第59話
教室に入ると、もうそろそろ帰らなければならない時間を差しているのに、クルエラとジャスティンを囲んでグラム、スティが険しい表情で見下ろしている。
囲まれている二人は、顔面蒼白で今にも崩れ落ちそうなほど弱々しく、本当に何が起きているのか想像もつかなかった。
「み、みんな……どうしたの……?」
私達が入ってきた事に気付かなかったようで、声を掛けてようやく皆はこちらを見た。
「ジャスティンが、階段から突き飛ばされた」
「……え?」
グラムからの突然の知らせに驚きを隠せないまま、ゆっくりとジャスティンに近寄ると、怪我を象徴するかのように足首には包帯がしっかりと巻かれていた。
胸騒ぎが落ち着く事なく、ざわざわと訳の分からない焦燥感のような感覚に陥いるのをぬぐい去れなかった。
「犯人は、分からないのですか……?」
「いや、幸いな事に他の生徒が見ていたからすぐに分かった。ただ――」
そこから続く言葉が私には想像もつかなかった事で、それを耳に入れながらもクルエラをちらりと見やると、もとより綺麗で青白い肌が更に顔を青くした。
「クルエラが、突然ジャスティンを階段から突き飛ばしたんだ」
この言葉が受け入れがたくて、ドクドクと脈打つ動悸が収まらない。
「……一先ず、クルエラは慌ててジャスティンを助け起こしたから〝じゃれあってぶつかった〟と言う事で片付いている」
「本当に、ぶつかったとかでは――」
「いいや、はっきりと両手を突き出してジャスティンを飛ばしたそうだ。それはクルエラも、ジャスティンもここに来てそう言っている」
ますます意味が分からなかった。
まず、何故そのような事態になっているのに二人を一緒にしているのか、隣同士に座らせるのも危険だと判断しないのだろうか。
そして、あんなに仲が良かったクルエラがジャスティンを突き飛ばし、階段から落とすなんて普通の状態とは思えない。
意図的にやっているのなら、何故そんな事をしたのか知りたかった。
――いや、クルエラがそんな事するはずはない。彼女を信じたい。
「クルエラ……どうして」
「分からないの……本当にっ……、いきなり頭の中が真っ暗になって……、気付いたらジャスティンを突き飛ばしてっ……っ……ごめんなさいっ……ごめんなさい……!」
「い、いいの! もしかしたら、私が気に障るような事を言ってしまったのかも……」
クルエラは動揺しているのか、ぽろぽろと涙をこぼしながら両手で顔を覆い泣き出してしまい、隣にいた被害者でもあるジャスティンがそれを支えるように抱き締めて許していた。
それを傍らで、見ていたグラムが肩を竦めた。
「……とまぁ、さっきからこの調子だ」
原因も分からない、クルエラも突き飛ばした理由も分からない、ジャスティンも咎めるつもりもない、周りは納得いかないからこそ二人きりのするのは危険かも知れないと寮に返す事も出来ないと判断されたのだろう。
私は、二人に近寄ってそれぞれの肩にぽんと触れる。
すると、ジャスティンはスッと力が抜けている反面、クルエラはびくりと肩を震わせた。
自分でも分からない事が起きて不安なのだろう。
「不可思議な事が起きたら、まず会いに行けばいい人が居るじゃないですか」
「……あぁ、そうだな……。適任が居たな」
二人を安心させて、皆にも笑いかけて告げると、同意するクリス様は私の隣に立ってしっかりと頷いた。
すぐさまクロウディアに頼んで、ある人に会えるように連絡してもらった。
「――なるほど、それで私の所へ」
「はい、原因を何か分かれば教えて欲しいのです」
ジャスティンには先に寮へ戻り、フォーベル寮長に学園長に『聞きたい事があるから帰りが遅くなる』と伝えるように頼み、私は学園長室へ残りの全員を連れて入ると、開口一番に前置きもなく一連の不審な事件を全て話した。
その事を知らなかったようで、目を見開いて驚いたかと思うと机に肘をつきながら少し考え込む素振りをしたが、すぐに何かを悟ったのか、はぁっと溜息を吐いた。
思い当たる節があるようだ。
「……すまないね。私が、ここ最近不在な事が多かったからだろう」
「どういう事ですか?」
薄々そんな気がしたのだが、事情を知らない彼らのためにも代表して尋ねると、説明するからとソファに座るように言われた。
「君には、前にこの学園の管理を魔法でしていると言う話をしたね」
