2.真実は得てして奇なるものである
天使1
ゴールデンウィークも近づく4月末。
私は医療学科(仮)への志望申し出の手続きを終えて、数理学部の授業の他に週一回の集まりに出席していた。
今日は記念すべき第一回。ある講義室に、理系学部から生徒10人と、教員となる女性1人が集まった。
「よくぞここまで来た、優秀な10人の学生たち」
教壇で堂々と立つのは、啓明病院からやってきたお医者さん。
「私はサラノア・レリアクレシバル。近所の病院の医者。種族は天使族」
ざわめきが起こった。
「……言っておくが、この大学、薬学部・化学部キャンパスを根城にする天使が二人いるから別に珍しくはない」
その発言にざわめきが強まる。
サラノア先生は不敵に笑って宣言する。
「当然、医療学科カッコカリとしては、各種薬品と素材の最先端を行く薬学化学どもと連携を取っていくつもり。ひとまず、種族がどうだか神秘がどうだかなんて気にしないで自分の目指す道を探して進め」
ここに集まった10人は、学部学科は違えど、医療の道を志す学生。神秘持ちや異種族も加わって、技術・病状ともに多様化する医療現場に挑もうとしている。
天使族に珍しさで驚きはすれど、慣れなければやっていけない。
「指定した通り、1・2年の間は数理の必修を必ず取り、選択科目を指定された分取れば文句なし。集まりも週一。ただし、お前たちの理解度や学習意欲を鑑みて集まりの回数は都度改正していく予定。質問がなければ今日は終わり」
しばらく見渡して、私たちの表情を見て満足気に頷く。
「よし、解散」
サラノアさんは颯爽と講義室を出ていった。
綺麗でカッコいい後ろ姿に見惚れていると、肩を指で突かれて振り向く。
「?」
「……三崎さんだよね?」
「ええと……牧さん?」
ショートカットに眼鏡が知的な印象を与える女の子。
生物系の選択授業で姿をちらほらと見たことがある。ミサキとマキで名字が似ているから、意識になんとなく引っかかっていた。
「うん。い、いきなりごめんね。……ほかの人たち、みんな男子だから。知ってる女子がいて安心して……」
「そうなんだ。私も嬉しい」
「……!」
牧さんはぱあっとして私の手を握る。
「その。……三崎さんと、仲良くしたいと思うの。いいですか?」
「もちろんだよ。頑張ろうね」
手を握り返すと、なぜか彼女は顔を赤くしていた。
風邪?
「……うん!」
元気そうだから一安心。
「ありがとう、また会えた時に!」
「こちらこそ! またね」
連絡先を交換して、講義室の出口で別れる。
牧さん、どことなくエマちゃんに似たところもあって、なんだか親しみが湧く人だなあ。
スマホに登録した欄を見る。
「聡美さんっていうんだ……」
まきさとみ。新しい友達の名前は古風で素敵な響きだ。
幸せな気分で歩き出そうとすると、目の前に凄まじく綺麗な《天使》が降り立った。
「…………」
何度見直しても、先程見たサラノア先生その人だった。
気の抜けていた姿勢を正す私の前で、怜悧な美貌を凛として輝かせる彼女が口を開く。
「忘れるところだった」
「な、何かご用でしょうか?」
「リナリアの弟子。挨拶。……友達がお世話になった」
頭を下げられて恐縮してしまう。
「いえそんな……私の方がお世話になってばかりで」
「お前は自分のしたことのすごさをわかってない。あいつが人を一回も殺してないってところがすごい」
「……」
「昔のあいつは怪物だった。赤ん坊を抱き上げるなんて絶対出来なかった。……お前の人柄とアーカイブがリナリアを人間にした。胸を張れ」
「……あり、がとうございます……」
自分を誇ることはまだ難しいし、リーネア先生が相手では『私が彼に何を出来た』より『私は彼に何もかももらった』の方が前に出て、気持ちの整理がつかない。
でも、サラノア先生の言葉は胸に暖かく染みた。大切に受け止める。
「ん。これから、分野によってはアリス師匠とかヒウナとかも来る。それに、啓明と仲のいい病院や施設からも来る。その時はまたよろしく」
「はい」
「あと……天使と会ったら、私に連絡してほしい」
「? わかりました」
きっと、薬学部と化学部の天使さん二人のことかな。
キャンパスが違うし遠いから移動する予定はないし……顔を合わせる可能性は低いかもしれないけれど、引き受けよう。
「ありがと、頼む。……じゃあまた」
サラノア先生は手を振って、翼を一瞬だけ背中に顕して広げて――姿を消した。転移だ。
「……今日はいい日……」
素敵な女性との連絡先が二人分も増えてしまった。
それにそれに、本日は大好きなアーティストさんがCDを発売する日。北海道だと大抵は1日ずれてしまうんだけど、東京だから当日に買える。なんて幸せな日。
ホクホクとして歩いていると、小さな人影とぶつかった。
「わっ」
「!」
ぼうっとするの気をつけろって、先生にも言われてたでしょう私!!
