39

 山間の御影町の中に吹く、風の音が聞こえた。

「どうして?」

 後ろを振り返って、信くんがいう。

「水たまりは危ない。切れた電線から、電気が通電しているかもしれない」

 さゆりちゃんは言った。

 その言葉を聞いて、「なるほど」と信くんは少しびっくりした表情をしてから、急いで水たまりから自分の履いているスニーカーを移動させた。(信くんは遊びのつもりだったのか、わざと水たまりの中に足を入れて、歩こうとしていたようだった)


 さゆりちゃんは相変わらずこんな状況でも冷静だった。

 たとえばバスが横転している風景を見て、久美子が「……運転手さんや乗車しているお客さんたちは大丈夫かな?」とはっと思い出したようにさゆりちゃんに言うと、さゆりちゃんは「大丈夫。もう確認してある。あのバスは無人。誰も人は乗っていない」と久美子のすぐに言ってくれた。(そのさゆりちゃんの言葉通り、横転している水色のバスの中は無人だった。バスの運転手の大熊さんも、闇闇の闇川さんもいなかった)


 世界はとても静かだった。

 静かすぎるくらいに静かだった。

 その理由は単純で、御影町に誰も人がいなくなったことと、あともう一つ、動物たちの気配が完全に消えていたことだった。

 人は少ないけど、動物たちのいる御影町の中で、こんなに命の存在を感じない経験は、久美子は本当に初めてだった。

 それだけじゃない。

 命を感じないだけではないくて、それとは真逆にあると感じるもの。

 ……久美子は町の静けさの中にとても強い、『死』と言うもののイメージを感じ取っていた。

 死は穏やかなもの。

 死は静かなもの。

 死はいつか誰にでも、どんな命にも訪れる、運命のようなもの。自然なもの。

 だから、怖がる必要はないんだよ。

 と、死を考えて眠れなくなった幼い久美子に、久美子のおばあちゃんはそう言ってくれた。

 そんな優しいおばあちゃんの言葉を、久美子はおばあちゃんの柔らかい笑顔と一緒に思い出した。

 また、御影町に吹く風の音が遠くから聞こえてきた。


「そういえばさ、『三島の家は神社だったよな』?」

 信くんが言った。

「うん。そうだよ」

 久美子は言う。

「なんかさ、こう闇闇に対する情報とかさ、闇闇と戦う『武器』のようなものが保管されていたりしないかな? ほら、よくあるだろ? お札とかさ? あと、できれば光の出る剣みたいな奴があるといいな。強そうだ」

 楽しそうに、にっこりと笑って信くんが言った。

「そんなものあるわけないよ」

 久美子は言う。

 でもそう言ってから久美子は、そんなものあったかな? と考えてみたのだけど、神社にも、古い木造の小さな倉庫の中にも、そんなものはなかったと久美子は結論を出した。(もしかしたら文献だったら、あったかもしれない)

「武器は必要ない。私たちは別に闇闇と戦うわけじゃないから」

 さゆりちゃんは言う。

「わかっているよ。関谷。ただ、ちょっとあったら嬉しいなって言うくらいのことだよ。俺だって別に闇闇と戦うつもりはないさ。でも、もしあるのなら、闇闇の情報とか知っておくと便利だろ? もしかしたら弱点なんかもあるかもしれないしさ」

 信くんがいう。

 その言葉に、はっと、驚いた顔をさゆりちゃんはした。

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