純情盗賊 ティアドロップス

五速 梁

第1話 明日に向かって泣け


「おい、その下手な歌を止めねえか。せっかく寝付いた『鉱夫の涙』が腐っちまうぜ」


 俺が固い座席に腰を据えて昔の歌を口ずさんでいると、髭面の男が難癖をつけてきた。


「こりゃあ失礼。石が眠れるよう子守唄がわりに歌ってたつもりなんだが、下手かね」


「ああ。何の歌か知らねえがてめえのお蔭ですっかり目が覚めちまった。……山じゃ見たことのねえ顔だが、どのブロックから来た?」


 男は俺の顔をしげしげと見て言った。俺もこの男には見覚えがない。うさん臭いのはお互い様だと俺は肩をすくめた。


「G2ブロックだよ、一日中太陽に炙られるすり鉢状の現場さ」


「あそこか。そう言えば何人か立て続けにぶっ倒れてたようだな。……補充人員って訳か」


 男は得心がいったように頷くと、髭だらけの顎をさすった。俺は腹を探られずに済んだことに安堵するとともに、案外人が好さそうなこの人物と顔見知りになっておくのも悪くないなと思い始めていた。


「で?前はどこにいた?G2の地形を知ってて応募したところを見ると、やばいところにいたのは間違いなさそうだ」


「映画のテープや音楽のレコードを掘り出してたよ。ずっとやっていたかったんだが、事情があってね。埋め立て地からレアメタルを掘り出す重労働に転職したんだ」


「ふふんなるほど、山よりきついって言われる場所にいたんなら、G2でも楽なもんだろう。しかし映画か。兄さん、随分と高級な物に興味があるんだな。俺も一度、街の映画館で噂の映画って奴を見てみたいところだが、育ちのせいか芸術って奴には縁遠くてな」


 男はそう言うと、少年のように表情をほころばせた。音楽への理解は少々、足りないようだが映画好きに悪い奴はいない。この男を味方に着けて損はない、俺はそう思った。


「兄さん、名前は?」


「ゴルディ。……本名は忘れちまった」


 俺が名乗ると、途端に男の顔に緊張が走った。


「なあ兄さん、悪いことは言わねえ。冗談でもそんな通り名は使わねえこった。でないとたとえ人違いでも蜂の巣にされちまうぞ」


 男は俺に耳打ちするように言った。無理もない。盗賊ゴルディと言えばこのあたりじゃ名の通った賞金首だ。


「やあごめん。俺としたことがうかつだったよ。……じゃあそうだな、キッドとでも呼んでくれ……で、あんたの名前は?」


「俺も本名は忘れちまった。山じゃあ『ブル』で通ってる」


「ようしブル、それじゃこの列車がステーションに着くまで仲良くしようぜ。カードもあるし、ポーカーでもするかい?」


「おいおい、『鉱夫の涙』につき添ってる間は賭け事はご法度のはずだろう。報酬を貰えなくなってもいいのか?」


 意外に堅物なんだな、と俺が笑うとブルは「こう見えても保安官になりたかったんだ」と白い歯を見せた。


「さて、お喋りはこれくらいにしよう。石のご機嫌をうかがいに貨物車両に行ってくらあ」


 そう言ってブルが背中を向けようとした、その時だった。突然、轟音とともに列車――巨大なエネルギーを産む『鉱夫の涙』を積んだ貨物列車『マイダスエクスプレス』――が、緊急停車した。


                 ※


 長らく大きな戦争から逃れていた人類が、予想もしない災厄に見舞われたのは、二十一世紀の半ばだった。あらゆるデジタルデータを一瞬にして消滅させる装置を盗みだしたあるテロ組織が、仲間割れのトラブルから装置を全世界に向けて作動させたのだった。


 磁気や光学ディスクなどあらゆる方法で保存されていたデータは一夜にして消滅し、世界は一時的に大混乱に見舞われた。これを機に世界は電子機器による近代戦から人海戦術による前近代的なゲリラ戦へと移行し始めた。


 各地でテロが勃発し、世界を牛耳っていたアメリカ、ロシア、中国は軍事力を有する無数の企業によって分割され、それぞれの地域が企業の直轄領となった。

 そのなかで、とある化学メーカーが発見した画期的なエネルギー源が、あらたな利権争いの火種となって世界を揺さぶることとなった。


 電気を帯びた特殊な鉱物を特殊な液体と反応させることで、一つの都市を何年も維持できるほどのエネルギーが生まれるというその発見は『ティアドライブ』と名付けられ、実用化が進められたが、肝心の液体の精度が高められずいまだ不安定なままだった。


 さらに原料となる鉱物が希少な物質だったため、『鉱夫の涙』と呼ばれる原石は産出地で厳重に管理される事態となった。

 『鉱夫の涙』は鉱山から特別貨物車『マイダスエクスプレス』で精製所へと運ばれ、さらに精製された物がエネルギープラントで『涙』と呼ばれる液体と反応させる『ティアドライブユニット』に加工されるのだった。


 『鉱夫の涙』は人間の感情に反応する石で、安定した状態で輸送するためには選ばれた鉱夫がつき添うという過程が必要だった。鉱夫は精製所の手前で降ろされ、後から手当てが支給される手筈になっていた。


 俺がこの列車に乗りこんだのは表向きは石を宥めるためだったが、本当の目的は別にあった。列車を降りると見せかけて精製所に侵入し、鉱夫に支払う報酬を乗せて山へと戻る便、通称『ゴールドブラッド』に乗り給料を根こそぎ頂くというのが本当の計画だった。


 鉱夫たちの給料を横から強奪するという行為に、良心が痛まないと言えばうそになる。……だが、給料には多額の保険がかけられており、盗難に遭えばそれが強盗に拠る物であれなんであれ、保険会社が百パーセント補償することになっているのだ。


 『鉱夫の涙』と『ティアドライブユニット』にはそれだけの価値があり、逆に言えば金貨など盗まれてもいくらでも補填できるのだった。そこを衝いたのが強盗団たちであり、なかでも殺さず、捕まらずの腕利きとして名を馳せた賞金首が『ゴルディ』なのだった。


 ――悪いな、ブル。『本物』と出会っちまったのが運の付きだと思ってくれ。


 いきなり名前を聞かれた俺は、狼狽えて柄にもなく本当の名を口にしてしまったのだ。


              〈第二回に続く〉

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