第12話 暗殺者とコードネームの話

点Pとは何か。


『点P』は数学、特に図形と関数に関係する問題において、

一定の速度で動く点の名として知られている。


Pはおそらく、”Point”の頭文字である。

点に、点という意味の言葉の頭文字を与える。

これは人間に例えれば、”ヒト”と呼ぶような話であり

明確な意図を持って個性を消した名である。


「名無しの権兵衛」や「ジョン・ドゥ」と同じ

個性を持たないように作られた名である。


名を持たない者が、決まった動作をよどみなく繰り返す。

その姿は、一切の無駄を排した仕事人のそれである。


「ということで、お前のコードネームは”点P”だから」

「いや、そんなこと言われても納得しませんよ?」

「ダメか?」

「嫌ですよそりゃ。俺、暗殺者ですよ?

 なんで辺AB上を移動してる感じにならなきゃならないんですか」


暗殺組織のボスは頭をかきながら言った。

「いやぁ、もう名前のネタがなくてな」

「他の組織が洋酒とか音楽用語とか

 なんかオシャレな感じにしてるのに、なんで”点P”なんですか」

「いや、ウチ、数学関係の言葉でやろうとしてたのよ」

「良いじゃないですか。なんかインテリっぽくて」


「それが名前に使えそうなの少なくてな」

「そうなんですか?」

「大体、発見者とか証明した人の名前だからな」

「実在した人の名前だとダメなんですか?」

「いや、歴史に名を残すような数学者の名前を暗殺者が使うってのがね」

「変な所で真面目ですね」

「他のメンバーも”二等辺三角形”とか”三平方の定理”とかだから」

「呼びにくすぎる」

「お前は期待の新人だからな。呼びやすいから取っておいた”点P”をやろう」

「先輩の名前でハードル下げてもカッコ悪いですからね?」


ボスは困り顔で黙ったまま、音もなく拳銃を構える。

”点P”と呼ばれた――もとい、呼ばれないように拒んでいた男も

反射的に拳銃を構える。


「あまり、俺を困らせるな……」

「こんな下らないことで銃を抜かないで下さいよ……! ボス!」

「俺だってこんなことはしたくない」

「なら、銃を降ろして下さい」

「点Pの名前を受け入れろ!」

「そんなに名前が大事ですか!」

「大事だろ! 大事だからお前も嫌なんだろうが!」

「そうですけれども!」

「よく考えろ! 命よりも大切なのか!?」

「もう! わかりましたよ! 俺は”点P”で良いです!」


二人は拳銃を降ろす。

ボスは心底ホッとした声色で言った。

「よかった。新メンバーが来るたびにこんな具合だが

 何度やっても肝が冷えるよ」

「そんなしょっちゅうやりあうなら、数学縛り止めましょうよ」

「そうだな。考えておくよ」

「せめて、”ペンタゴン”とか”トライアングル”とか、横文字にしましょう」

「あー、それ良いな」


疲れ顔の男――正式に”点P”となった彼は

ボスの部屋を出て、独り言ちる。

「はぁ……ボスが丸顔なのを見たときに変だと思ったんだよ……。

 ”台形”って、アダ名じゃなくてコードネームだったんだな」



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