質の良い椅子に座ったままの学園長は、少し遠い目をしながら若干疲れ気味な口調で語り始めた。
私とクルエラ以外は、当然だが驚いた反応を見せた。
魔法使いと言う事は話していたが、学園の管理を魔法で行っていた事はだいたい初めてだろう。
「この学園は私の魔力の結界によって保護されている。だから私が学園に居る間は体調崩してもそこまで重くもならないし、精神不安定になってもすぐに落ち着くようになっているんだ」
「それで学園の平和維持をしているのか……」
「そう、大切な令嬢や令息も預かっているから、主に体調管理をするためのものだ。体調崩して学業が疎かになる事を避けているんだ。ここは平和な国だから、攻撃や不審者に関してはとくに警戒はしていない。手厚い警備も、陛下から派遣されているからね。――ただ、私が不在の間は魔力が薄まるから、精神が不安定になったりしやすくなる」
――すごい一部フラグのような物が聞こえた気がするが聞かなかったことにしよう。
生徒が外に出たら通常通りになるんだけどね、と補足をつけて困ったように笑う。
もしかしたら、私が今まで体調が悪くなってイライラする事があったのは彼が不在の時だったのかもしれない。
そう納得すると、つまり彼が居ないから今まで私の身に起きた事件が起きているのではないかと考え出した。
「じゃあ、シャルの身辺での事件と、クルエラが突然ジャスティンを突き飛ばしたりしたのも……」
「
「……だが、それだけだと合点が行かない」
スティの問いかけに肯定したが、片手で顔を覆いまるで困り果てたような学園長に、それでは納得がいかないとグラムが立ち上がった。
「そうだね、あとは……シャルティエ君。君が原因の一つだ」
「私……?」
原因が自分にあると言うのは予想外だったが、逆にイレギュラーな自分が原因だと言われたらもはやそれも納得するしかない。
なんだかジワジワと頭の中でクロウディアが頻繁に私の周りをうろついていた事の理由が分かったような気がして、それは敢えて口にせず学園長の言葉を待った。
「彼女の中に居る魂は、端的に言うと異世界からのものだ。何度も逆行を繰り返している間に学園内の結界に歪みが生じていてね、異世界の魂はあまりそれに適応しないらしく重ねて結界を張っておいたんだが、古い建物にあくまで補修をした程度に過ぎない」
「私がここに居るせいで、結界が調子悪い……という事ですか?」
「そういう事になる。そもそも、この学園は所々私の魔力で守られているんだが、君のように異質な存在が居るとその魔力が干渉して暴走気味になってしまうんだ」
つまり、私が居るとこの学園は都合が悪いという解釈で正解なのだろうか。
ちらりとクリス様達を見ると、今の学園長の言葉で私が傷ついていないかを気にかける眼差しとかち合ってしまった。
こういう時は、笑うしかない。
「まぁ、外は私の魔力は一切関わっていないから問題はないんだけどね」
「……つまり、学園では魔力で生徒達を保護していたけれど、シャルティエが逆行をした事によってその保護に歪みが生じてしまった。……それで、私のような異例な存在が入り込んでいるせいで私を守るために重ねて保護をかけたら想定外に衰えてしまったと……?」
「厳密に簡単に言うと、君がこの結界内に居て、私が不在の時を条件に保護された生徒の誰かの精神状態が悪くなる」
――ふわっと酷いこと言われた気がするが、事実なのだから仕方ない。
自分が居て、学園長が不在になると生徒がおかしくなる。
それを知っただけで少し衝撃的だった。
じゃあ、自分は居ない方がいいのではないかと考えてしまうが間違いなくそう言われているんだったと思い出して我ながら結構混乱している事に気づいた。
「それは、結界を張り替えるという措置では難しいのですか?」
「この結界自体を張り替えるとなると、敷地が広い事もあって安定させるにも早くて一年はかかるだろうね」
そんなにもかかるのかと愕然した。
急に、自分が原因で良くない事があると言われてしまうと不安になり、顔が青ざめるような感覚にスカートをキュッと握り締めた。
「おそらくこの話を聞いて薄々気付いているかも知れないが、一番の最善はシャルティエ君には学園を去ってもらうか……、卒業までは居たいという事であれば飛び級と言う事で三年生と一緒に今年度で卒業してもらうのが得策かと思う」
「学園長……そんな言い方……っ!」
