双子連星
研究分野と人物名を対応させるのは姉を頼ろうと思っていたが、聞いてみれば大学の仕事であれこれ忙しいようだったからやめにした。
代わりに鬼神さんにメールを送ってみると、すぐに添付ファイルつきで返信がきた。
「おお」
どこの学部学科にいるのかをテーマに合わせて表にしてくれている。
魔術学部ばかりかと思っていたが、意外とほかの学部学科にも結構な人数。数学科のシェルさんはもちろん、経営学科とか薬学部だとかにも。
しかし気になるのは、《備考》の欄にある爆弾マーク。
1つから3つまでの個数でそれぞれの教員さんに振り分けられているのだが。
「……危険度……?」
例えばシェルさんは2つ。パフェさんは1つ。他のレプラコーンの皆さんと思しきヴァラセピスの名を持つ人たちはみんな2か3。
爆弾マークの隣には電波の具合を表すのであろうアンテナマーク。これも棒の数でそれぞれ違う。
「アポの取りやすさ?」
大学生としての礼儀作法は鬼神さんに叩き込まれている。いくら親しかろうと、門下でもない生徒が教員をいきなり訪ねるのは無礼だと。アポを取れと。
なので俺は今日の翰川先生にもメールでアポを取った。
メールも電話も嫌いなシェルさんのアンテナは、まさかのゼロだった。
つまり圏外。
「…………」
爆弾ゲージは1から3までがそこそこばらけていたのに、アンテナゲージは0と1ばかりだ。むしろ数えるまでもなく圏外が多い。
もしこれがゲームだったなら、とんでもないクソゲーである。
「えー……?」
俺のレポートは出だしで詰んだ。
だが、ここで諦めるわけにはいかない。
どうにかして、アポなしでも無礼にならないようなタイミングを考えねばならない。
「うーん……」
経営学科のイブさんという教員は社会学部だ。近いか?
『いきなり訪ねて申し訳ありません』で都合を聞きに行くことはできるか?
……いや、よくみると一人だけ爆弾が4つだ。絶対に避けた方がいい。
「うーん、うーん……」
そもそも、避けた方がいいって基準はどこで決めているんだ?
知り合いがシェルさんか妖精さんたちしか居ないが、彼ら彼女らは、会って話せばゲームで対戦したり世間話したりできる程度にはコミュニケーション能力があり、見た目や雰囲気のとっつきづらさを裏切って気さくな人たちでもある。
「……。そっか」
この爆弾は、魔法について聞くとなんらかの形でコミュニケーションの難易度が跳ね上がるってことなんだ。
実際、前に魔法の物品の作り方を答えてくれたルピナスさんの話は、日本語を話しているはずなのに全く理解できなかった。ルピナスさん自身は超のつく常識人であるにもかかわらずだ。
話が通じる相手が、魔法を話題にした途端に通じなくなる。その振れ幅の大きさが爆弾の個数。
「…………」
この際アンテナは気にせず、爆弾の個数と精神的な訪ねやすさで考える。
「……うむーう……」
最も頼りやすいオウキさんはアンテナ1で爆弾も1の唯一の人なのだが、入院中なので二重線が引かれている。
手首を見る。腕時計は午後2時過ぎ。
「……四限始まるな」
博物学の初歩を学べる楽しい講義が始まる。
荷物をまとめてフリースペースから立ち上がろうとした時、気づいた。
「あ」
――そういえば、なんだかんだで腕時計のお礼が出来ていないということに。
五限は空きコマ。
「魔工へようこそ!」
「ようこそ」
満面の笑みで出迎えてくれたのはパフェさん。
その隣で拍手してくれているのはビオラさん。
「歓迎していただいて……これ、腕時計のお礼に」
大学そばの洋菓子店で急遽買ってきた詰め合わせを差し出す。クリーム多目のを選んだから、気に入ってもらえるといいな。
「わー。ありがとう!」
「みんなで食べさせてもらうね」
表情は対照的だが、そっくりな二人だ。
「お茶請けにプチシュー出しちゃおうか。光太もいいかい?」
「あ、はい。ありがとうございます」
「じゃあお茶準備するね」
ニワトリデザイン電子ケトルのスイッチを入れる。
「……翰川先生の小物、パフェさんが作ってるんですか?」
翰川先生のはヒヨコちゃん電子ケトルだ。
「うん? そうだね。子どもたちとも協力するけど、原案はボクとビオラかな」
「やっぱりですか」
性能とデザインを両立させるのは職人の腕の見せ所だと、オウキさんにも教わった。
「可愛くていいですよね。日常の何気ない彩りというか」
「あははは、口が上手いね、光太。札束送りつけちゃおうか」
「怖いからやめてください……あとそれ普通にダメです」
宅配便で現金を送ることは禁止されている。
「腕時計、喜んでもらえて良かった」
ビオラさんはこくこく頷き、言葉を続ける。
「鬼神さんから、あなたがここにお礼に来ることは聞いていたの」
あの人はなんでそんな。
最初からわかってるのなら言ってくれれば。
「どうしたの、光太?」
「……なんでもないっす」
ボスの能力も俺には未知。しかしそれは俺のアーカイブも同じだ。お互い知り合っていきたいという気持ちを新たにする。
