番外編

なろう版ブクマ100件突破記念感謝SS『伯爵様の積極的なランチタイム』

 

「学園祭で何か大きな事をしたいんだけど何かないかなぁ」

「シャルの言う〝大きな事〟って例えば?」


 私は、生徒会室で悩ましげにボールペンを額にコツコツと当てながら学園祭の出し物の事について悩んでいた。


 一応、カーディナル学園自体が大きすぎて出し物も三日間に渡るものになる。それ程の大掛かりなイベントため、見所を作るためであったり全生徒が参加できるような企画でミスコンやファッションショーと第三者から評価されるような物も用意をしたのだが、特技を生かす企画も良いなと考えていた。


 そんな事を悩んでいる私に、紅茶の入ったカップを置きながら首を傾げるクルエラは今日も可愛い。


「うーん……具体的には、講堂を借りて何かをする事は決めているんですけど、生徒の得意分野を披露して、それを審査員や観客が採点したりするとか……」

「腕自慢大会のような物……?」


 ――この世界にもそういうのあるんだ……。


 向こうの世界にあったものがこちらにあるのか分からないで発言すると、後々面倒な事になるから敢えて伏せて語るのだが、そもそも前世でのゲームの世界なんだから話が通じない事はほぼ世界観を壊さない程度の物なら概ね無いんだよななんて都合の良い事を考え始める。


 クルエラにはそうだと頷いて〝学園祭の企画書〟と書かれている以外は『男女別ミスコン』『ファッションショー』『あともう一つ』、と書かれた紙へと視線を落とした。


 なかなか頭が回らず、気晴らしにペン回しを何年ぶりかにしてみようとボールペンに軽く勢いをつけて親指の付け根あたりでくるりと回すと、目の前に座るクリス様と隣に立つクルエラが「おおっ」と感嘆の声が聞こえてきてそちらに視線を向けた。


 二人とも目を輝かせているから不思議そうに首を傾げると、自らもペンを片手に先程の私の真似を始めたが、ころんっと机に落ちる。


 ――あぁ、ペン回し初めて見たわけか。


 ペン回しあるあるだなぁ、なんて他人事にも微笑ましげに観察していると、うまく行かないのか二人で奮闘しているのを見た後に、「あっ」と声を漏らした。


「ペン回し選手権……とかどうでしょう?」

「いや、流石に地味かな」


 楽しそうに目の前で、三回程でコツを掴んでペンを回しを成功させたクリス様に地味だとはっきり言われて断念した。


 こういう時はいい案が思い浮かばないものだ。白紙のままの紙を見下ろしてまたペンを数回まわしながら思考も何とか回す。


「でも競う事で、景品が手に入るってなると……やる気が出るかもしれないね」

「なるほど……」


「景品かぁ」っと呟いて考えつつ最初はクリス様の方へ、次に生徒会長の席でひたすら承認の判子を押し続けるグラムの方へ視線を移動させると、クルエラと反対隣に座るスティにあからさまな咳払いをされた。


 どうやら私の考えている事が読まれてしまったようだ。諦めて深い溜め息を吐いてまた新たに考えようとしたが、今日はもうだめだと諦めてペンを机に置いた。


「……ホースさんを好きにしていい、っていう景品なら喜んで差し出すんですけどね」


 小柄な体の平民男子生徒、そしてこの生徒会の会計を務めるマルシェがじとりとホースを睨みつける。名を呼ばれてビクリと反応するホースは冷や汗を垂らしながらニコニコと笑う。


 生徒会役員の中でもホースとマーニーの一件が知れ渡っているため、とくに真面目にしてきたマルシェにとってはホースの行為は心底軽蔑していた。許しはしないがそれについては直接は咎めもしないという判断に至ったようだ。


