赤い傘を手にとって実家を出て、暗い曇り空の下を歩きながら久美子は考える。

 それはこの不思議な違和感の正体だった。

 ……でも、いくら考えてもその違和感の正体を突き止めることはやっぱりできなかった。(なんだかここが自分のよく知っている町であるようで、ないようなそんな奇妙で不思議な感じがするだけだった)

 みんなとの待ち合わせの場所についと(そこは赤い頭巾をかぶったお地蔵さんのある木造のバス停だった)そこには関谷さゆりちゃんがいた。

「さゆりちゃん。おはよう」久美子は言う。

「……おはよう」いつものように、小さな声でぶっきらぼうな態度でさゆりは言った。

 関谷さゆりはなにかの本を読んでいた。(さゆりちゃんは本が大好きなのだ)

「なんの本を読んでいるの?」

「……芥川龍之介の河童」とさゆりは久美子の顔をちらっと見て答えた。

 そのとき、かすかにさゆりのツインテールの髪が空中で揺れた。

 その美しい動きに、久美子はいつものように、その目を奪われた。(久美子はさゆりの美しい髪に憧れを抱いていた。久美子の髪も綺麗だけど、さゆりの髪はもっともっとさらさらしていて綺麗だった)

「でもよかった。ほっとした」久美子は言った。

「どうして?」さゆりが言う。

「うん。あのね、なんだか今朝すごく変な感じだったの。家に誰もいないし、町にも誰もいないし、なんだかこの場所は私の知っているいつもの町じゃないような気がして、すごく不安だったの」

「不安?」

「うん。不安。でも、ちゃんとさゆりちゃんがいてくれて、安心した。ここはやっぱり私のよく知ってる〇〇県『御影(みかげ)町』の中だよね」と久美子は言った。

 でも、なぜかさゆりはそんな久美子に「そうだよ」と返事をしなかった。さゆりは久美子の言葉を聞いて、本を読むことをやめて、なにかをじっと考え始めた。

「……さゆりちゃん? どうかしたの?」

 そんな久美子の言葉にも関谷さゆりは、反応を返さなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る