二章 死体は戸棚にしまいましょう 3—2
猛は考えながら、急に話題を変えた。
「なあ、三村。確認のために、ちょっと聞きたいんだが、いいか?」
「なんや?」
「蛭間さんの人形、首だけ出てきたろ。ビスクドールって、素人でもカンタンに解体できるもんなのか?」
戸棚のなかの死体から、なぜまた、とうとつに解体された人形になるんだろう?
兄ちゃんの思考回路は、よくわからない。
「ああ……ビミョーなこと聞いてくんなあ。たとえば、猛。あんたにはムリや。製作過程、ぜんぜん知らんやろ? ビスクドール、どないして、つながれとるんか知らんとな。ひも切ってしまえば、ええだけなんやけど」
「えっ? そうなのか?」
「ビスクドールは首や体、ゴムひもで、一個にまとめてあるんや。頭のパーツ、こじあけて、ゴム切ってしまえば」
「じゃあ、あの家の関係者なら、だれでもバラせるんだな?」
「それはできるやろな。あそこには道具も、そろっとるし。それに、あのメンバーなら、パーツ組み立てることもできるんちゃうか? 妹かて、ふだん、蛭間さんが作っとるとこ見とるんなら。うまいヘタは別やで」
「わかった。ありがとう」
いったい何がわかったというのか。
そりゃ、言わんとすることはわかるよ。人形の解体に専門技術がいるっていうなら、蛭間さんの人形を盗んで隠したのは、蛭間さん自身ってことになる。
でも、誰にでもできるなら、僕らのなかの誰かってことで。
そんなの、ただの振り出しだよね?
猛は白々しくアクビしてみせた。いつもなら、スポーツニュース見てる時間のくせに。
「もう寝るか。かーくん、明日、九時半に起こしてくれ」
「なに言ってんの。汗くらい流しなよね」
「……めんどくさい」
ごめん、薫のあんちゃん好きに——と言って、去っていく彼女たちに、聞かせてやりたいよね。今のセリフ。
「朝でいいだろ。おやすみ」
逃げだしていった。
しょうがない兄だ。
翌朝、僕が起きたときには、猛はすでに朝風呂あびて……となればいいんだけど、そうはいかない。
やっぱり、まだ寝てた。
学生のころはなあ…もっと、シャンとしてたのに。朝六時には起きて、部活に励んでたものだ。なつかしい……。
「兄ちゃん。ほら、もう九時半だよ」
「ああ……」
「お風呂入る時間なくなるよ。まがりなりにも女の人に会いにいくんだから、身だしなみには気をつけようよ」
「ああ……」
ダメだ。起きる気配なし。どうせ、夜中に、こっそり(?)推理してたんだ。
でも、僕は猛のあつかいには、なれている。
しばらく放置したのち、
「猛。ほら、もう十時だよ! 起きて! 風呂はいいから、とにかく起きて! 遅刻するよ」と言ってやると、猛は、とびおきた。
「マジか。なんで起こしてくれなかったんだ。九時半って言ったろ」
「だから、九時半ジャストね。はい。風呂入ってきて」
さよう。最初に声かけたのは九時。
だまされた猛はブツブツ言いながら、風呂場へ去っていった。
さてと、僕らは、この日も四人で出かけた。
もちろん、タクシー。蘭さんを市バスなんかに乗せられない。うちから近いんだけどね。神泉苑。二条城の向かいがわ。僕一人なら自転車で行ける。
神泉苑は桜の名所。
もとは皇族のお庭で、池に舟とか浮かべて遊んだらしい。今は一般公開されてる。何年か前、大河ドラマのロケ地になってた。源義経が静御前をみそめた場所なんだよね。
そういえば、今回、義経ゆかりの地に縁があるなあ。
ここの池には、法成橋って橋がある。この橋はねえ。願いを念じながら渡ると、叶えてくれるんだ。
ただし、願いは一つだけ。欲張っちゃダメ。僕は絶対、兄弟の長寿息災。それしかない!
「猛。お守り持って渡ると、ご利益が増すんだってさ。僕、買ってこようかな」
「かーくん。藤江さんたち、待ってるぞ」
「大丈夫。すぐ戻るから。蘭さんは行かないの?」
「だって、一つしか、お願いできないんでしょ。今、とくにないからいいですよ」
幸せ者め。
僕は一人で橋をわたった。
長寿息災。長寿息災。
僕と猛が健康で長生きできますように。兄弟が健康長生き。生き生き元気。兄弟元気……。
わたりきったところで気づいたね。しまった。蘭さんのこと、お願いしてないぞ。蘭さんも狙われやすい人だ。僕ら三人の長寿を祈るべきだったか。
しかしもう、お願いしてしまった。しかたない。蘭さんのことは別の神社で、お願いしよう。
「お待たせェー」
ゆっくり池のまわりを歩いてくる三人に、僕は合流した。
けど、それにしても、めだつなあ。観光客が、みんな、ふりかえってく。とうぜんながら、蘭さんを。
「今日なんかの撮影かな?」なんて言ってる人もいる。
さもあろう。この美貌で和風コスプレ。一般ピープルには見えない。
今日の着物は、藍染の華麗な四君子柄の京友禅。四君子っていうのは、松、梅、菊、蘭の四つの模様のこと。仕立ては男物だけどね。元禄時代ならともかく、現代じゃ男子の着る柄じゃない。これに縞のハカマつけて、ぞうりに、アンクレットでしょ。首からロザリオっぽく、シルバーアクセ。
昨日の日傘も持って、正直、色小姓だよね。
僕らはハリウッドスターのSPよろしく、蘭さんをまんなかに守って歩いた。
まもなく、今井さん、藤江さんに遭遇。
「きゃあッ。蘭さーん。今日もキレイ!」
「和服のジュモーやねえ」
今井さんと藤江さんは、茶店の縁台から黄色い声を発してくる。二人も着物だ。ただし、こっちは、おうちで洗える一万円の浴衣。
縁台に僕ら四人が、すわれるスペースはない。
とうぜん、大名家の若様みたいな蘭さんが、女性たちの、となりにすわる。残りのスキマに、ギリギリ僕ね。体の大きい猛と三村くんを受けつける余地はない。
「ああッ、幸せ。みんなが羨望のまなざしで見てる。もしかして、あたしの人生で一番、注目あびてる瞬間だ!」と、今井さん。
あはは……かもね。
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