第23話 勇者鑑定?

 

 ファドリシアに来て2ヶ月が過ぎ、ラーメン作りやらでここにもだいぶ馴染んで来た今日この頃。

 大霊廟内に附設された管理エリアではエイブルを筆頭にメイド隊の隊員が日夜、先代の遺物の調査研究に勤しんでいる。この分なら叡智の扉が開かれるのもそう遠くないだろう。


 その中のパーテーションで区切られた部屋で、俺は書庫から持ってきた漫画やら雑誌を読み耽ったり、アーティファクトから見つけ出した玩具をいじるのが最近の日課になっている。


 ぶっちゃけサボっているわけだが側から見ればグリモワールを読み解く賢者にしか見えないはず……エイブルさん入って来るなり半目で俺を見つめるのはやめてください。あとベイカーさっさとルーレット回せよ。2マスか、そのマスに書いてあるのは……振り出しに戻るだ! ざまあww いや、ほんとだって! 悔しかったら文字読める様なれよ。


「義雄様……」


 あ、ハイやめますね。なんでしょうエイブルさん?


 部屋はパーテーションで仕切られ、質問やらなんやらで頻繁にメイド隊員が出入りするので扉は常に開かれているのだが、エイブルが後ろ手に閉める。暗黙の了解で、以降この部屋には誰も立ち入らなくなるのだが、それなりに真面目な話という事だろうか?


「勇者鑑定?」


 エイブルの言葉はこれまで聞いたこともない言葉だった。


「我が国が勇者を召喚したことが気に入らないのでしょう『本当に勇者なのか確認する』と他国がケチをつけてきました」

「一体何処の誰だよ? そんな面倒くさい事を言ってきたのは?」

「対魔王連合事務局となってますが、おそらくソルティア法王国でしょう。正式に鑑定人を送るから準備しておけと」

 なんという上から目線。


「はあ? 俺、勇者だよね?」

「そうなんですけどねえ」とベイカー

「いろいろ大人の、いえ、国家の事情があるのです」


 エイブルとベイカーによると、この国の立場はビミョーというか、他国から、厳密には一部勢力からあまり良く見られていないらしい。


「魔王という差し迫った脅威がある為、この国の存在を容認せざるえないというのが現状です」

「あー、敵強いから少しでも頭数増やそうってか?」

「ですね」

「まあ、対魔王連合ってのもそれを仕切ってるのは人類圏で最大版図を誇る【クレンカレ帝國】とソルティア教の総本山【ソルティア法王国】の2国です。帝國のクソ連中は人類至上主義で亜人の人権認めてませんし、ソルティアも信徒にあらざる者は救うに能わずなんてぬかしてます。追従する他の国も似たり寄ったりです」


  これこれエイブルさん、いつになく毒が漏れてますよ。


「と、言うわけでファドリシア王がお呼びです」

「了解。ちょっといってくる」


 いつものファドリシア城内の王様の執務室。鑑定団について王様から話があるという事で呼び出された俺なわけだが。


「鑑定団の連中だが、潮待ちも含めて早ければ七日後にも港に着くと、先程早馬が知らせてきた」

「はあ!? 急過ぎでしょ! なんなんですか? 嫌がらせですか?」

「うむ、こっちの都合など御構い無しだ。隣国に鑑定団が到着して我等も初めて知ったのだ」


 なんというか、本当に味方か? ソルティアがらみの話はロクなものがない。


「潮待ちとか、わざわざ海路ですか? 陸路じゃなくて?」

「うむ、隣国からは海路で我が国に入る。ソルティアの連中は陸路を頑なに嫌がるのだ。お陰で急ではあるが多少の準備も出来る」


 ファドリシアは確か隣国とは地続きのはず。なんでわざわざ海路なんだ?


「なんで? という顔だな。理由はファドリシアと隣国の間に拡がる土地がソルティアの禁忌に触れるためらしい。色々いわくのある土地でな、我らも好き好んで足を踏み入れる事はしないが、連中にとっては見ることすら憚られるそうでソルティアの使者は海路一択なのだ」

「禁忌……ですか」

「まあソルティアの言い分だ。それほど我らは気にしておらん。むしろソルティアの大きな政治的介入を防ぐために役に立っておるよ」


 随分と呑気な話だ。国防の一翼が都市伝説っぽいのは他力本願すぎるだろう。


「それはさておき、そろそろ本題に入ろう。義雄殿の勇者鑑定だがな、晴れて一般公開される事となった」


 な ん だ と ?


「王都の練兵場に特設ステージを設営し会場を国民に解放ーー」

「なんじゃそりゃあっ!? なんでそうなるんだよ!!」

「興奮するな義雄殿」

「興奮するわ! 」


 特設ステージ? ショーでもやれっていうのか? 生まれて死ぬまで、そんな経験もないし耐性もないぞ!


