、数人の『闇闇(やみやみ)』があらわれて、三人の行く手を塞いだのだった。
その人の形をした(それは大人であったり、子供であったりした。大きさはそれぞれだった)闇闇は、確かに久美子には黒いもやもやとした(あのバスの運転手さんであるやみやみの闇川さんのように)異形なものとして見えたし、それは信くんにも、さゆりちゃんにも、あの闇川さんのときとは違って、(その理由はよくわからないままだったけど)久美子と同じように、黒いもやもやとした闇闇として映っているようだった。
「闇闇だ!! そこに闇闇がいるよ!」
久美子が叫んだ。
「わかってる!!」
信くんがバットを振りかぶりながら、そう返事をした。
信くんはそのまま先頭に立っていたのっそりと動きの遅い大人の闇闇の頭の部分を思いっきり、『バットで叩いた』。
どん!!
という強い音がした。それは黒いもやもやのガスのような塊なのに、なぜかとても『肉体的なもの』を叩いたような現実的(リアル)な音がした。
その信くんの遠慮のない、(そして戦うことに躊躇もなかった)一撃によって、その闇闇はその場にばたっと倒れこんだ。
「いくぞ!! 二人とも、俺に『全速力』でついてこい!!」
バットを握ったまま『後ろを振りかって』信くんが久美子とさゆりちゃんに言う。
「うん!!」
「わかった!!」
久美子とさゆりちゃんはそう返事をして、先頭を走る信くんのあとについてバスの上を全速力で駆け抜けていった。
闇闇たちは信くんの暴力的な行為を見て、ひるんだようで、信くんがバットを横に振りながら走ると、身を遠ざけるようにして、三人が通れるように道を開けた。
信くんはバスの最後尾のところまでたどり着くと、そこで体の向きをかえて、両手で木製のバットを握って(まるで本物の剣のようにして)それを構えて、久美子とさゆりちゃんがバスを渡りきるまで、闇闇と戦う姿勢を見せた。
その信くんの威嚇に闇闇は躊躇して、ある一定の範囲内にまで、闇闇は信くんのそばに近づいてはこなかった。
なので、久美子とさゆりちゃんはバスを渡りきることができた。
「二人とも渡ったな!」
バットを構えたまま、信くんが言う。
「うん!」
「渡った!」
そう二人が返事をすると、「よし」と言って、信くんは急いで、バスを降りて、二人の待っている河原のところまで走っていった。
三人は合流すると、そのまま御影川の土手を急いで上り始めた。
そのとき、ちょうど止んでいた雨がまた降り始めた。
……そして、その雨はすぐに大雨に変わって、周囲の風景を完全に雨の音と雫で覆い尽くし始めた。
ごごごご……。
と言う音が聞こえた。
土手の上まで上りきった久美子がその音のするほうを見ると、御影川の上流から、巨大な津波のような土砂の塊が、まるで巨大な怪物のように、御影川の下流に向かって、(つまり久美子たちがいるほうに向かって)押し寄せてくる風景が見えた。
久美子はその恐ろしい風景をして絶句した。
「なにしてる! 三島!! 早く行くぞ!!」
信くんに腕を引っ張られながら走り出した久美子は、それでもまだ、ずっと、その氾濫をした御影川の風景から、ずっと、目を逸らすことができなかった。
さっき久美子たちがわかった水色のバスはあっという間に、その上にいた、久美子たちを襲った闇闇たちと一緒に、その土砂に飲み込まれて消えてしまった。
久美子はそこで視線を戻して、……その場所から『全力で逃げることだけ』に集中をした。
「それでいい。辛いけど、悲しいけど、それでいいんだよ。久美子ちゃん」
そんな久美子に、さゆりちゃんが優しい声でそう言った。
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