第28話 聞いたこともないチートだ。
☆
『最終チェーッック!』
『勇者といえばチート、チートといえば勇者です!』
『我らが勇者義雄様の驚きの才能が今まさに鑑定団によって暴かれます!』
『うおおおおおおおおおおおおおぉぉ!!』×オーディエンス
ああ、付き合いのいいオーディエンスだなぁ。
『ではよろしくお願いします!』
『……』
『あの……』
無言で立ち上がる老人。不気味なまでに沈黙を貫き通す姿に、エイブルさんも扱いあぐねているようだ。
観衆もこれまでとは違う雰囲気に飲まれたかのように声をひそめる。
ゆっくりと近づいてくる老人の眼光は鋭く、俺を射すくめんばかりに見続ける。その瞳は俺を見ているように見えて、別の世界を見つめているのではないだろうか?
「……」
目の前に立った老人は俺の頭からつま先までをゆっくりと見渡す。やがて老人の口がゆっくりと開かれる。
「君の能力は……」
緊張と静寂が会場を支配する。老人の言葉を聴き逃すまいと、皆が耳をそばだて、老人の背後に立つエイブルさんの猫耳がピクピクと動く。
「……何かね?」
「へっ?」
皆、毒気が抜けたような顔で事の成り行きを見守る。
「もう一度聞きます……君の能力は何かね?」
「聞くんかい!!」
「聞かなきゃわからん」
「……はあ?」
俺が聞きたいわい! 誰だよ! こんなやつ呼んだの! 責任者出て来いや!!
場の雰囲気を自分でぶち壊したにもかかわらずこのジジイ、ムッとした表情を浮かべると、フンと鼻を鳴らして面倒そうに口を開いた。
「……普通は召喚された際、神の啓示がある。それを聞いて評価するのが私の仕事だ」
コイツイラネー、とはいえ……
そもそも俺は真っ当な勇者じゃない。神の爺さんと面識はあったがチートとか聞いてないから答えられるわけもない。
アレ? これはピンチじゃね?
「俺の……チート」
「そうだ。君のチート能力は何かね」
『ふっふっふっふっふっふっふっ』×2
突然、舞台袖から響いてくる不敵な笑い声。何をした総合演出。
「なんだ君達は!?」
あ、喰いついた。このおっさんもたいがいだな。
「義雄様のチートは言葉で言い表せないのです」とヴィラール。
「義雄様のチートをその身で味わうのです」とペロサ。
何をする気だ双子? 俺にはチート的な力は多分無いぞ!
「ほう、良かろう。ならばわしが受けてやろう」
二人に触発されて武神のおっさんが立ち上がる。あんたさっきので懲りたんじゃないのかよ! いや、こっち来んな! 勝てないから! なにもないから!
「さあ、食らうのです♪」×双子メイド
勝手に事を進めるなぁ! 何をする気だ? まさか俺に何かさせる気か!? え? それって?
なんかポーズを決めた二人の両手には白いお皿にアイツが山盛りだった。
「勇者義雄様の勇者レシピ【カレーらいす】を召し上がれ!!」×双子。
「……勇者レシピ、聞いたこともないチートだ……」
そりゃ無いだろうよ。どこの世界にメシ作って魔王を倒そうなんて考える勇者がいるってんだ。ラーメン作って勇者の仕事じゃ無いって軽くディスられるくらいだぞ。
鑑定団の4人の前に据えられたカレー。ああ~もったいない。大霊廟内にあったカレールゥの素とか使ったんだろうけど、香辛料とかはこっちで手に入る保証はないんだぞ! ぐぬぬぬぅ貴重なカレーがあ……。
そんな俺の心の叫びも知らず恐る恐るスプーンを差し入れる鑑定員共。あー、食い方がなっちゃいない! ここは口を挟ませてもらおう。
「あ、ご飯にルゥをからめて食べてくださいね」
俺の忠告に従い、ライスにルゥをからめて口へと運ぶ審査員。その匙運びは、最初こそおっかなびっくりと、毒でも疑っているんじゃないかという遅さだったが、徐々にそのスピードは増していき、ついにはかき込むようにカレーを食べ始めた。
「ハフン! この鼻腔をくすぐる香りは!」
「辛い! か、う、美味い! と、スプーンが止まらぬう!」
「バカな、こんなチートがあるかぁ! あ、すいません、おかわりを」
「………………うまい」
目の色を変えてカレーをかき込む鑑定員のおっさんども。カレーの力、恐るべし。と、言いたいところだが……
何かがおかしい。俺はそっと双子のそばに近づき、二人だけに聞こえるくらいの大きさで、思いっきりドスを効かせて問い詰めた。
「おい、双子。何をした」
「ギクッ」×双子
「……辛さの好みが壁でした」とヴィラール。
「……それを克服する方法がありました」とペロサ。
まさ……か
「グリモワールのカレー勝負で秘策を発見」とヴィラール。
「ルーに入れたのはほんの少量」とペロサ。
「……お前ら、それダメなヤツだからな」
「大丈夫、検査してもわからない」とヴィラール。
「しばらく禁断症状に苦しむだけ」とペロサ。
香辛料には色々な【効能】があるそうで、中には【薬効】がシャレにならないものもあるとか無いとか。
手ごたえを感じたのか双子が俺にすり寄ってきた。
「義雄様、カレー屋さんがやりたい!」とヴィラール。
「大人気間違い無し!」とペロサ。
「カレールゥ……出来るのか?」
「再現」
「可能」
「許可する」
この双子、口に入れたものは、その味、食感、効果の全てを現地食材でも再現出来るらしい。カレー自体も勇者レシピの筆頭候補に考えていただけに悪い提案では無い、が。
「売り物でアレ……やるなよ」
「は~い♪」×双子
実食後、しばらく放心状態の鑑定員の回復を待って、いや、回復しきってない今を狙って巻きを入れるエイブルさん。まともな判断力が戻る前にけりをつける気だな。
『鑑定結果発表~!!』
「ぐふうぅ、鑑定の結果、勇者義雄を……勇者と認める」
『うおおおおおおおおおおおおおぉぉ!!』×オーディエンス
未だスプーンを手放す事が出来無い鑑定団団長の発表を受けて、場が一気にヒートアップする。
「さらに、二つ名を『カレーの勇者』と認める」
『うおおおおおおおおおおおおおおうおおおおおおおおおうおおおおおぉぉ!!』×オーディエンス
一際大きく上がる大歓声。
い、いらねえ。二つ名いらねえ……
こうして無事、出張勇者鑑定団は幕を閉じた。帰り際にカレーレシピの提供を求められたが勇者チートだからと突っぱねた。何かのはずみで、後世に麻薬王の称号まで頂くのは御免こうむるわい。
もっともファドリシア王都にカレーの香りが漂うのに、さしたる時間はかからなかったけどね。カレーは正義だ。
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