少女がバランスを崩しかけるところを、なんとか寸前で受け止める。
「ご、ごめんなさい、大丈夫ですか!?」
「……大丈夫」
むくりと上体を起こす彼女は、体に対して大きなギターケースを背負っていた。それなりの重さもあるようなので、バランスを崩すのも納得する。
「お姉ちゃんお胸柔らか」
「にゅあ!?」
「リアクションも素敵」
誰かに似た美貌を微笑ませ、彼女が名乗る。
「みかんは、翰川みかんだよ」
「……――――」
かんかわ、ということは、この人は……
「お姉ちゃん、お名前は?」
「三崎京です。はじめまして」
「あ。ひー
「はひゅっ……!?」
「『京は真面目で優しくて素敵な女の子なんだぞ。北海道で出会えた可愛い友達だ』って」
「あわわわわ……」
「聞いてた通りなのね」
ふふんと笑って、みかんと名乗った女の子はスマホ画面を私に見せつける。
本人名に表示されているのは『翰川彌柑』。
「……みぞれさんと同じ字?」
翰川先生の双子の妹:みぞれさんは『彌叛』と書いていた。みかんさんと翰川先生から1文字ずつもらった形だ。
「みかんはお姉さんだから、みーちゃんにお名前の漢字分けたの。仲良しだよ」
「ですね」
家族って、きょうだいっていいなあと感じる。
「みかんさんは、どこかへ用事ですか? 邪魔してしまってごめんなさい……」
「いいのいいの。案内役を探していたのだし、気にしないよ」
「?」
「みかんはギタリストだよ。この大学の防音スタジオに用があるよ」
「スタジオですか」
主に軽音部や吹奏楽部が演奏の練習に利用している場所。部屋自体は複数あって、予約さえ入れれば一般生徒も利用可能だそう。
みかんさんも予約済みなのかな。
「方向音痴なので案内してほしいの」
「わかりました」
「えへへ。ありがと」
ああ、可愛い……
1階の防音スタジオ目指して並んで歩く。
みかんさんの髪は、リーネア先生より黄色味の強いオレンジ、つまり蜜柑色。
綺麗な髪ですねと伝えると、彼女は嬉しそうに胸を張った。
「ひー姉が名付けてくれたんだよ。ぴったりでしょ!」
「年上の方に言うのも無礼かもしれませんが、すっごく可愛いと思います」
「無礼なんかじゃないよ、嬉しい。ありがとう。みかんも気に入ってるよ」
みかんさんはヘッドフォンを装着している。でも、問題なく聞き取るようなので、音楽を流したりはしていないみたいだ。
「京の由来は?」
「兄が、
父にも母にも聞いたことはないけれど、今となっては私と兄の唯一の繋がりだ。
「十の四十乗と十の十六乗だ!」
「っふふ、はい」
乗数に直すとそうなる。
「二人とも、いい名前」
「……ありがとうございます」
「こちらこそ、答えてくれてありがとうね」
見れば見るほど、背の低い体に可愛さがぎゅっと詰まっている。背丈、佳奈子と同じくらいかな?
見つけた階段を降りていく。
「そういえば京。ご用事あったのではないの?」
「え……」
「なんだか、何か好きなものをすっごく楽しみに待ち望んでるみたいだったから」
見透かされたようでどきりとする。
しかし、彼女は翰川先生の妹さん。類稀なる洞察力を受け継いでいてもおかしくない。
「……用事といえば用事かもしれませんが、予約してありますので夜でも大丈夫です」
売り切れで買えないなんて嫌だから、初回限定版はきちんと予約して取り置きしてもらっている。CDショップも自宅から徒歩5分の距離だ。
「そう。みかんに付き合ってくれてありがとね」
「頼ってくださって嬉しいです」
「……京は可愛いね」
「わ……」
撫でられてしまった。……嬉しい。
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