「相手はあのソルティア教徒だぞ。どんないちゃもんを、どころか不正を企てているか分からん。公正性を高めるためにもより多くの衆人の前での鑑定が必要だ」

「そ、そんな~」


 そのように言われてはそれ以上はなにも言えない。言えないけどさー。


「当日は義雄殿の能力をソルティアから来たその道の大家が鑑定し、認定する。特に秀でた能力を持つ勇者には二つ名が贈られるそうだ」

「いやいやいや、大丈夫ですか?」


 俺、ここに来てから勇者らしいことは何もしていないぞ、何より俺の勇者の肩書きは神の爺さんから与えられたこの世界へ入るための【カバー】というスパイが潜入先で名乗る偽の身分だ。神様の力が働いているとは言え、不安がないとは言えない。


「問題ない。義雄殿は我らが勇者召喚で呼び出したのだ。当日はドーンと構えておってくれれば良い」

「ドーンって……」


 話を終えて王城を後にし、一人で大霊廟に戻る道すがら。俺の心は晴れることなく、様々な考えが頭をよぎる。


 俺は神の爺さんによってこの世界を救う為送り込まれた。勇者は隠れ蓑にすぎない。そのためだろうか、勇者としての自覚が全くないのだ。勇者のイメージは俺の持つ主観以外になくそれが正解なのかはわかるわけもない。

 今の俺の立ち振る舞いは勇者としてアリなのか?

 万が一、勇者という称号が剥ぎ取られた時、果たして俺は何者なのだろうか?


「あるとすればこの世界を救うものーー言葉どおりなら【救世主】か……」


 広義でいえば救世主も勇者も同義と言える。問題はそれが素直に受け入れられるかだ。なんせ2000年前に俺のいた世界で唯一そう呼ばれたお方は時の為政者から脅威と恐れられた挙句、十字架に架けられたのだから。

 いくらなんでもそれは無いよなあ。ましてや俺は神の子じゃ無いし、復活コンティニューの特典は……無いよな。


「とりあえず勇者で押し通そう。うん、そうしよう」


 そうと決まればと足早に大霊廟に戻ると、早速みんなを呼び集めた。


「エイブル、ベイカー、みんな手伝ってくれ!」

「何をです?」


 大霊廟内に居たみんなが何事かと集まって来る。


「大急ぎで俺を勇者っぽくしてくれ!!」

「はあ?」×ALL


 言ってる意味がわかりませんな表情で、皆が呆気にとられる中、エイブルが皆の気持ちを代弁して問いかけてきた。


「義雄様は勇者と記憶していますが……勇者を勇者っぽくというのは胡散臭くしろということですか?」

「違う! より勇者らしくって事だよ。俺の格好見てわかるだろ」


 今の俺の格好は大霊廟から引っ張り出したタイガーストライプの迷彩カーゴパンツにモスグリーンのTシャツだ。普段使いとはいえ勇者らしくない。

 あっちの世界の戦闘服は、先代さんが軍人だった事もあるが、魔獣討伐に赴く際はアーティファクト化した分、こっちの世界の下手な武具よりも防御力が高い上に着やすく、好んで取り寄せていたそうだ。着心地もさることながら勝手の良さから俺も愛用させて貰っているわけだが。


「とても勇者らしいと思いますが、どこがいけないのでしょう?」

「そうですよ。義雄様の世界の布ってこちらの世界のハサミや針が通らないのですよ」

「普通の剣でも無理です。騎士団とか正式採用したがってます」

「魔法耐性も高いです。攻撃系の魔法でもかなりダメージを防ぎます」


 エイブルの言葉にベイカーや他のメイド達も追随する。とは言えこの格好はどうだろうか。


「なんていうかな、この格好って威厳が無いだろ、伝統的な勇者の格好ってのがあるじゃん、鎧とか剣とか」

「威厳が無いのは格好のせいではーーグハッ!」

「そ、そうですね!! 早速手配しましょう!! あなた達、城の宝物庫、武具庫から適当な装備を借りて来てください。許可は私の名前で」

「はいっ!」×メイド達


 ベイカーの言葉を遮るようにエイブルが応え、部下のメイドにテキパキと指示を下す。号令一下、一斉に行動に移るあたりは流石はメイドさん! 頼りにしてます!


「で、ベイカーはなにしてるんだ?」

「な、なんでも……ありま……せん」


 エイブルの背後でベイカーが脇腹を押さえてうずくまっている。何やってんだか。

 やがてメイド達によって、かなり立派な鎧一式とか剣が運び込まれて来た。


「おーこれこれ! やっぱり勇者はコレだよな。どれどれ……な、重っ!!」


 何気に手にしたオーバーヘルムは想像以上に重かった。いや、これ大丈夫か? ん? なんだよみんなで俺を見て? なに、興味津々?


「あの、本当にいいのですか?」


 心配そうに俺を覗き込むエイブル。なるほど、皆の視線の意味は勇者としての俺の資質に少なからず不安があると? ならば刮目せよ! 俺の勇者補正の力を!

 手にした羽根つきバケツーーオーバーヘルムを高々と両手で差し上げると俺は叫んだ!


「フェード・イン!!」


 勢いに任せてズバッとかぶった瞬間ーー


 ゴキュ!


「あ」

「あ」×ALL


 頭蓋を通して直接響くイヤな音とともになんか変な方向に持っていかれる首。ぐぬぬぬぬぅ、ま、負けてたまるかぁ……あ、無理……スリット越しの視界が斜めに傾く。


「よ、義雄さま!? 義雄様あぁぁっ!!」


 エイブルの悲鳴を遠くに聴きながら、オーバーヘルムに首をきめられた俺はそのまま意識を刈り取られた。


『よしおにこれはそうびできないようだ』


 

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