 しかしかなり風当たりは強くそして悪い。


「ま、マルシェ……何を」

「マルシェさん名案ですね」

「シャルの言う通り、景品をホースにするなら構わないよ」

「私もそれなら賛成だわ」

「なんだ?決まったのか?」

「はい、腕自慢大会の景品をホース様の使用権にしようと思います」

「まって!俺の人権は?!」

「生徒会室で淫行働いた罰としてシャルティエさんのために働いてください」

「マルシェ〜!」


 テンポよく話が進んでいくのが面白くて便乗し、この話は覆らないとマルシェによる悪魔の通達を告げるが、ホースは「じゃあ女子も誰か景品がないと!」という抵抗に今度は全員の視線が私に集中する。


「……分かりました。言い出しっぺの法則という物がありますから。――私が誰かのやる気を引き立たせるための景品にたるかどうかは置いといて……やります」

「シャルが景品なら僕も頑張らないとね」


 すんなり了承した私に、クリス様が肘をついて面白そうに目を細めながらこちらを見て言う。


 そんなに張り切らなくていいんですよなんて言ったらまた食い下がって来そうなため、余計な事言わないように口を閉ざしてなんて返すか悩んだ末に困り顔で愛想だけよく笑った。





 その次の日には、腕自慢大会の参加者募集のポスターが各クラスに掲示されて早速話題になった。


 廊下を歩いていると、生徒に「シャルティエ様を好きにしていいと言うのは本当ですか!?」と同じ質問を男子生徒どころか女子生徒、更には教員からも何度も受けた時は流石に引き攣った笑みしか出来ずにいた。


 ――好きにしていいってどういう意味で言ってるんだよ!


「……私は、自分が思っていたより利用価値があるようです」

「はは、シャルは可愛いし、あと優等生だからね。――もしかしたらそのまま告白されるかも」

「素直に喜んでいいものか悩みますね……告白は無いと思いますけど」


 お昼休憩になると、スティはグラムと、クルエラは学園長とで昼食を取る時間が出来たらしくそちらへ行ってしまい、自分もクリス様を誘うか迷ったが伯爵の仕事もあって忙しいのに誘うのは悪いなと遠慮して一人で屋上に行き弁当を広げると、クリス様が後ろから現れた。


 その流れで一緒に昼食を取る事になったのだが、私の午前中の生徒達の反応の出来事を話すと笑って聞いてくれた。


「周りがそれだけ張り切っているという事は、結構ライバルが多いね。やっぱり僕も、景品であるシャルのために頑張るよ」

「……クリス様ならそんなに無理な要望をしてこないと信じてるので別に景品じゃなくても――」


 そこまで言ってハッと慌てて口を手で覆った。自分の口はなんて軽率なのだろうと戒めたい気持ちを抑えて、クリス様の方を見ると少し驚いているようだった。 


「……シャルは、僕に何されても良いってこと?」

「え、い……いや、えっと……ちがっ」

「そうなのか?」


 草花溢れる庭園の東屋の中にあるベンチに並んで座っている私の隣で、ズイッと身を乗り出し顔を寄せて耳元で囁いてくる。


 ――口調が戻ってる!


 それだけで顔が赤くなるのを感じて今すぐ逃げたい衝動に駆られた。


「く、クリスさ……ま。ちか、近い……です」

「じゃあ早く教えてくれ。シャルは、僕以外の男からデートを頼まれたら行くのか……?」

「で、でーと!?」


 ――何を言い出すんだこの人は!


