6
バスはゆっくりと(何事もなかったかのように)発進した。
乗り慣れたいつものオンボロバスはバス停をゆっくりと離れて田舎の土色の道の上を走り始め、そのまま三人の通っている木造の古い建物である『御影小学校』まで、移動を始めた。
その移動の最中、久美子はさっき見た光景のことを信くんとさゆりちゃんの二人に話した。
「……闇闇だ。闇闇がいた」
「……闇闇? 闇闇ってなんだよ?」退屈そうな顔をして窓の外の風景を見てた信くんが久美子を見てそういった。
久美子は信くんのほうを見る。
バスの窓の外の風景は田んぼを抜け、森に入ろうとしていたところだった。もう少し行った先には『大きな川』(御影川という名前の川だ)があり、その川を抜けて、山道をそれから少し走った先の森の中に、御影小学校はあった。
「闇闇だよ。闇闇。さゆりちゃんがさっき話していたやつ。ね、さゆりちゃん!」と小声で喋って、久美子は自分の声が闇川さんに聞こえないように注意しながら、さゆりのほうを向いてそう言った。
関谷さゆりは無言。
でもさゆりは本から顔をあげて、ちらっと久美子の顔を見て、それからなにかを深く考えるように顎に手を当てて、少し下を向き、自分の中の思考に集中をしているようだった。
「闇闇っていうか、あれは闇川さんだろ?」信くんが言った。
「え?」驚いて久美子が言う。
「だからバスの運転手は闇川さん。ずっと前からそうだろ?」信くんは言う。
「信くん、なに言ってるの? バスの運転手さんは大熊さんでしょ? 無口で無愛想だけど、優しいおじさんの大熊さん」久美子は言う。
「? 大熊さん? 大熊さんって誰?」眉を潜めて信くんは言う。
そこで初めて久美子は本当にこの世界が怖くなった。
信くんは冗談を言っているのではない。(それくらいはわかる。もうずっと昔から私たち三人は友達なのだ)本気で今の言葉を久美子に言っているのだ。
信くんにとって、バスの運転手は、あの闇闇の闇川さんなのだ。大熊さんではない。ばっと久美子はさゆりを見た。
するとさゆりは「……バスの運転手は闇川さん」と久美子の聞きたいことを理解した上で、小さな声で、独り言を呟くようにして、久美子にそう言った。
久美子は思わず、席からずり落ちそうになってしまった。
え? あれ? あれ?
なにかがおかしい? いや、おかしいのは私? 私だけがおかしいのかな? 久美子は混乱する。
今、私の隣にいるのは本当に(私の知っている)如月信くん? 今私の隣煮るのは本当に(私の知っている)関谷さゆりちゃん?
久美子は考える。
なんだか頭が痛くなってきた。
久美子は、バスの窓の外の風景に目を向ける。するとバスは今『大きな川』(御影川)の上をちょうど赤い大橋の上を走るようにして、『乗り越えた』ところの風景だった。
そんな風景を見て、久美子は、……きっともう、私は後戻りできない場所まできてしまったんだ。とそんなことを直感した。
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