ep5 わたしは全ての魔法を使いこなす。絶対にだ

 麗奈の前には林檎の木があって、真っ赤な実がたわわに実っていた。

 同じような木が何本もあるここは、メルフェレアーナの果樹園だ。今麗奈は、梯子に上って高い場所にある林檎の収穫をしている。

 時折風で木が揺れて、息を呑む時があるけれど、そんなときは少し手のひらを動かして風の流れを変えることにしていた。魔法で作った風で、自然な感じで風の流れが変わって、木の揺れは収まった。


 わたし、魔法が使えている。

 愛美から借りたラノベの主人公が、自由自在に魔法を使っていた。まさかわたしが、あの主人公と同じように魔法が使えるようになるなんて、夢にも思わなかったな。


 あれから二日。麗奈はメルフェレアーナの家にお世話になっていた。魔法を教えて貰うのは、家の中の奥まった部屋だけだったけれど、麗奈は直ぐに魔法を使えるようになった。

 魔法は、体の中にある魔力器官から魔力を取りだして、次に起こる現象をイメージして、そこに魔力を乗せてあげる。簡単な説明だったけれど、麗奈のなかにストンと落ちた。


「麗奈ちゃん。少し手を休めて、お昼の食事を食べるわよ」

「うん、レアーナさん。今下りていくね」

 籠いっぱいに入った林檎に気を使って、梯子を下りるときに籠を風で包んで軽く持ち上げる。籠が軽くなって、危なげなく梯子を下りることができた。

 メルフェレアーナも籠いっぱいに林檎を採って、今はゴザを敷いてお昼の準備をしているところだった。麗奈が籠を背負って歩み寄ると、優しい笑顔を向けてきた。


「あら、たくさん採ってくれたのね。ありがとう。

 午後から街まで林檎を売りに行くのだけれど、一緒に行かない?」

 やっぱり異世界に来て、かなり参っていたんだと思う。昨日と一昨日は、メルフェレアーナが気を使って一緒にゆっくりと過ごしてくれた。事あるごとに涙があふれてきて、たくさんメルフェレアーナに支えてもらった。


「人間の街って、私たちが行っても大丈夫なのかな……?」

「大丈夫よ。念のために、先端に魔石が付いているワンドさえ持って行けば、私たちなら咎められることは無いわよ」

 人間が魔法を使うためには、魔石が付いている魔道具を使うって、説明してくれた。そもそも人間には魔力器官が無いから、素のままだと魔法を使うことができないんだって。

 人間が魔法を使うためには、魔術文字を書いた魔道具に魔石を嵌めて、起動ボタンを押して魔法を発動させる。魔道具の中でも、生活魔法を扱うためのワンドが一番流通していて、それを持っていれば怪しまれることが無いって。

 魔族は、そもそも媒体を必用としないので、外見の違い以外は杖などの補助魔道具を持っているかが判断の基準だって教えてくれた。


「行ってみたい……かな。街を見てみたい」

「それじゃあ、とりあえずお腹を満たさないとね」

 籠を下ろしてゴザに座ると、メルフェレアーナは葉で包んだお昼と、水の入った革袋を手渡してくれた。葉っぱの包みを開くと、中におにぎりが入っていた。中に梅干しを入れて、周りに塩をまぶしただけのおにぎりだけど、麗奈はそれがとても嬉しかった。


「レアーナさん。お米も作っているの?」

「ここは川から遠いから、お米は作っていないわよ。果樹や野菜、それから森で採れた薬草などを街に持って行って、売れたお金でお米や塩を買ってくるのよ。

 あとは、税金を払ってくれば手元にはほとんど残らないわね」

「それじゃ、お金が何も残らないんじゃないの?」

「余分なお金を持っていても、年の暮れにはほとんど徴収されちゃうわ。それよりもその都度納税して、収税官の覚えを良くしておけばいいの。

 ちゃんと払ってさえいれば、街の外れに大きな農園を持っていても、無茶なことは言われないわ」

 お米の味をじっくりと噛みしめながら、何とも生きづらい世界だと思った。

 でもエルフであるメルフェレアーナにとって、ちゃんと人間のルールの中で生きていくのは大事なことなのかもしれない。そうすることによって、人間の社会に溶け込んでいるのだと思う。


 お昼を食べ終えて、水袋は腰に吊しておくように言われた。秋とは言え、まだ日中は気温が上がる。収穫している時以外は、できるだけ水袋を持って歩くように、水分は必ず水袋から飲むようにって念を押された。

 帰り際に、草むらに角が生えた兎、ホーンラビットが現れた。メルフェレアーナが氷の魔法でさっと仕留めていた。

 二人で林檎が入った籠を背負って森の道を歩くと、程なくして倉庫が併設された小さな家が見えてきた。家のすぐ裏には深い森が広がっているのが見える。


「いつ見ても不思議だな……」

「家のこと? 今は見えている範囲が全てよ」

 倉庫を開けると、中はひんやりとしていた。生活の中であちこちに魔道具が使われていて、倉庫の中は常に冷気の魔道具で冷やされていた。

 魔道具は、本当に便利だと思う。魔石さえ用意できれば、魔術文字が摩耗しない限り長い間ずっと使うことが出来る。魔石にしても、ウサギ型の魔物であるホーンラビットの魔石でも、倉庫を冷やすだけなら一年は保つって言っていた。