「今日は急な訪問を歓迎していただき、ありがとうございます。鬼神さんから聞いていらっしゃるかもしれませんが、礼儀として俺から用件を伝えさせてください」
「いいよ」
「わくわく」
「大学の教員さんのうち、魔法使いの方にインタビューして、感じたことをレポートにしろという課題が出ました。それを達成するのにご協力いただきたいんです。……お願いいたします」
「「おっけー」」
双子って揃うと和むなあ。仕草がそっくり同じだ。
「ありがとうございます」
「それって教員は一人だけ? なら、私はパフェに任せてまったりする」
「ひ、ひどいよビオラ! エクレア独り占めするつもりだよね!?」
お二人にはエクレアが最上級なのか。いい情報を得た。今度から何かあったらエクレア買おう。
そんなことを思いつつ、鬼神さんからのプリントを見返す。
「人数は書いてないですね……二人でもいいんじゃないかと」
「あら。……なら二人で答えましょうか」
「エクレアー……!」
「……」
この人ら俺よりはるかに年上なのだろうに、なんでエクレア取り合ってるんだ。
仕方ないので出すお菓子をプチシューからエクレアに変更させてもらい、お二人に皿を差し出す。
「「……♪」」
二人して一心不乱に食べ始めた。
俺も紅茶を飲みつつお菓子を食べつつ、話させてもらう。
「ビオラさんとパフェさんの魔法は、同じ《構造作成》ですよね」
欄を見て驚いた。
「そう」
「だよー。でも、得意分野としてはちょっと違うね」
「どういった感じなんでしょう?」
ビオラさんが口笛を吹く。
――奥の部屋から真っ白なイルカが飛び出してきた。
俺が固まっていると、イルカはビオラさんに寄り添い、空中でくるんとターンする。
「昨日つくったイルカさん」
「え。え、ええ? えええ!?」
軽いトーンで生命体を一つ作ったことを告白されて驚く俺に、パフェさんが苦笑気味に教えてくれる。
「……本物のイルカじゃないよ」
「で、ですよね」
「生命としての構造を理解して、再現して作り上げたもの。分類は魔術による人工生命」
割と普通にとんでもない。
「まだ着色していないのよね」
イルカはきゅーとかなんとか鳴きながらビオラさんの周りを旋回している。彼女が手を叩くと、イルカは高い天井へと跳び上がって自由に泳ぎ始めた。
「ユーフォに見せたら喜んでくれるかなって」
無表情な彼女。しかし、親戚の赤ちゃんにメロメロなのは見て取れる。
「次はパフェね」
「うん」
パフェさんはのんびりと口を開く。
「ビオラは構造を理解して再現する魔法を使って、内世界とその殻……つまりは生命を作るのが得意なんだ。ボクは逆。外世界に存在する構造を理解して再現する」
「時間停止技術も?」
「うん。あれはねえー……サラダ作ったとき、ボウルにかけたラップを見ててインスピレーション」
理不尽なくらいの天才は本当に凄まじい。天才というだけで理解を突き放してくる。
だが、それでも理解したい。小さい頃から憧れた魔法使いが目の前にいるのだから。
「あれって、
「うん。実はビオラも両方使ったりしてるよ」
「あのイルカは臓器がコードともう一つの科学寄りアーカイブで、外側と泳ぐ能力は魔法なの」
イルカは呼ばれたと思ったのか、急降下してビオラさんに甘え始める。
「だから、こうして魚を食べることもできる」
ビオラさんは冷蔵庫から青魚を引っ張り出し、勢いよく放り投げる。
イルカが追いかけてパクッと丸呑み。
「いい子。賢い子ね」
また嬉しそうに天井に跳び上がる。
手を振ってから、ビオラさんは俺に向き直った。
「コード、スペル、そのほか。それらを組み合わせる。何を選んで制作・開発・製品化のどれを目指すにしても、コストの問題があるの」
「コストですか。それは……原材料費とか?」
「それも含め、人件費と技術料とか色々」
パフェさんは近くの棚から、アイスを入れて売れば時間停止可能なドームを持ってきた。
テーブルの上の洋菓子箱から剥がしたフィルムと比較しながら説明してくれる。
「主にアイスに使われてるこの保存ドーム。主に洋菓子に使われてる保存フィルムやケーキ箱。この二つは魔法による時間停止だ。でも、コストが違うのは知ってるよね?」
「はい」
アイスは安価なドームを、洋菓子やケーキは少し高めなフィルムや箱を使う。
「元の売値が200円くらいのアイスにフィルムを使うと、30円くらいの値上がりになる」
アイスで30円の値上げは大きい。
「だから、サイズが選べて安価なドームが基本。洋菓子詰め合わせとかケーキは元の値段が高いから、フィルムか箱を使っても採算が取れるの」
小樽旅行を思い出す。
「箱に関しては一部手作業が必要なところがあってね。人件費もかかる分、高い」
「ケーキ屋さんはまとめ買いしてくれるから安くなる。個人でよくお菓子作る人は定期購入がおススメよ」
色々と興味深い話だった。
俺は二人にもう一度お礼を言って、魔術工芸学科を後にした。
「「またね」」
「はい。ありがとうございました!」
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