第46話

 


 アジェスタ湖涼んでから馬車に揺られ、我が家へ戻った頃にはすっかり日が暮れていた。

 夕食もそこそこに済ませて、私は応接室にて二人がけのソファで一人――めちゃくちゃ緊張していた。


 ――ど、どどど、どうしよう! 事情を知っているとは言え、クリス様も居るなんて予定外すぎる! って言うか、ここで私達はもう進級と卒業確定しました。てへへって軽く話すべきなの?! わからない! 誰か助けて偉い人ー!!


 心の内では、相当穏やかじゃなさ過ぎて目を回しながら混乱と戦っていた。

 ドッドッドッと今までにないくらいの緊張で、心臓が物理的に爆発でも

 起こすんじゃないか言うほど速まっている。

 それを後ろでカラスの姿で様子を見ていたクロウディアが、人の姿に変えて私の隣に腰を掛け、ぽんっと肩を叩いた。


「……シャルティエ様、大丈夫ですか? 脈がはやいと言うか音速の域を超えそうですが」

「いや音速まで来たら死ぬよ」

「物の例えですわ」


 つい冷静にツッコミを入れてしまったが、彼女なりのジョークだったようだ。

 しかし、また緊張がふつふつと湧いて出てきて落ち着かなくなる。


「……だ、だだ、大丈夫。これくらいなんて事……ない!」

「どもりまくってますよ。とりあえず、お茶でも用意してもらいましょうか?」

「そ、そうしよう! うん、それがいい!」

「本当に大丈夫でしょうか……」


 心配そうに部屋を出るギリギリまで私の様子を伺っていたが、パタンと閉じられた瞬間、私は緊張のあまりにソファに置かれたクッションへと顔を埋めて「うわああああああ!」と声を殺し叫んでいた。

 正直に言おう、パニック状態だ。

 グラムと最初に対峙した時でもこんなに緊張しなかったのに、深呼吸をして心を落ち着かせる。


「……あぁ、私ったらどうしよう。夏季休暇明けなら心の準備も出来るってもんだったのに!」

「シャル、心の声が全部出ているわよ」

「スティ!」


 私がバカのように大きな声で独り言をしていたのを聞かれてしまい、恥ずかしさのあまりにスティに抱き着くと背中に手を回して「よしよし」と撫でてくれた。

 ここに、女神様がおられるぞ。

 そこに後ろからグラムとクリス様が入って来て、それに続いてクロウディアが紅茶セットをワゴンで運んできてくれる。


「大方聞こえてしまったわ。……つまり、私達の奮闘はおしまいって事ね」

「うん……、そういう事になるね」

「先日、学園長に呼び出されたのはその事なのか?」

「……そうなんです。とりあえず座りましょう」


 ――あれ? クリス様の求婚のくだり聞かれていない……? 大丈夫?


 とにかく都合のいいように捉え、今の自分を無かったかのように居住まいを正して髪がおかしくないか確認をする。

 全員が座ったのを確認してから、クロウディアが紅茶を淹れて配っていく。

 それを横目に、話を進めようと説明を始めた。


「まず、この前学園長先生に呼び出された時に聞いた話と、それに至る経緯を話しますね……」


 私は、まず学園長の魔法使いである事と、その使い魔がクロウディアである事を説明し、半信半疑である皆の確信を得るためにクロウディアには一度カラスの姿になってもらったりもした。

 学園長が魔法使いと言う事を話さなければ全ての説明がつかなくなるため、事前に許可も得ていた。

 それに、王族であるグラムなら何かあった時の手助けや、後ろ盾にもなるだろうからと判断されて彼等に話す事を許してもらえた。

 流石は学園長、考える事が狡い。父と同じだ。


 ――っていうか、学園長公爵なら親戚とか親類とかじゃないの?なんで王族が魔法使いな事知らないんだろう……。国家機密以上のものなのかな……。


 細かい事は気にするな、そう言われた気がする。


「本当に魔法は存在していたのか……」

「はい。今はシャルティエ様の側にいるように頼まれておりますので、こちらに付いてきました」


 人の姿に戻ったクロウディアは、私の隣に座ってこくりと頷いた。

 その後も、このループは全て私ではない〝シャルティエ〟の逆行が原因だったと知らせると、全員が予想外だったようで、「そういう事か……」と深い溜息を吐いた。


「……それで、今までの〝シャルティエ〟と君は別人と言う事か」

「そう、なります――ですが、記憶の共有……と言うか、蘇り? のような物はここに来てから結構していて……。あぁ、まだ曖昧な所も多いですけど……、でも、今までの〝シャルティエ〟の性格とは大幅に違ってくるので、今後も皆さんには戸惑わせてしまう所は多いかと……」