クリス様が腰を上げながらそれに対して抗議をしようとするが、私がそれを制した。
不安にしている私に追い討ちをかけるやり方で最善の方法を示してくれるが、三年生に上がる事は諦めてそれまでならば在学する事に協力してくれるという意味だろう。
しかし、スティやクルエラ達とあと一年過ごせないのは少し残念だった。
視線を落とすと、スカートを握り締めた手は力を込めすぎて白くなり始めている。
そこに、そっと手を重ねてくれたのはクリス様だった。重ねられた手は暖かくて心も解かされた気分になり肩の力を抜いた。
「それ以外に方法はないんですよね……?」
少し気持ちが落ち着いた私は、冷静に問いかけてみる。
学園長は顔を上げると、その口元は少し上がっている。
――これは何か企んでるように見える。
まだ見ぬ嫌な予感で、全身がぞわりと鳥肌が立った。
「――あるいは、君に魔力を注ぎ込むか……だね」
「……はい?」
想像の斜め上を行く、突飛な提案を言われて目を見開いた。
スカートを握り締めていた手は、いつの間にか解かれて、クリス様の大きな手と絡むように繋いでいた。
ふと顔を見上げると、優しげな瞳は少し不安を孕んでいた。
危険なことはしないで欲しいと言っているように見えた。
「普通の人間に魔力を注ぎ込んで、君のこの学園の結界に適応しない体質と影響力を打ち消すと言う方法は異例だが、それが上手くいけば学園内でおこる危険は回避できるだろう。しかし、失敗もありえる……君の体は十七回の逆行と言う魔法干渉を受けてきているから、ある程度の耐性はあるかもしれないが断定して安全策ではない」
危険であるリスクを強く主張する学園長は、〝出来る事ならばやりたくない〟と目と口調で言っていた。
恐ろしい提案は聞かなかった事にしようと目を逸らすと、今度は繋がれていた手が強く握られた。
「……シャル、飛び級をして僕と一緒に卒業しよう」
「クリス様?」
「君は、随分学園生活をしたはずだ――いや、そうではないな。記憶で……になるだろうけど。……でも、卒業して君も学生として役目を早々に終わらせられるなら、僕と結婚だって早める事が出来る」
まだ先だと思っていたクリス様の結婚の話が、今ここに出て来て急に顔が熱くなる。
彼は私にこれ以上の負担を求めていない。
きっと、危険が伴う学園にこれ以上自分の目の届かない所で嫌な思いをして欲しくない、と言う事だろう。
流石に、そこまで鈍い女ではないからそのくらい分かった。
「……少しだけ、考えさせてください」
「飛び級をしたいなら、勉強をする期間も必要だ、出来るだけ早めに返事を貰えると嬉しい。――クルエラ、すまなかったね。君は怪我はなかったかな?」
「は、はい! 大丈夫です……。私よりシャルの方が心配で……」
突然声をかけられたクルエラは、体を一瞬びくりと震わせたが、気にかけてくれる声色の優しさが響くのか顔を真っ赤にして指元が遊んでいた。
本当にこの子は可愛い。ヒロイン強い。
「学園祭まであと少しだ、それまでに怪我人が出ても困るから……そうだな、しばらくは学園から出ない事を約束してやりたいんだが、また明日は王宮に行かなければならない。明日一日だけ、シャルティエ君には寮に居て貰えると助かる。寮には結界を張らないようにしているからね。フォーベル夫人が口うるさいんだ。校舎内に居なければ影響もそこまで無いだろう」
「……分かりました。これ以上何か起きては収拾つかなくなりそうですし、皆には何かあれば寮に来て貰う事にします」
学園長は形のいい眉を下げて申し訳なさそうにしていたが、私を転生させたのもシャルティエの脅しに負けて逆行を手伝ったのも全て彼のせいだ、こちらが謝る事ではない。
しかし、学園の問題が私にあるのであれば、従う他ないので素直に従うことにした。
「あぁ、一つだけ忠告をしようと思っていたんだ。実行委員会に、一人不審な人間が紛れ込んでいるとクロウディアが言っていた。あの子には見張りをさせているから君達も十分に気を付けるように」
初めて聞いた事に戸惑いながらも、そろそろフォーベル寮長が心配するからと解散となった。
今日の事で、引っかかる事を残して……。
別れ際に、明日クロウディアには部屋に来て欲しいと頼んでおいた。
2019/08/25 校正+加筆
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