「クーちゃんただいま」

「クウォン、今日もお留守番ありがとうね。今日は一角兎が狩れたわ、お昼の分をお皿にのせるから待っててね」

『クーン……ウォン』

 家に入ると、八畳ほどのリビングの床に白い毛並みの狼が寝そべっていた。入ってきたのが麗奈とメルフェレアーナだと分かると、首を再び床に下ろした。

 メルフェレアーナは袋からホーンラビットを取り出すと、手早く捌いてお皿にのせた肉を白狼のクウォンの側に置いた。残った肉は調理台の横にある魔石冷蔵庫にしまい、内臓などの捨てる部位はその横にある大きな壺に捨てた。ボタンを押すと、少し焦げるような匂いがして壺に入れた物が全て灰になった。


 いつ見ても、魔道具って凄い。

 地球にあった家電製品も便利だったけど、電気がないと使えなかった。その点魔道具なら、魔石だけ。ただ魔道具は買うと凄く高いんだって。値段を聞いたら地球の似たような家電の十倍はしていた。


 クウォンが肉を食べ始めたのを横目に見ながら、隣の部屋に移動した。ベッドとハンモックがあるその部屋の、深い森側に扉が一つある。その扉を開けると、その先に長い廊下が現れる。

 廊下を進んだ先にあるのが、麗奈が最初に見た縁側がある大きな家だ。


「街まで一時間くらいだから、二時に出ればちょうどいいわね。それまで麗奈ちゃん、魔法の練習でもする?」

「うんっ。おねがいします」

 二人で縁側に腰掛ける。

 午後の暖かい日差しが木々の隙間から差し込んでいる。広い庭の先は、そのまま深い森になっていた。家を覆うほどの大きな木が生えていて、秋口のまだ熱い日差しを適度に遮っていた。

 横に顔を向けると、麗奈が数日前にさまよっていた平原が広がっていた。普段は隠匿結界のおかげで、平原側からは見ることが出来ないらしい。麗奈が見えたのは、本当に運が良かったのだと思う。


 メルフェレアーナの手ほどきが上手なのか、麗奈は魔力器官から魔力をスムーズに取り出す事ができるようになった。

「魔法は、使った後はまた魔力に戻って星に吸い込まれていっているの。その魔力を星が木々の成長に使ったり、鉱物資源に変えたりしているの。もちろん、魔素溜まりを作って魔獣も産んでいるわ。

 だから、本当は魔族がたくさん魔法を使って、星をもっと豊かにしないといけないのよ」

 メルフェレアーナが手のひらから火球を生み出して、そのままゆっくりと空気中に霧散させた。次に水球を作り出して、シャワーのように水を放水して、庭の立木に水をかけた。


「それだと、人間に魔族が襲われると魔力の還元が滞っちゃうんじゃないの?」

「そうね。星がそれを補うために、魔素溜まりを増やして、強力な魔獣が増える結果になるのよね。だから、今の世の中はすごい悪循環なのよ。

 次は、麗奈ちゃんが魔法を使ってみて」

「うん、わかった」


 麗奈は、メルフェレアーナと同じように手のひらから火球を生み出した。

 体の近くにあれば、魔法を操作したり変質変化させたり出来る。麗奈はさらに火球に魔力を余分に流して、そのまま水球に変化させた。


「まあ。もうそんなことが出来るのね」

 驚くメルフェレアーナに頷き返して、さらに目の前の魔法に集中する。

 今度は水球を石球に変化させた。そのまま石球を風の塊に変化させてから、ゆっくりと空に押し上げた。

 風の塊がゆっくりと解けていき、優しい風が木々の隙間から空に抜けていく。それと同時に、濃厚な魔力が辺りに充満して、ゆっくりと地面に吸い込まれていった。


「麗奈ちゃんは天才みたいね。さすがの私も、そこまでの制御は出来ないわ」

「レアーナさんの教え方が上手だから、魔法をイメージ通り操作できるだけだよ。わたしだけだと、そもそも魔法だって使えなかったと思う」

 それでも麗奈は、まだ魔法を使いこなせていないと思っていた。上手に魔法が使えると、メルフェレアーナが手放しで褒めてくれる。だから、もっと上手に使えるようになりたかった。


 麗奈がさらに魔法を使って練習していると、奥に行っていたメルフェレアーナが手にワンドを持って戻ってきた。

「はい、これが麗奈ちゃんの分の杖よ。私の予備の杖だけど、さっき狩った角兎の魔石を填めてあるわ。

 この杖で生活魔法が六種類使えるわ」


 腰巻き式のワンドホルダーに納められていたのは、先端に赤い魔石が付いた手のひら程の大きさの、小さなワンドだった。

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