 ずっと黙っていたクリス様が感情をを抑えた声でそう言い、それに対して上手く返せずに歯切れの悪い返しをしてしまう。

 露骨に、気まずさを助長させてしまったように感じる。

 しばらく全員が少し考えた後、グラムはけろりとした顔をした。


「正直な所を言うと、前のシャルはこの逆行……とやらを繰り返しているうちに人柄自体も変わってしまったように思える。だから、もしお前がシャルティエだとしても性格がどうという事は別に気にしない――ただ、そもそもお前がシャルティエではないんだから、性格や口調や諸々が違っていて当然だろう」

「シャルティエではない……?」

「そうね、今の明るいシャルの方が……って言ってしまうと、前のシャルを蔑ろにしてしまっている言い方になってしまうから言葉を選ぶのは難しいけれど……。まだ混乱はしているけど、貴女もあれからの付き合いで短いとは言え、大切な親友だと思っているもの」

「スティ……っ」


 グラムとスティは、〝シャルティエではない誰か〟である私を受け入れ始めていた。

 それはきっと断罪の日以降の私の行いで、シャルティエとは違う別の人物として気付いていたからかもしれない。

 そんなありがたい言葉を聞いて涙が出そうになるのを、グッとこらえた。

 しかし、先程から黙っているクリス様を見ると、気まずそうに目を逸らされてしまった。

 今の私、きっと酷く傷ついた顔をしているに違いない。


「……クリス様」

「――シャル、ごめん。やっぱり、あまり過去の事は……思い出して貰いたくないんだ」


 私は目を瞠った。

 クリス様は、苦渋の表情で私に過去の〝シャルティエ〟の記憶の共有を拒絶した。

 どうしてそこまでして拒絶をするのか分からないが、彼なりに思う所があるのだろうと思うとどうしても無理に話を聞く気にはなれなかった。


「お兄様……」

「スティに頼まれても、こればかりは……」

「でもこのままではきっと、シャルはお兄様の求婚を受け入れても心に引っかかりを持ったまま……」


 そこまで言いかけて私の顔を伺うようにして、言葉を続けず口を引き結んだ。

 スティの言いたい事は分かるが、それは本人と私が一番思っていただろうからそれを悟ったのだろう。

 だからこそ、ちゃんと向き合うために臆することなく実家に帰ってきたのだから。

 しばらく沈黙が続き、クロウディアが「あの……」と声を出した。


「申し訳ございません。あの、シャルティエ様とクリストファー様をお二人にして差し上げませんか? ……折り合いも付けないといけない事ですし。私達が首を突っ込む事では無いかと」

「……そうね。ありがとう、クロウディア……貴女の言うとおりだわ」


 どうしても力になりたかったスティは、眉を下げてしゅんと力無く肩を落とす。

 その背中にグラムが手を添えて慰めるように撫でると、こくりと頷いて立ち上がり、「また後で部屋に行くわ」と言い残して退室していった。

 ずっと私に張り付いていたクロウディアも、今回ばかりはと気を利かせてくれたのか恭しく頭を下げて続けて退室した。





 私達だけになった応接室は、シンと静かでこんな場を設けられても、相手が拒絶しているのだからこれ以上何も知らない私が踏み込むなんて到底出来ない。

 勇気もないし、嫌われたくないから無理強いもしたくない。


 ――でも、ここでずっとこうしているわけにも行かない。


 立ち上がり、一人がけのソファに座る彼の側に行くと、未だにこちらを向いてくれない想い人の顔を見たくて覗き込むが、前髪が影になってなかなかその表情を伺う事が出来ない。


「クリス様……」


 名を呼ぶが、返事はない。

 諦めて自分の座っていたソファに座り直そうと、立ち上がったその時――手を掴まれた。

 しかし、未だに私の顔を見ないクリス様。

 でも、掴まれた手がじわりと熱く、その手を握り返すとポツリと彼は呟くように小さな声で言った。


「……記憶を取り戻したら。過去の自分の感情が少しでも思い出したら……。シャルは、きっと僕の事をまた〝こわい〟と言う」


 彼の言葉に目を見開いた。


「……〝こわい〟?」


 想像もしない事に呆然としてしまった……。


2019/08/20 校正+加筆

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