 私のツボなクリス様の素の口調で耳元で吐息混じりに色気を出しながら言い放つ突拍子もない事に慌てふためき離れようと体を仰け反ると、勢い余って体が倒れてベンチから落ちそうになる。


 しかし、「おっと……」とすぐに腰に手を回して抱き起こしてくれる。助けてくれたクリス様のしっかりした腕と大きな手に助けられて事なきを得た。それでもまだ胸の高鳴りが静まる事を知らない。


「あ、ありがとうございます……」

「ほら、お礼にさっきの質問に答えるんだ」


 まだ続けるのかと恨めしそうに涙目で上目遣いになりつつ睨みつけるが効果が無いらしく、面白そうにくすくすと笑いながら音を立てて私のこめかみに口づけをすると体制を整えて解放してくれた。


 なんてキザな事をするんだと熱を持ったままの顔を両手で覆い恥ずかしさを堪えていると、向こうから笑い声が聞こえて指の隙間から覗き込む。


「シャルは本当に可愛いよ、だから本当は景品なんて反対だけど、僕が何とかすればいい話だからね」

「な、ナチュラルに簡単な事を言ってますけど結構な事だと思いますよ……」


 ――口調またいつも通りになっちゃった……。


「そう?僕はシャルのためなら何でもするよ」

「わわっ」


 肩に手を回され自然に抱き寄せられて、耳元で低く囁くのを出来るだけ恥ずかしがらないように努力はするものの体全身が熱くなる。夏なのにこんなに密着してハレンチだと言い聞かせるが、耳元から離れないクリス様の口から放たれる吐息がまたそれを羞恥心を煽った。


 もうのぼせてクラクラしてきた頃に、ようやく離れてくれた。安堵から一気に全身の力が抜ける。


「シャルはいつも初心(うぶ)な反応をして可愛い。あんまり他の男にそんな顔見せないようにしてくれると嬉しいんだけど」

「ど、どんな顔ですか!?」


 今日はいつにもまして攻めっ気の強い彼にだんだん恥ずかしくなって来て顔を覆ったまま、また指の隙間から彼の顔を覗き見ると少し真剣味のある表情に変わっている事にまた胸がときめいてしまい目も合わせられずぎゅっと目を瞑った。


 顔が良いからなのか、それとも口説かれて高鳴っているからなのか自分でも分からず、落ち着くために何度か深呼吸してから手を放してようやくサンドイッチに手に付けようとすれば、回した手を離してくれた。


「クリス様……。私、その……あんまりからかわれると……恥ずかしいのでやめて下さい」

「――からかってないよ。気を引いているんだ」

「……ふぇ?」


 サンドイッチを口にくわえたままきょとんと見上げると、あまりにも直球過ぎるアプローチに素っ頓狂で馬鹿みたいなうわずった声で反応をしてしまう。


 目が合うと赤い瞳が細めて熱を帯びさせて、私の反応に満足気に「やっとこっちをちゃんと見た」と言いながら、私の口の端に指を滑らせ、その指の腹についたソースを見せてから自らの口に入れた。


「な、なな……クリス様……それ!」

「間接キスみたいだね」


 悪戯っぽく笑うクリス様の表情があまりに妖艶さを含んでいてタジタジの私も、とうとうオーバーヒートして目を回して倒れた。


 目を回している私を受け止めながらクスクスと笑うクリス様を私は見れないまま気絶してしまったのが至極残念だ。


 次に目を覚ますと、私はクリス様の見た目に反してガッチリとした膝に頭を置いて横になっていた。






「あぁ……、やり過ぎた」


 ――シャルの寝顔も可愛いな……。


 熟れたような果実のようなぷるりとした若々しい可愛くて柔らかそうな唇にはまだ少しソースが残っていて、直接舐めて取ってやろうかと思ったが、流石に恋仲でもないのに可哀想だなと思い胸ポケットからハンカチを取り出してサッと拭ってやる。


 たまには積極的に行ってみようとここぞとばかりに押し過ぎた事を少しだけ後悔したが、シャルが割と満更でもない反応を見せてくれたおかげで確実な希望が見えたような気がした。


「他の男に取られたくないから頑張らないとな……」


 腕自慢なんて何か披露する程の物が自分にあっただろうかと支えているシャルの顔を見ながら、このままの姿勢だと辛そうだと自分の膝に寝かせて考えたがすぐには思いつかず、近いうちにスティやグラムにでも相談しようと思った。



end

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る